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覇道の果てに、王座は泣いた  作者: 望蒼
序章 ──群雲の時代
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第五話 軍議、揺れる忠義

葛城領の西境、小国・馬伏まぶしとの国境にて騒擾が起こったのは、斎が当主となって間もない頃だった。


村落への略奪、商隊の襲撃。

表向きは盗賊の仕業とされたが、兵装と動きは明らかに“訓練された者”のものだった。


背後に天義国の影あり――斥候の報告は、そう断じていた。


その情報をもたらしたのは、先日葛城家に再び仕官した密偵、真柴 沙耶(ましばさや)であった。

彼女の報告を受け、斎は即座に軍議を召集する。


これが、若き当主の“初陣”となる。


軍議の場には、古参の老臣から若手の将まで十数名が集っていた。

部屋は低く静まり返り、巻かれた地図の上には、諸国の旗印が立てられている。


「……軍を出すのは賛成だが、大軍を動かせば天義に“戦の口実”を与えかねん」


「いや、逆にここで動かねば、葛城の名は地に落ちる」


「殿もまだ若い。慎重にことを運ばれよ」


諸将の声は割れていた。

攻撃派と抑制派。伝統重視の老臣たちは、斎の若さを案じ、強硬策に警戒を示す。


若き当主はその中心で、静かに地図を見つめていた。


沈黙の中、斎はしばし考えた。

眉間に皺を寄せ、指先で地図上の地形をなぞる。


重苦しい沈黙の中、息を呑む者、若輩者と侮るような目を向ける者、それぞれの視線が交錯する。


そして、斎が口を開いた。


「……お言葉、感謝する」


その声は若干の硬さを残しつつも、明瞭だった。


斎は各将の意見を一つひとつ受け止め、静かに頷いていく。

やがて、地図の上に手を置き、立ち上がった。


「では、私より一案。──敵の根を、こちらに誘き出します」


斎は筆を取り、地図の一点を指し示す。

そこは兵站の薄い谷地で、緩衝地帯とも言える場所だった。


「誘いの策です。あえてこの備えを緩め、敵に隙を見せる。

その上で、背後から追撃する。狙いは殲滅でなく、主導を奪うことにあります」


「今回の戦は、速やかに終わらせねばなりません。

泥沼となれば、周辺の諸侯が動きます。勝利ではなく“早期の制圧”が肝要です」


斎の筆先は、敵の補給線にあたる街道をなぞる。


「この策が嵌まれば、馬伏は十日と持たぬ。

逆に言えば──十日で終わらせるための策です」


静まり返った軍議の間に、さざ波のようなざわめきが走った。

「若輩が奇策を……」と眉をひそめる者、目を見開く者、声には出さぬまでも戸惑いの色が浮かぶ。


一方で、口元にわずかに笑みを浮かべる若手の将もいた。

奇策に賭ける気概を、若き当主に見たのかもしれない。


だが、斎の目はさらに先を見ていた。


「……この戦は、ほんの端緒に過ぎません」


「勝つことが目的ではない。ここで“勝てる形”を刻む。

葛城が“攻めに転ずる資格”を得るための戦です」


その意味を理解した者は、わずかだった。

だが確かに、斎はもう次の局面を見据えていた。


老臣らの眉が曇る。


その中で、稲生 彰人が視線を斎に向け、静かに一歩、前へ出た。

少しの間、言葉を選ぶように口をつぐんだのち、低く、だがはっきりと口を開く。


「殿の策、拙者は理に適うと見ます」


「稲生殿……」


「策は非情なれど、確実に“形”があります。奇策は時に、大軍すら封じる」


稲生の声に、ざわついていた空気が少しずつ静まっていく。

斎は稲生の視線を受け止め、頷いた。


「敵を討つのが目的ではない“勝てる形”をつくること。それこそ、我らが生き残る道だ」


諸将の中に、ゆるやかに同意の気配が広がる。

沙耶がその様子を壁際で見ていた。微笑んでいるが、その目は鋭い。


──殿、あなたはもう“道”を選ばれましたね。


斎の胸には、奇妙な鼓動があった。怖れではない。


──高揚だった。

策が動く。命が、その上を歩く。それが、戦。自らが編んだ絵図が、現実を動かす。


これが、戦か──


静かに呟いた言葉は、誰にも聞こえなかった。

そしてその日、斎の名は“初陣を制した若き当主”として、周辺に知られることになる。


【次回予告】戦場で試される信と策。

◆――お読みいただき、ありがとうございます。


登場人物たちの言葉や生き様に、少しでも感じるものがあれば嬉しいです。

ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。


次回も、どうぞよろしくお願いします。

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