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覇道の果てに、王座は泣いた  作者: 望蒼
序章 ──群雲の時代
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第五十話 火蓋は、静かに

黎明の帳が、山野を薄く覆っていた。

白い霧が谷を這い、冷たい風が草を揺らす。


葛城本陣は静まり返っていた。

篝火の炎が小さくはぜる音と、遠くで馬が鼻を鳴らす声だけが響く。


軍地図の前に立つ葛城 斎は、じっと霧の向こうを見ていた。

その眼差しは、遠く、戦場の未来を見据えている。


「……頃合いだ」


低く呟いたその声に、近くで控えていた雲居悠仁が即座に膝をつく。

斎は、淡々と命を飛ばした。


「前衛、伏兵を動かせ。第二陣は待機、まだ矢を放つな。

……霧と“あの策”が味方する」


斎の横顔は冷徹そのものだった。

だが胸の奥で、己に言い聞かせる。


──非道で構わぬ。この一戦で決める。

敵兵を削ぐのは、殺すためではない。戦を長引かせぬためだ。



同じ頃、天義軍は峠を下り、霧の谷へと足を踏み入れていた。


「前方、視界わずか五十。慎重に進め!」


号令が飛び、馬の蹄と足軽の草鞋の音が重なる。

だが列のあちこちで、息を荒げる音や、足を取られる音が混じっていた。

薬に鈍らされた体が、わずかに遅れて動く。


「はぁ……く、足が……」


「しっかりしろ、踏ん張れ!」


兵の顔は青く、目は虚ろだ。

顕真はその異変を感じ取っていた。


(……やはり、斎の策か。毒ではない。だが、これも戦)


怒りが胸に込み上げる。

だが同時に、心の奥で認めざるを得なかった。


──奴は、勝つために己を穢す覚悟をした。



その瞬間、霧を裂く鋭い音が響いた。


──ヒュンッ!


矢の雨が、足取りの鈍った天義兵を襲う。

反応が遅れ、盾を上げる前に矢が肩や足に突き立った。


次の瞬間、轟音。

土塁に仕込まれた丸太と岩が崩れ、谷底に転がり落ちる。

慌てて身を翻す兵も、動きが鈍く、回避は遅れた。


「伏兵かっ──!」


叫びが響く。

霧の中からは、葛城軍の短弓隊が矢を放ち、すぐに木陰や岩陰に消える。


「くっ……! 陣形を崩すな、前進だ!」


顕真が叫び、馬を進める。

鈍った兵たちを励まし、己の剣に手をかける。

非道を憎みながらも──その覚悟を心で噛みしめる。



高台から戦場を見下ろす斎は、冷ややかに呟いた。


「……効いているな。だが、これは序の口だ」


風に乗り、馬の嘶きと叫声が届く。


矢が放たれ、槍がぶつかる音が霧の中にこだまする。

足取りの鈍った敵は、想定通りに動けず、じわじわと葛城軍の包囲網に絡め取られていく。


雲居が息を詰める隣で、斎だけが動かぬ瞳で戦を見つめていた。

──この戦は長くは続かぬ。


己の心を泥に沈めても、必ず勝つ。

それが覇道の選んだ道。


静かに始まった火蓋は、やがて大地を焦がす炎となる。

そのことを知るのは、まだこの霧の中の者たちだけだった。

◆――お読みいただき、ありがとうございます。


登場人物たちの言葉や生き様に、少しでも感じるものがあれば嬉しいです。

ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。


次回も、どうぞよろしくお願いします。

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