表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
覇道の果てに、王座は泣いた  作者: 望蒼
序章 ──群雲の時代
36/66

第三十六話 正義を掲げるは、誰のため

王都〈玄翠〉──天義国の心臓にして、理と祈りの都。

城の奥深く、磨かれた白磁の廊を抜けた先に、厳かなる謁見の間があった。


高天井から下がる瑠璃の燭台が、淡い光を床に落とし、白と青の敷物がまっすぐ玉座へと続いている。


その間を渡る風はない。

音もない。ただ、言葉だけが空間を震わせる場。


正使・貞玄院 真榊(てんげんいんまさかき)は、玉座の下に伏していた。

その額からは、わずかに汗がにじむ。静謐な空間に響くのは、自らの鼓動ばかり。


「……以上が、葛城斎との会見の全容にございます」


低く、通る声。だがその奥には、葛藤の色があった。


玉座に坐する王・多岐川 顕真(たきがわけんしん)は、手にした木製の数珠を一つずつ指で繰りながら、目を閉じていた。


──沈黙が、場を支配する。


玉座にあるはずの威圧ではない。が、その無音こそが、言葉よりも重い裁きだった。


やがて、顕真が静かに目を開く。

その視線が真榊に向けられた瞬間、空気がわずかに張り詰めた。


「……斎は、“問う者”であったか」


真榊は深く頷いた。


「はい。言葉を以て刃とし、沈黙を以て圧とする……

まさに、対話の剣士の如き相手でございました」


顕真の目が細められる。


「言葉を剣とする者は、理を“奪う”術に長ける……れど、我らが築くは“守るための理”だ」


その言葉に、後列の重臣たちがそっと顔を見合わせる。


光の届かぬ柱の影には、緋の衣をまとった高僧、軍政官、法吏らが控えている。


誰も口を開かぬ。だが、そのうちのひとり、軍政の要である近衛頭・藤澤景隆が一歩、前へと進み出た。


「恐れながら、陛下。葛城斎の勢いは増すばかり。

神代院を滅ぼし、白嶺とすら言葉を交わしました。早晩、火閥領も飲み込まれるかと」


その声は穏やかだったが、言葉には鋭さがあった。


顕真は数珠を止め、ゆっくりと玉座から立ち上がる。


「軍を動かすべきと、申すか」


「……いずれは」


藤澤が答えるその目に、躊躇はない。

だが、それは決して軽い決断ではない者のまなざしだった。


顕真は視線を横に流し、玉座の脇に据えられた青磁の香炉へと歩を進める。

香の煙がゆらりと立ち昇る。


それを見つめながら、静かに呟いた。


「剣を抜けば、我らの正義は問われよう。“なぜ、今抜いたか”と」


沈黙。


「……正義とは、理由を失えば、ただの暴力となる」


香煙の奥に、葛城斎の姿が浮かぶようだった。

理に長け、正義すら道具とする冷酷な意志の塊。


顕真は振り返り、真榊を見つめた。


「そなたは、彼をどう見た」


真榊は、少しだけ視線を斜めに逸らし、そして答えた。


「……言葉では斬れぬ、信念の“芯”を持つ者と見ました。

理を掲げながら、己の理すら捨てる覚悟を」


「つまり、“敵”ではなく、“鏡”というわけか」


顕真は、ゆっくりと腰を下ろす。


「……この男を放てば、やがて我らの正義は、“古き教え”として塵に紛れるかもしれぬ」


「ならば──」


藤澤が一歩前に出ようとしたが、顕真は手を軽く上げて制した。


「まだ、剣を抜く時ではない。剣とは“正義”の最後の証だ。

我は……まだ、言葉で築くことを諦めぬ」


その言葉の先には、誰も応じなかった。

だが、その沈黙は、誰もが“王の迷いなき覚悟”を理解した瞬間だった。


香は、ゆっくりと燃え続けていた。


そして顕真の影もまた、玉座の背に長く伸びていた。

◆――お読みいただき、ありがとうございます。


登場人物たちの言葉や生き様に、少しでも感じるものがあれば嬉しいです。

ご感想・ご意見など、お気軽にお寄せください。


次回も、どうぞよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ