第五十五話 盟火、交わるとき
葛城本陣の外れ、ひとりの男が馬を降りた。
「……久しいな。斎殿に伝えよ、“白嶺より、影が参じた”と」
黒衣に銀糸、整った顔立ちに冷気をまとう──白嶺提督の弟、篝。
その言葉に兵が駆け去ったのを見送り、篝はふうと息を吐く。
「相変わらず……息苦しいな、葛城の陣は」
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天幕。
斎と雲居の前で、篝が書状を差し出した。
「“燕水の渡し”での会談をご提案します。
護衛は五十まで、武器は弓まで。中立の地として妥当かと」
斎は黙って文を読み、淡々と頷く。
「応じよう。盟か敵か──語らいで定めよう」
「姉も、その返答を望んでおりました」
儀礼を終えると、斎は天幕を後にし、場に残ったのは雲居と篝だけとなった。
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天幕の外。
焚火のそばで、湯を啜るふたりの影。
「斎殿、お変わりありませんね」
「それを評価ととるか、警戒ととるか」
「両方です。──だが、我らにとっては悪くない」
篝は湯の椀を両手に包み、炎を見つめた。
雲居も視線を落としながら答える。
「伊火国の動き、見えていますよ。……白嶺も、共闘を模索していると?」
「互いに、欲しいものがある。利が交わるなら、手も交わる」
しばしの沈黙。
火のはぜる音だけが、間を埋めた。
「──姉は言っていました。“非道の覇王、見極めるには良い頃合い”と」
「……望むところです」
雲居の言葉に、篝が目を細めて笑った。
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その夜。
沙耶は、斎の天幕を遠くから見つめていた。
篝と斎が灯火のもとに並ぶ姿が、幕の隙間から見える。
言葉はない。ただ、信頼にも似た静かな気配が流れていた。
沙耶は小さく息を吐き、踵を返す。
声はかけなかった。
(……私は、あの背にもう、触れられない)
夜の風が、髪をさらりと揺らした。
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