第十七話 神代院攻略 霧中の戦略 第二部
霧が、辺りを覆っていた。
神代院。信仰の都。鐘の音は今朝、最後の一打を打ち終え、沈黙している。
霧はまるで、何かを隠すように分厚く、音すら呑み込んでいた。
稲生 彰人は、その霧の中にいた。
葛城軍の陽動部隊。その先鋒。背後には百余の部下。
彼らもまた、剣を抜き、沈黙していた。
(……奇妙な戦だ)
信仰を掲げる者と、策をもって挑む者。
どちらが正しいとも、間違っているとも言えない。だが、それでも刃は交わる。
「来るぞ」
霧の奥から、足音。祈りの言葉と共に、槍を構えた白装束の兵が飛び出してきた。
狂信。恐怖ではなく、信念に駆られた瞳だった。
「下がるな!前へ!ここが、殿の楔ぞッ!」
稲生は叫び、斬りかかる。戦いが始まった。
血が飛び、肉が裂ける音。だが、それらをかき消すように、霧の上空から爆音が響いた。
──斎の策が、動いたのだ。
別働隊が裏手から神殿の裏門を突いた。
炎と叫びが、神代院の内部を揺さぶる。
(……俺たちは、捨て石か?)
そんな考えが、一瞬だけ過った。
だが──脳裏に、斎の姿が浮かぶ。
※※※
あの夜、軍議が終わった後、斎は一人残った稲生を呼び止めた。
焚き火の小さな明かりのもと、斎は稲生の前に地図を広げ、静かに口を開いた。
『ここを突破されれば、策全体が崩れる。
だが、だからこそ……任せられるのはお前しかいない』
斎の声は、あくまで平静だった。
だが、視線だけは真っ直ぐに、稲生の瞳を射抜いていた。
『お前の剣と、信念を……俺は信じている。ここを、頼む』
※※※
それは、命令ではなかった。懇願でもなかった。
ただ一人の友として、かつて共に夢を語った同志としての“託し”だった。
(違う……俺を信じたんだ。だから、俺は戦う)
稲生は歯を食いしばり、斬り伏せた。
血が視界を染める中、彼の剣はなお迷いを見せなかった。
──そして、霧が晴れた。
神殿は崩れ、鐘は倒れ、信者たちは地に伏していた。
勝利だった。だがその場に、誰も歓喜はなかった。
稲生はその中心に立ち、黙して天を仰いだ。
(これが……殿の、覇道)
その言葉が、胸の奥にゆっくりと沈んでいった。
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