第三十一話 静けさの裏、揺れる波紋
「……私が覇道を貫く先に、誰も残らぬとしても、それでも構わぬ」
斎は茶を啜り、淡々と言った。
その言葉は重く、静かに天幕の空気を変える。
白嶺は一瞬だけ黙し、それから肩を竦めて笑う。
「そう言い切る男、嫌いじゃないわ。
……でもね“誰も残らない”なんて、言い切らないことね。世の中、何があるか分からない」
「希望は持たぬ」
「そう言う男ほど、最後に誰かの名を呼ぶものよ。私は、何人も見てきたわ」
白嶺の言葉には、どこか遠い過去を含む響きがあった。その場に沈黙が落ちた――。
やがて、天幕の外から控えの声がかかる。
「雲居と篝が、お目通りを願っております」
「通せ」
斎が応じ、沙耶がうなずく。
現れたのは、軍務の報告書を携えた雲居と、白嶺の弟である篝であった。
「殿、兵糧の補給路と連携確認について……」
雲居が手渡した書状を、斎は受け取り、一読する――が、表情が微妙に曇る。
「……ふむ」
「……殿?読めませんか?」
沙耶が苦笑をこらえつつ問いかけると、斎は少し不満げに呟いた。
「なぜ読めぬ?私には読めるのだが」
「読めるのは殿だけです」
雲居が正直に言うと、篝が噴き出しかけて袖で口を覆った。
「……これは、まさに“主あるある”ですな」
「なんですか、それは」
雲居が険しい顔で問うと、篝は肩をすくめて答えた。
「我が姉も、思いつきで策を練り、書きなぐるのが常です。解読にかかる時間の方が長い」
「それは苦労しますね……」
「ええ。胃薬が手放せぬのは、共通の宿命のようで」
二人が肩を並べて笑い合う様子を見て、沙耶はひとつ溜め息をついた。
「……主が変わっても、部下の苦労は似るのですね」
「同じ“覇を目指す”者たちですからな」
篝の言葉に、雲居も静かにうなずく。
斎と白嶺は、それぞれ異なる覇道を進んでいる。
だが、その背を支える者たちには、似た苦悩と誇りがあった。
ふと、白嶺が帳の外を見て言う。
「さて……共闘の次は、どこを攻めるのかしら“覇王様”」
斎は、わずかに目を細めた。
「次は“北の静寂”を破る」
そう言ったその声には、微かに戦の気配が宿っていた。
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