晴翔
フローライト第百十五話
「え、ほんと?参加してくれるんだ?」と黎花が嬉しそうな顔をした。今日は黎花のギャラリーに朔と一緒に来ていた。黎花に常日頃、たまにギャラリーに顔を出して欲しいと言われていた。それで仕事で近くまで来たのでその帰りに寄ったのだ。
コンクールへの出品を朔は拒んでいたがやっぱり出すと言ってくれた。二人でバルコニーの上で抱き合って泣いたあの日。あの日の後から美園の中のモヤモヤがとれた。すると不思議なことに朔も急に素直になったのだった。
「うん・・・」と朔が返事をしている。
「良かったよ。司君と一緒だから、お互いにいい刺激になるよ」
黎花の声は明るかった。美園は利成と会えたんだなと思った。黎花から利成のエネルギーを感じる。
黎花が仕事だと言って席を外すと言うので、久しぶりだからギャラリーの方を見てから帰ると美園は言った。黎花が「是非、見ていって。新人さんもいるし」と黎花が嬉しそうに言った。
油絵や水彩画、人物画や風景画などさまざまな作品があった。その中の一つの作品の前で朔の足が止まった。その作品は抽象画だった。キャンバスの色はピンク色・・・花なのか何なのか・・・わからないけれど花びらのようなものが散りばめられている。ピンク色はかなり明るめの色だが、ところどころに濃いピンクも混ざっている。タイトルには「女性」とある。
名前を見ると「武藤司」となっていた。
朔とその絵を見ていると「みっそのちゃん」と声をかけられた。振り返ると司がニコニコと立っている。
「おー、対馬朔、やっと会えたな。なかなか会えんかったよな」
司が朔を見て言った。
「これ・・・女性って・・・」と特に表情を変えずに朔が司に行った。
「そうだよ。女って意味」
「そんなのわかるよ・・・これ・・・」
朔がまた絵を見る。
「わかった?女性の生理のイメージだよ」
(は?)と美園が司の顔を見ると「やだな、変な意味じゃないよ?」と司が言った。
「・・・武藤って・・・センスないな」と朔が言う。
「えー・・・それはないでしょ?センスありまくりでしょ?この絵」
「・・・この絵・・・何が言いたいのかわからない・・・」と朔が言う。
「言いたいこと?別にないけどね。女性の生理って神秘的かつグロテスクでしょ?そういうの表現したつもりだよ」
(あー・・・確かに・・・センスない・・・)と美園もその絵を見つめた。
「朔はいちいち絵に意味つけてんの?」
司が聞く。
「つけてない・・・」
「だろ?意味なんかいらねーし」
「でも・・・これはひどい・・・」と朔が言う。
「あー・・・対馬朔の絵もひどいよ?」
まったく動じずに司が言う。
「確かに・・・女性ってタイトルがね・・・」と美園も言った。
「美園ちゃんまで?ダメかな?これ」
「んー・・・微妙・・・」
美園が言うと朔が「抽象化すればいいってもんじゃないし・・・」と言った。
「まあ、それはそうだね。対馬朔は何描くの?コンクール」
「まだ決めてない」
「そうなんだ。あのさ、今回美園ちゃん借りていい?」
明るく言う司だが、その言葉に美園は(は?)となって思わず司の顔を見た。朔を見ると完全に顔色を変えていた。
「美園を借りる?」
「そう。モデルになってもらいたいの」
無邪気な声の司に朔が「貸すわけないだろ」と言った。
「えー・・・美園ちゃんは対馬朔だけの特許ってわけじゃないだろ?」
(特許?)
面白いこと言うなと美園は思う。
「少なくとも、武藤には貸さない・・・」
朔が言ってその場から去ろうとした。
「いやー・・・相変わらず固いね」と司が呆れたように言う。
「固くていい・・・」と朔が司を振り返って言った。
「そんなんでよく結婚できたよなー」と大声で司が言うので、周りの人たちが司と朔の方を見た。
「何言いたい?」と朔が言う。
「何も言いたかないけどさー、対馬朔に天野美園はもったいないな」
クスクスと笑い声が聞こえてきた。朔が周りを見ている。
「・・・武藤・・・コンクール、降りろよ」といきなり朔が言う。
「何で?」
「お前に資格ない」
「は?対馬朔はいつから審査員になったのよ?」
司が気分悪そうな表情になる。
「あんな絵描くんなら、出す意味ない」
朔がさっきの真っピンクの絵に視線を送る。
「意味あるか、ないかは出してみないとわかんないでしょ?」
「わかるよ・・・」
朔がそう言ってまた出口に向かって歩き出そうとしたので、美園も慌てて朔の後を追おうとした。
「美園ちゃん、モデルいいよね?」と司が美園に言った。
「いくないよ」と美園が言うと「えー・・・考える余地もなし?そう言えばこないだの返事は?」と言ってくる。
「こないだ?」
「付き合って欲しいって言ったでしょ?」
(は?)と思う。何で朔の前で?これはもしかしたら朔を刺激したいだけなのかもしれない。
美園が答えようとすると、出口に向かっていた朔がつかつかとすごい勢いで戻って来て、美園の腕をつかんだ。
「行くよ」
「あ、うん」と朔に腕をつかまれたまま一緒に出口に向かう。ちらっと後ろを振り返ると、司がまたニコニコと手を振った。
「あいつ・・・ふざけてる」と車に乗り込むと朔が言った。
「ま、無視しようよ」と美園はエンジンをかけた。
「あの絵・・・吐き気がしたよ」
「そう・・・ま、あれは酷いね」
でもまさかわざとじゃないよね?とふと思う。
「美園、付き合ってって言われたの?」
(あ・・・)と思う。
「まあ・・・」と言いながらシートベルトを締めた。
「何で言わないの?」
「ごめん、全然そんな気ないから忘れてたんだよ」
「・・・ほんとにないの?」と朔が言うので美園は朔の方を見た。朔は咎めるような目つきだ。
「当たり前でしょ」
そう言って美園はエンジンをかけた。
自宅マンションに着いていつもならアトリエにこもる朔だが、今日はそのままリビングのソファに座りテレビをつけた。何を見るともなしにぼんやりとテレビの画面を見ている。
美園はダイニングテーブルの上に置いたノートパソコンを開いてメール何かをチェックした。その中に以前美園が所属していた事務所からのメールがあった。歌をやめてから数年経った今も、時々誘いのメールや電話が来た。
(あれ?)
その中に混じって晴翔からのメールがあった。
<美園ちゃん、元気?いきなりだけど最近アップしてたユーチューブで歌ってる歌すごく良いね。俺もカバーしていいかな?あと、ユーチューブでいいから俺とコラボしてくれない?)
晴翔は美園が初めて付き合った人で、奏空のグループのメンバーだ。最近奏空のグループの○○〇は活動がかなりゆっくりで、奏空もソロでやっていることが多かった。
(晴翔さん・・・懐かしいな・・・)
<カバーはもちろんいいよ。コラボは考えてまた返事します>
そう返信した。すると急にテレビから晴翔の声がした。見るとそれは晴翔がやっているコマーシャルだった。美園がそのコマーシャルを見ていると、朔が気が付いていきなりテレビを消した。
(あ・・・)と思う。ついうっかり見とれてしまった。朔が立ち上がってリビングを出て行った。
やれやれと思い、美園はユーチューブで自分の好きなバンドの歌をかけてそれをBGMに食事の支度を始めた。作りながら歌っていると、朔がリビングからキッチンに入ってきて、「何、作ってるの?」と聞いてきた。
「カレーだよ」と言うと、「そう」と冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出してグラスに注いでいる。
「あ、ウイスキーならあっちの棚だよ」と美園は野菜を切りながら言った。それから美園がまた歌いだすと、朔にいきなりパソコンを切られた。
(は?)
美園が手を止めてリビングの方を見ると、朔がパソコンの蓋を少し乱暴に閉めている。
「ちょっと、朔、何で消すの?」
「うるさいから」
「うるさいって朔は今アトリエに行くんでしょ?」
「美園の歌がうるさい」
(は?)
「そんな大きな声出してないけど?」
「・・・でも、うるさい」
そう言って朔がリビングを出て行った。
(自分は出て行くくせに何?)と美園はまたパソコンをつけた。
再びさっきのバンドの歌をかけようとしたが、思いついて奏空の歌をかけた。
(そう言えばあの時・・・)と歌いながら思う。バルコニーから飛び降りようとした時、奏空の声が聞こえたことを思い出した。
するといきなり美園のスマホが鳴った。見ると画面は奏空の名前が表示されている。
(あー・・・何か伝わってる?)
「はい?」と美園は電話に出た。
「美園~」と明るい声が聞こえた。
「何?」
「そんな怖い声出さないでよ。最近、会ってないじゃん。そっちに行っていい?」
「いいけど?」
「ほんと?五分後奏空、到着します」と奏空の張り切った声の後、電話が切れた。
(五分後?)と美園は時計を見た。もうすぐ夜の六時だが、外はまだまだ明るい。
ほんとに五分後にチャイムが鳴って、カメラの前で奏空が手を振っている。美園がカギを開けると、その後すぐに部屋のチャイムも鳴った。
「お久」と奏空が言いながら玄関に迎えに出た美園に抱き着いてきた。
「何?何かあった?」と美園が聞くと「何にもないよ」という奏空。
リビングに入ると「朔君は?」と奏空が聞いた。
「朔はアトリエで多分仕事してるよ」
「そうなんだ」と奏空がソファに座った。
「何か飲む?」と美園が聞くと奏空が「それよりちょっとここに来て」と奏空が言った。
「何?」と美園が聞くと「いいから、おいで」と奏空が言う。仕方がないので美園は奏空の隣に座った。
「もう!美園」といきなり奏空が抱きしめてきた。
「ちょっと何?さっきから」と美園が言った。昔から奏空はこうやって何かというとべたべたしてくるのだ。
「今度から絶対にあんなことしないでよ」と奏空が言う。
(え?)と美園は奏空から身体を離した。
「何のこと?」
「・・・先に行こうとしたでしょ?」
「・・・まさかわかるの?」
「わかるよ。俺と美園は繋がってるんだよ?」
奏空の目に涙が溜まっていた。
「まさか・・・あれ、ほんとに奏空じゃないよね?」
「あれって?」
「奏空の声が聞こえたんだよ」
「・・・じゃあ、俺だよきっと」
「きっとって何よ?」
「俺自身には意識できてない時もあるからね。でも、美園が先に行こうとしたのは伝わったよ。まだ行ったらダメだよ」
「・・・うん・・・」
ああ、あれはやっぱり奏空の声だったんだ・・・。あの飛び降りようと足を手すりにかけた時に聞こえた奏空の声・・・。
「今、行くのは無茶だよ。美園自身、何も解いてないでしょ?」
「何を解くの?」
「問題」
「問題?」
「問題って言ったら聞こえ悪いけど、そういう困った意味での問題じゃなくて、この世にきてやるべきことって言う風に言ったらいいかな・・・」
「やるべきこと?そんなのあるかな?」
「ところが美園にはあるんだよ」
「じゃあ、教えてよ」
「それはできないよ。内緒にしておかないと・・・」
「ケチ」
美園は立ち上がりキッチンの方に行った。
「コーヒー?お茶?」と美園が聞くと、「じゃあ、お茶で」と奏空が言う。
お茶を二人分入れて奏空の座っているソファの前のテーブルに置いた。
「でもさ、少しくらい教えてくれてもいいんじゃない?」
美園が奏空の前に座って言うと、奏空はお茶を一口飲むと言った。
「ダメだよ。でも、美園。先に行くのもダメだよ」
「んー・・・わかったけど・・・。朔を止めたかったんだよ」
「そうだろうけど、先走ると永遠に朔君に会えなくなるよ」
「どうして?」
「考えてみて。ここは肉体の世界だから波動が違ってもこうして会える。でも、死んじゃったら・・・つまり肉体がなくなったら波動が違うものとはかみ合わなくなる」
「つまり朔と私じゃ波動が違うってこと?」
「そうだよ。持ってきたものがまるで違うから・・・ヘタしたら目の前に朔君がいても美園には見えないよ」
「えー・・・じゃあ、私奏空にも会えなくなるの?」
「んー・・・俺か・・・俺はまた微妙」
「どういう意味よ?」
「俺は基本的に自由だからね。変な話、美園の中にも俺はいるわけ」
「変な話」
「そうでしょ?」と奏空はまたお茶を一口飲んだ。
「そういう話ってさ、結局言葉じゃない話なわけでしょ?言葉じゃ表現できないことを言葉で表現すること自体変だよね」と美園は言った。
「そうだね。人は言葉を使いだして何でもわかった気になっちゃったんだよ。ほんとは何一つわかってるものなんてないのにね」
「ほんと、そうだよ・・・あっ、晴翔さんって最近どうしてるの?あまりテレビ見てないんだよね」
「晴翔?何で?」
「メールが来てたの。一緒にコラボしたいって、ユーチューブで」
「へぇ・・・あいつまだ美園が好きなのかな?」
奏空が首を傾げた。
「晴翔さん、結婚してないでしょ?メンバーの人はみんなしたのに」
「そうだね。あの元カノとのゴタゴタで時を逃したね。今はニュース番組のMCとかね、バラエティとかやってるよ」
「そうなんだ、ニュースなんてすごいね」
「まあ、あいつは社会に強い耐性あるからね」
「耐性って?」
「元々持ってるものっていうか・・・そもそもね、みんな努力でいろんなもの勝ち取ったって勘違いしてるけど、そのためにしている努力や何もかも含めてね、その人の力なんてないわけ」
「えー・・・じゃあ、努力する気なくなるじゃん」
「努力なんて必要ないよ。必要なら現れるから」
「よく意味わかんない」
「じゃあ、一つだけ教えるね」と奏空が言ったので美園は「うん」と少し張り切った。
「なんとすべては組み込まれてます。もっというなら、あるように見えるものも幻想です」
「・・・それ言っちゃったら、もう生きる気なくなるよ」
「アハハ・・・そうだよね。ちなみにその真実を見てほんとに生きる気なくして死んじゃったやつもいるから美園も気をつけて」
「・・・でも、組み込まれてるんでしょ?それなら自殺もそうならない?組み込まれてるなら避けようがないじゃない?」
「そう、そこだよね。俺もそう思うよ」
「は?意味わかんないんですけど?」
「まあ、シミレーションゲームだからさ、右行くか左行くかは選べたりするよ」
「でも、選ぶ方だって決まってないの?」
「んー・・・難しいな。みんな”個人”がいると錯覚してるからなぁ・・・説明難しい」
結局こういう話はわけがわからないまま終わってしまう。
「朔君はどうなの?落ち着いてる?」
奏空がドアの方を見ている。
「んー・・・多分」
「多分なんだ?」と奏空が少し笑った。
「何だかわけわかんないことで怒るから」
「わけわかんないこととは?」
「さっきも・・・」と言いかけたらリビングに朔が入って来た。
「あ、朔君お久しぶり」と奏空が明るく言う。
「・・・こんにちは」と声が聞こえていたのか、朔はさほど驚いてもいない。そしてそのままキッチンに入っていく。
「美園、ウイスキーどこだっけ?」と朔がキッチンから言う。
「あ、こっちの棚に移した」と美園は立ち上がってキッチンの方に行った。朔がウイスキーを入れてリビングに来ると奏空が「朔君、体調どう?せっかくだからマッサージしてあげるよ」と奏空がニコニコと言った。
「あ・・・でも・・・」と朔が少し困ったような遠慮気味の顔をした。
「いいから、あ、床でいい?」と美園に奏空が聞いてくる。
「いいよ。テーブル少しよけるね」
美園がテーブルを持ち上げようとすると、奏空もそれを手伝ってくれた。朔がラグの敷いた床にうつぶせに寝そべると奏空がマッサージを始める。奏空のマッサージは普通のマッサージとは違って、波動を整えてくれるもので、言わば霊的なマッサージとでも言おうか?
「あー・・・朔君、何か左側が随分緊張してるね」と奏空が言った。
「そうですか?」と朔が言う。
「んー・・・仕事でストレス?」
「・・・仕事・・・かな?」と朔が答えている。
「忙しいの?」
「まあ・・・なんか作ったキャラクターの方が独り歩きしてて・・・」
「そうなんだ?そっちが忙しいんだね」
「はい・・・」
朔がだんだん眠そうに目を閉じている。
一通りマッサージが終わると「じゃあ、今日はこの辺でいいかな」と奏空が言った。
朔が起き上がりながら「ありがとうございます」と言っている。
「朔君、たまにうちおいでよ。咲良も会いたがってるよ」と奏空が言うと「咲良さんが?」と朔が少し嬉しそうな表情を見せた。
「そうだよ。美味しいご飯作って待ってるって」と奏空が笑顔で言う。
朔は「じゃあ、近いうちに行きます」と答えていた。
奏空のマッサージを受けたせいか、夕食のカレーを食べた後、朔はどことなく機嫌が良さそうだった。すぐにアトリエに行かずにリビングでテレビを見ている。美園も後片付けを済ますと朔の隣に座ってテレビをながめた。
最近はまったく見ていなかったテレビなので少し珍しい。違う番組が入ったかと思ったら晴翔の顔が映った。どうやら晴翔がレギュラーのバラエティ番組らしかった。
(あー晴翔さん、元気そうだな・・・)
美園が見ていると朔がまたいきなりテレビを切った。
「あ、何で切るの?」と美園が言うと、朔が軽蔑したような顔をして美園を見た。
「美園、まだ晴翔が好きなの?」
朔がうんざりしたような顔で言う。
「え?違うよ。ただ番組を見てただけだよ」
「どうだか・・・」
(あー・・・これは絶対晴翔さんとコラボは無理だな・・・)と美園は思う。
「朔さ、もう昔のことなんだし、つっかかるのやめてよ」
「・・・昔?今もじゃないの?」
(あー・・・また始まった・・・)
朔は美園の周りにある男の影を、例えそれが昔のことでも些細なことでも許さない。嫉妬と言えばそうなのかもしれないが、それよりももっと強い執着を感じる。
「そんなわけないでしょ」と美園は言った。
「美園は高校の時、晴翔と付き合いながら俺にも触っていいとかキスしていいとか言ってきたじゃない?だからそういうこと今もしてるんじゃないの?」
(は?)と今度は美園の方が呆れた。
「そんな高校の時のこと言われても。今いくつよ?あの時はまだ子供だったんだよ」
「・・・・・・」
「朔、あのね・・・」と言いかけたら朔が立ち上がってリビングを出て行った。
(あー・・・)
またかと美園は思う。最近調子良かったのにな・・・。
何だか逆にこうしていつも二人でいるのがいけないのかな・・・と考えながらシャワーをかけた。自分も働きに行こうか・・・。でも行くとしたら芸能界しかない気がする。それは朔が絶対反対するだろう。
シャワーをかけ終わり浴室から出てドライヤーで髪を乾かした。
(子供・・・)と急に思う。自分ももうだいぶ歳を取ってしまった。もし子供を産むなら今がチャンスだろう。
(でも何でそんなこと急に思うのだろう?)
子供はほんとに作る気はなかった。育てる気もない。でも朔は一時期すごく欲しがっていた。そのことでだいぶ朔との関係がぎすぎすした。
(はぁ・・・)とため息が出た。
美園は寝室に行きベッドに横になってスマホを開いた。
(あ・・・)と思う。画面は晴翔からのラインを表示していた。
<美園ちゃん、元気?メールの方ありがとうね。是非、コラボの方考えてみて。ちなみに美園ちゃんの歌カバーしました>
そうラインがあり、URLが貼ってあった。美園がURLをクリックするとそのまま晴翔のユーチューブに飛んだ。
(あ、これカバーしてくれたんだ・・・)
それは美園の昔の曲で美園が一番気に入ってる歌だった。その後に、最新の曲を晴翔が歌ってくれている。
(あ・・・)
何でだろう、涙が出て来た。
(バカ・・・私・・・)
最近涙もろくなったなと自分に苦笑する。
晴翔にお礼のラインをしようとしたら、朔が寝室に入って来たので思いっきり焦ってスマホをベッドの下に落としてしまった。朔が気が付いて怪訝そうに美園を見た。
「あ、寝る?」と美園は言いながらさりげなくスマホを拾った。
朔が何も言わずベッドの中に入ってきて「スマホみせて」と言われた。
「何で?」
「何か慌ててたから・・・」
「あ、何でもないよ。ちょっとびっくりしたんだよ」
「何でもないなら見せてよ」と朔が言う。
美園は何のやましいこともないと思い、朔に自分のスマホを開いて渡した。朔がそれを見ている。するといきなり晴翔のユーチューブが流れた。朔が驚いた顔でそれを見ている。
「・・・何これ?」と朔が言う。
「何でもないよ、晴翔さんが私の曲カバーしただけ」
「何で晴翔が美園の歌カバーするの?」
「何でって・・・」
「やっぱり今も連絡取ってるんだね」
朔がスマホを返してきた。
「違うって朔!いい加減にして」
あまりにも言われるので美園もつい切れてしまった。
「何が違う?」
意外に冷静に朔が言う。
「朔以外の人とどうこうなんてないから」
「信用できない・・・」
「そう、じゃあ、どうする?信用できないならどうしたら信用するの?」
「・・・・・・」
「私がここにこうしていることを信じられない?」
朔は黙ったまま美園に背を向けた。
「・・・いいよ・・・もう・・・」と朔が小さな声で言う。
「朔」と美園は朔を背中から抱きしめた。
「朔こそ・・・私でいいの?」
美園が聞いても返事がない。
「・・・他の人のモデルにはならないで」といきなり朔が別の話を言う。
「ならないよ」
「・・・他のやつと喋んないで・・・」
「・・・武藤さんのこと?」
「・・・・・・」
「喋んないよ。でも、必要なことは別でしょ?」
「必要でも話さないで」
「・・・・・・」
「・・・美園が他のやつと話すのやだ・・・」
何だか小さな子供みたいな口調で言う朔。
「うん・・・」
朔が美園の方を向く。
「俺・・・全然カッコよくないし・・・晴翔の方がカッコいいから・・・」
「カッコいいから・・・何?」
朔が美園にくっついてきて、額を美園の肩の辺りにこすりつけてきた。
「何でもない・・・」
何だか今の朔は小さな子供何だろうな・・・と思う。
幼い頃、朔だけじゃなく自分自身も素直に甘えるなんてしたことがなかった。利成が言うように、自分も母親に甘えたかったのだろうか?まったくそういう自覚はないけれど・・・。