第四十話 剣なき戦、火花散る
──天義の使者が葛城を初めて訪れてから、五日が経った。
その間、葛城の館ではひとつとして剣は交えられていない。
されど、言葉の裏に潜む策と策、沈黙の間に芽吹く警戒と猜疑は、戦場のそれにも劣らぬ鋭さを孕んでいた。
そして六日目の朝、再び、天義国の使者が姿を現した。
朝の光が薄く帳を照らす頃、葛城の館には異様な緊張が漂っていた。
斎は席につき、雲居と沙耶がその左右に控える。
白嶺は、少し離れた場所で腕を組み、口元に笑みを浮かべていた。
「我が君──多岐川 顕真殿の御心、ここにお伝え仕る」
使者は、青と白の紋付きに身を包み、堂々たる態度で巻紙を広げる。
「──“そなたが貫かんとする道が、ただ力のみをもって築かれたものならば、それは覇道にあらず。獣の跡に過ぎぬ”──と」
斎はその言葉を、微動だにせず受け止めた。
その背後で、沙耶がわずかに息を呑む。
「……ならば、私は問う。正義を掲げる者が剣を取るとき、それを“理”と呼び、我が剣を“非”と呼ぶのは、誰の目によるものか?」
場の空気が凍る。
使者は一瞬、言葉を失いかけたが──すぐに態度を崩さぬまま、次の文を続けた。
「天義の道は、民に示す“信”にござる。正義とは、理をもって築かれ、礼をもって治むるべし。それを剣に委ねし時点で……覇ではなく、ただの欲でござろう」
「……欲でも、信でも──為すべきものがあるならば、それを為す。理も礼も、まず“在る”という力に宿らねば、机上の絵図に過ぎぬ」
斎の声は静かだったが、底知れぬ熱を帯びていた。
場に張り詰めた緊張の糸を、白嶺が軽く撫でるように切った。
「理想の旗と、現実の刀……さて、どちらが先に折れるかしらねぇ」
その言葉に、使者は視線を向けるが、白嶺は気にも留めぬように茶をすする。
「けれど、私は好きよ。両方とも」
微笑みの裏にある意図は、誰にも読み切れなかった。
対話の後、使者は一礼し、館を後にした。
残された沈黙の中、斎は立ち上がることなく、ただ、目を閉じていた。
「……戦は、避けられそうにないな」
その呟きに、雲居はゆっくりと頭を下げた。
「……斎様の道は、もはや“戻る”ものではなく、“進む”ものでございます」
「うむ。だが進めば進むほど……背後に、誰かを置いていく気がするのだ」
斎の言葉に、沙耶は口を開かなかった。
ただ、そっと斎の背に視線を注ぎ、微かに拳を握りしめる。
剣は抜かれず、血も流れなかった。
されど、この朝、確かに“火花”は散った。
言葉の中で、理想と現実が火花を散らし、それぞれが己の覚悟に、手をかけはじめた。
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