第二十九話 盟誓、燃ゆる霧の先
神代院の焼け跡には、まだ白い煙が立ち上っていた。かつて聖域と呼ばれたその地に、今は兵の足音と鎧の軋みだけが残る。
葛城軍と白嶺軍──共に戦ったはずの両軍は、陣を二手に分けて警戒を保ったまま、互いの距離を測るように動いていた。
「……これが“共闘”ってやつか。なかなか骨が折れるな」
雲居悠仁が苦笑まじりに言った。彼の手には、補給路図と白嶺軍との通信記録が広げられている。
「白嶺殿の部隊、こちらの指示に従う気はある。ただ、気まぐれだ」
「信頼とは積み重ねるものだ。だが、あの女には“見抜く目”がある」
斎は軍図から目を離さずに呟いた。
*
天幕の外、焚火のそばで、雲居悠仁と篝が湯を啜っていた。戦の合間のわずかな時間、両陣営の軍師同士が交わす言葉は、静かながらも妙な温度を持っていた。
「……姉上は、あの調子です。前もって相談した策も、気分ひとつで変えてしまうことがあります。胃薬が手放せません」
篝が茶碗の湯をひと口すすり、肩を竦めた。
「ですが、人が付いてくるのです。不思議とね。あれは言葉じゃなく“気”で人を動かす」
「その点はうちの殿も似ています。筆は読めない、朝から物思いに耽り、夜には突然“策を思いついた”と起こされる」
雲居は溜め息を吐きながらも、どこか嬉しそうに言った。
「けれど、背中で人を導くという意味では、あれほどの主はいません」
「……“主に苦労する忠臣”同士、通じるものがあるようですね」
「ええ、負けませんけど」
「ふふ、それはこちらの台詞です」
焚火がぱち、と音を立てた。
*
帳が開いた。
「失礼するわよ」
白嶺だった。海の風を纏うその姿は、戦場の女神というよりも、波濤を渡る覇者のそれだった。
「ようやく話せるかと思って来たのに、なんだか重苦しいわね」
斎が立ち上がると、白嶺は軽く顎をしゃくって言った。
「先の戦、悪くなかった。あんたの策も──それに殉じた者たちも、立派だったわ」
「礼を言おう」
「礼なんて要らない。ただ、確認しておきたいの。これから、あんたはどう進むの?」
斎は静かに言う。
「覇を取る。それだけだ」
白嶺は笑った。
「その言い方、嫌いじゃないわ」
沙耶が奥から現れ、白嶺を睨んだ。
「……軽々しく殿の心に触れないで。あなたのような方に」
「まぁ、恐い」
白嶺は肩を竦める。篝が後ろで小さく溜息をついた。
その場に残された空気は、重く、だがどこか前へ進もうとする熱を孕んでいた。
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