第二十四話 波濤と祈り
白嶺の笑みと共に夜風が幕舎を撫でていった。
彼女が去った後も、そこにはかすかに潮の香りが残っていた。
「……ずいぶんと、賑やかな訪問だったようですね」
静かな声が帳をくぐって届く。
入ってきたのは雲居 悠仁。
続いて現れたのは、真柴 沙耶だった。
沙耶は茶の香りがまだ残る室内を見渡し、溜息をついた。
「白嶺、ですね。……何を話していたのです?」
斎は特に表情を変えず、簡潔に答える。
「ただの挨拶だ。共闘の礼もあったようだ」
「随分と馴れ馴れしい“挨拶”でしたね」
雲居が控えめながら少しだけ眉をひそめる。
斎は湯を啜りながら答えなかった。
「……殿。あの女、悪い人ではありません。
けれど、貴方を“面白い”と見て近づくような人です。警戒は、しておくべきです」
沙耶の言葉は静かだったが、明らかに含むものがあった。
「……信頼はします。戦の腕も、判断も見事です。
ですが……乱されるのは困ります。今の貴方には、とくに」
斎はその言葉にだけ、ふと視線を向けた。
だが、それに何も言わず、筆を取って再び紙に向かった。
「──心配には及ばぬ。私の足元を乱す者など、そうはおらぬ」
沙耶は何か言いたげにしたが、すぐに押し込めるように唇を引いた。
一方で、部屋の隅にいた篝は、溜め息をつきながら天を仰いだ。
「……まったく。姉上が少し“楽しまれる”と、こうして私が後始末に追われるのです」
沙耶と雲居が目を合わせ、どこか同情のような視線を篝かがりに向けた。
「ご苦労なさってるのね」
「ええ、本当に……」
帳の外では夜風が再び吹き、戦の前夜の静けさを運んでいた。
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