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覇道の果てに、王座は泣いた  作者: 望蒼
序章 ──群雲の時代
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第四十一話 影の風、密かに吹く

天義の使者が葛城を発った夜。

その静寂の裏に、別の“風”が確かに吹いていた。


──白嶺海国。港町の一角、灯火を抑えた小屋に、(かがり)はひとり密偵の報告を待っていた。


「……来たか」


小屋の戸が静かに開き、影のような身なりの男が、湿った足音と共に現れる。


「報告します。伊火(いほ)の者ども、南海沿岸にて動きあり。小舟を用いた奇襲が数度、漁村一つが炎上いたしました」


「……鬼門州(きもんしゅう)の手先め。白嶺と葛城が手を組む前に、何としても揺さぶりをかけたいと見える」


篝は灯明に顔を近づけ、報告の文を素早く目で追う。

そこには、伊火国が“交易船を装って偵察を行っている”こと、さらに“白嶺軍の動員を誘うよう仕向けている”ことまでが記されていた。


「狙いは、兵の分断と世論の操作……つまり、“内に火を点ける”ことか」


男が頷く。


「姫君には、いかがいたしましょうか?」


篝はしばし目を閉じた。


「知らせる。……が、我らが先に手を打つ。

姉上には葛城のことだけを考えてもらわねば」


そして篝は、小屋の隅に立て掛けていた短弓を手に取る。


「この影の風は、海に吹いてはならぬ。……陸で止める。

鬼門の影が何者であろうと、ここは我らの海だ」


──同じ頃、葛城本陣。


帳の内、斎は机に向かい、巻紙をひとつひとつ静かに広げていた。

その端に挟まれていたのは、篝から密かに届いた“報”。


斎はそれを読み終え、目を伏せる。


「伊火……いや、背後にいるのは鬼門州か」


そして、淡く笑った。


「白嶺と葛城が組むことを、ここまで恐れるとは。……実に、分かりやすい」


帳の外、沙耶と雲居が控えている気配がある。


斎は筆を取り、さらさらと文字を記す。だが、それはまたしても、誰にも読めぬほどの“斎文字”であった。


やがて雲居が中へ入り、その文字を見てそっとため息をつき、静かに清書を始めた。


「斎様、文字が“火急の報”に見えません」


「そうか? 私には……」


「“風雅な句”にしか見えません」


「ふむ、それもまた、趣がある」


傍で沙耶が苦笑した。


「鬼門州相手に、風雅な筆では勝てませぬよ」


斎は筆を置き、立ち上がる。


「いや……勝つのではない。“使う”のだ。奴らの焦りを」


沙耶と雲居が、わずかに視線を交わす。


斎の目は、すでに“次”を見据えていた。


「白嶺が奴らに追われれば、こちらへ寄る。それでよい。天義との言葉の戦が終われば……今度は、影を焼くために剣を取ろう」


そして、短く、静かに言い添えた。


「──まずは、正義との決着をつけねばな」


その言葉には、敵に対するものではない、己の信念に対する“宣言”のような響きがあった。

◆――お読みいただき、ありがとうございます。


登場人物たちの言葉や生き様に、少しでも感じるものがあれば嬉しいです。

ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。


次回も、どうぞよろしくお願いします。

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