第五十六話 白嶺と覇王、盟を問う 第一節
──第一節:水を割る影
燕水の渡し──
かつては商人と旅人の行き交う交易の地。
今はその河岸に、静かな緊張が漂っていた。
雲居悠仁は、そよぐ水辺の風に目を細めた。
平穏に見える流れの向こうから、やがて黒い影が迫る。
「……来たな」
遠くの川面に、小さな波紋。
次第に大きな水飛沫となり、それが船団であると誰の目にも明らかになった時、兵たちの間にざわめきが走った。
黒と白を基調にした帆が、風をはらんで音を鳴らす。
それはあたかも、海を切り裂くような鋭さと、美しさと、威圧。
「白嶺の水軍だ……!本当に、河をさかのぼって来やがった」
ひとりの兵が呟く。
その声に混じるのは畏れ、あるいは感嘆か。
「……威圧が目的だな」
雲居は小さく呟いた。
その横で、沙耶が無言のまま頷いている。
やがて先頭の船が桟橋に横付けされた。
静かに、だが堂々と降り立ったのは、白き軍装に身を包んだ一人の女──
日焼けした肌に、風に踊る漆黒の長髪。
背筋を伸ばし、真っ直ぐにこちらへ歩くその姿は、ただの将ではないと誰もが悟った。
「白嶺……」
沙耶が思わず口にする。
視線の先にいるのは、海を統べる女提督──白嶺その人であった。
彼女の後ろに控えるのは、あの弟・篝。
今日の会談の影の仕掛け人とも呼べる存在だ。
斎はすでに、会談の設けられた臨時の天幕へと入っていた。
白嶺も言葉を交わすことなく、視線ひとつで弟に指示を送り、まっすぐ天幕へと足を運ぶ。
「──さあ、始まるぞ」
雲居の呟きに、沙耶はわずかに震える手を握りしめた。
彼女の目は、斎が座す天幕の奥、その深奥を見据えていた。
(斎様……あなたは今、どこまで進もうとしているの……?)
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