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覇道の果てに、王座は泣いた  作者: 望蒼
序章 ──群雲の時代
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第三十九話 沈黙の中にて、火は燻る

──静けさとは、時に、刃よりも鋭いものだ。


王都・天華にそびえる蒼宮(そうきゅう)。その最奥、金と藍の織りなす玉座の間に、足音ひとつ響かぬ沈黙が降りていた。


多岐川 顕真(たきがわけんしん)は、文机に広げた葛城斎からの書状に目を落とし、やがて静かに筆を置く。


「よく通った文よ。……節も、筋も、非の打ちどころはない」


吐息のように洩れた言葉に、傍らに控える老臣・佐久間が恭しく頭を垂れた。


「されど、あの者の言葉には……服する意志も、畏れも、微塵も見えませぬな」


顕真の眉が、わずかに動く。


「──あやつの筆には、戦の匂いがせぬ。だが、あれは紛れもなく“戦の書”だ」


それは、剣の代わりに言葉で刺す、静かなる宣戦布告。

名を挙げずとも、相手に読み取らせるための“刃”が、そこにはあった。


金の鳳凰が描かれた軍旗が、風もない空間でわずかに揺れる。

誰が開けたかも知れぬ障子の隙間から、夕陽が一筋射し込んでいた。


顕真は、しばし沈黙し──やがてゆっくりと立ち上がる。

身にまとう白金の衣が、光を撥ね返し、堂の空気がひとつ張り詰めた。


「正しき道を守るために、私は刀を抜いた……それがこれまでの我であった」


「しかし……この国の民の未来を守るためならば、時に、その正しき道をも問う覚悟が要るのやもしれぬ」


佐久間は伏せたまま、応えない。

だがその背には、長年この王に仕えてきた者にしか知り得ぬ、微かな震えが宿っていた。


顕真は、薄く目を伏せ、書状をもう一度手に取る。


「……斎とやら。貴様は、我が正義の“終わり”を望むのか。

それとも、次の時代の“礎”となるのか」


その声は、まるで誰にも届かぬ深海に向けられた呟きのようでありながら──

やがて国を動かす決意の兆しであった。


一方、葛城の陣中──


夕刻、斎の帳には、雲居悠仁と沙耶が控えていた。

かつて稲生が立っていた場所には、今や雲居が座し、沙耶が補佐を担う。


「白嶺殿の一件……あれは味方でも敵でもない、不確かな風のような存在。扱いを誤れば、すべてが崩れます」


「──けれど、斎様はあの方を拒みもせず、縛りもしません」


沙耶の視線は、帳の奥に座す斎の背へ向けられていた。

その背中は、かつてよりも遠く、深く、どこか別の場所にいるように思えた。


斎は筆を置き、書き終えた文を眺めていた。

だが、眉をひそめて首を傾げる。


「……ふむ。これでは、読めぬか?」


「いえ。斎様の意志は、私には……理解できます。ただし、他国の使者に伝えるとなれば……」


雲居はそっと、斎の書き損じの紙束を受け取り、筆を手に取ると、几帳面な字で一枚一枚、清書していく。


その手つきを、斎は不思議そうに見つめた。


「……文字とは、かくも整うものか。私の書いたものと、同じに見えるが……」


「恐れながら、まったく違います」


思わず返した雲居の声音に、沙耶がくすりと笑った。


「斎様、ご自分の字をご覧になって“同じ”と仰るあたりが……実に、斎様らしいです」


「……?」


斎は本気で首をかしげるが、その表情に険はなく、どこか少年のような純真さがあった。


その光景を見つめる沙耶の瞳は、いつになくやわらかだった。

今はもう遠くなった、あの静かな日々が、ふとそこに戻ってきたかのような──そんな、束の間の空白。


「私たちが見ているものと、斎様が見ているものは……同じであって、同じではないのかもしれません」


「ならば、我らの為すべきは、斎様が“見落としたもの”を拾うことです」


雲居は静かに立ち上がり、背筋を伸ばす。

彼の眼差しに宿るのは、もはや若き補佐ではなく、一国の未来を担う覚悟の色であった。


天義は沈黙の中で揺らぎ、葛城は静けさの中で燃えていた。

声なき“火”が、互いの陣にくすぶり始める──その先に、いずれ来る“審判の時”を予感させながら。

◆――お読みいただき、ありがとうございます。


登場人物たちの言葉や生き様に、少しでも感じるものがあれば嬉しいです。

ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。


次回も、どうぞよろしくお願いします。

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