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覇道の果てに、王座は泣いた  作者: 望蒼
序章 ──群雲の時代
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第十九話 静かなる采配

季節は巡り、時はすでに初夏──。


神代院の攻略戦よりひと月余。葛城領は、戦勝の余韻を残しつつも、次なる戦いへの準備に追われていた。


勝利の代償として、老臣の一人は戦列を離れ、戦死者の弔いと戦後処理のため、後方では民政官たちが奔走していた。


補給線の整備、兵の再編、そして新たに加わった若き軍師・雲居 悠仁くもいゆうじの着任──葛城軍は変化の最中にあった。


斎いつき自身も、戦のたびに重みを増す責務に、わずかながら疲労を滲ませている。しかし、彼の眼差しは依然として前だけを見ていた。


次に狙うのは、北辺の動乱地帯。散発的に起きる反乱鎮圧のため、主力を再編し、新たな戦局に備えている。


──その準備の只中、野営地ではひとつの軍議が開かれていた。


初夏の空の下、葛城本陣は静かに熱気を帯びていた。山腹の野営地では、風に揺れる幟の音と、遠くで鳴く蝉の声が交錯している。幕舎の中、軍議の場には重々しい沈黙が漂っていた。


軍図の上に置かれた幾つもの駒。その中に、葛城斎の指がすっと伸びる。


「……敵は、この尾根沿いに布陣するだろう。問題はこの谷だ。こちらの動きが読まれれば、奇襲は効かない」


諸将がうなずきながら、それぞれの意見を述べ始める。だが、斎はただ黙ってそれを聞き、否定も肯定もせず、地図を見つめていた。


その沈黙に、やや気まずい空気が漂ったとき──


「進言いたします」

一歩前に出たのは、雲居 悠仁だった。軍略を担う若き参謀。


「敵は南西の霧を使って奇襲を狙うかと。あえて、こちらがそこに薄く見せかけた部隊を置き、別働隊で包囲を狙うのはいかがかと」


斎がわずかに口角を上げた。そして、地図の上にある一つの駒を、別の位置へと動かす。


「悪くない。だが、敵は我らが動くのを警戒している。……その“一手”を見せる前に、もう一つ噛ませる」


斎が筆を取った。さらさらと描かれる指示文。その筆は速く、迷いがない──ただ、読める者は少ない。


「……あの、申し訳ありませんが……」


雲居が苦笑混じりに声をあげた。


「殿の文字、少々……解読が」


場が一瞬だけ和んだ。だが、誰も笑えずにいた。


その時、稲生 彰人いのうあきとが静かに斎のもとに歩み寄った。 斎は、筆を置いた手を止め、怪訝そうに眉をひそめた。


「……読めぬか?」

小さく、首を傾げる。


その問いに、誰も即答できず、場にわずかな沈黙が生まれる。稲生はふっと肩をすくめ、苦笑まじりに言った。


「殿、それでは読めませぬよ。……こちらは“敵陣を囮へと誘導し、中央を裂け”とのことだな」


斎は納得したように頷き、地図の駒をひとつ動かす。


それを見た稲生は、胸の奥でふっと息をついた。(ああ、変わらぬな……この人は)


強く、遠くなった気がしても。文字ひとつで、斎の人間らしさが垣間見えた気がして、少しだけ、心が和らいだ。

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