第二十六話 神代院攻略 前半
霧がすべてを覆い隠していた。
まるで山そのものが意思を持ち、侵入者を拒んでいるかのように。
神代院――霊峰と呼ばれる神域に築かれた宗教国家。
数多の神殿と修道場が点在し、山そのものが防壁となっている。
そこに住まう信徒は、教主・天瀬を「神の声を継ぐ者」として崇め、命すら捧げる。
「……戦いではなく、信仰そのものが武器。やりにくいわね」
山間に潜む岩陰から、真柴 沙耶は目を細めて呟いた。
装いは黒装束。
気配を殺し、霧に溶けるように進む。
彼女は単独で神代院周辺に潜入していた。
霧の奥には隠された関門と祭殿、それを守る狂信者たちの気配がある。
(天瀬……あなたが“神の声”なら、私は“影”で抗ってみせる)
*
一方、前線本陣。
連合軍を率いる斎いつきと白嶺は、地図を囲みながら睨み合っていた。
「この霧の奥に伏せられている軍勢、相当数いるでしょうね」
白嶺が眉をひそめた。
「陽動で霧を散らし、正面を揺らす。その間に、沙耶が動く」
斎は静かに駒を指で押し出した。
「ふうん……あなた、あの子を本当に信じてるのね」
白嶺は微笑む。その頬をなびく髪が撫でた。
「信じているというより……彼女は“私の目”だ」
そう呟いた斎の顔には、普段の冷徹さが薄れていた。
その表情を、傍らの雲居がじっと見ていた。
*
しかし、戦局は斎の想定以上に難航していた。
「敵は、動かぬ……いや、祈りをもって我らの進軍を呪い封じているのか……」
伏兵の配置がことごとく先読みされ、幾つもの部隊が霧の中で孤立した。
稲生
のように現場で陣を率いる存在がいない今、斎の策が機能しきれていない。
「……阿曽原も、稲生もいない。あの位置を任せられる将が、今は……」
斎の言葉に、雲居はそっと目を伏せた。
「ならば私が動きます。殿の策の意図、私が最も理解している」
「いや、お前までを失えば……」
言いかけて、斎は筆を握ったまま止まる。
そこへ戻ってきた沙耶が、幕舎の帳を開けた。
「……拠点一つ、燃やしました。信徒の群れを攪乱できるはず」
その言葉に、斎と白嶺が一斉に振り返る。
「影が、戻ったか」
斎の唇に、かすかな安堵が滲んだ。
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