第3話「選ばれし者なんかじゃない」
平凡であることは、時に自由だ。
誰にも注目されず、誰にも期待されない。
だからこそ、心を削られることもなく、静かに力を蓄えられる。
これは、“選ばれし者”ではなく、“積み上げる者”の物語。
第3話、どうぞ。
父の死から、数年が過ぎた。
俺は11歳になっていた。
学校では相変わらず“取り柄のない子”という扱いだ。
成績は悪くない。むしろ平均以上にはできている。
でも、誰も俺を特別扱いしない。目立たない。注目もされない。
それが――妙に心地よかった。
昔の俺は違った。
期待され、注目され、そして裏切られた。
けれど今の俺には、目立たないという「余白」がある。
その“見られていない時間”を、俺はすべて、あることに費やした。
――勉強だ。
本だけが、俺を裏切らなかった。
夜遅く、母が寝静まった後、押し入れの中にランタンを持ち込んでノートを広げた。
古本屋で買った中学や高校の参考書。パソコンなんて家にはない。
だけど、俺には“前の人生”の知識がある。
それを総動員して、情報を精査し、記憶をつなぎ合わせていく。
AI、SNS、株式、政治、マーケティング、経済、脳科学、教育制度、司法、犯罪心理学――
何を学ぶべきかを知っているというだけで、他の子供たちよりも数十年は早く歩ける。
(今の俺は、何もない。何の力も、地位もない)
(だけど、積み上げることならできる)
そう自分に言い聞かせるように、毎晩ノートを埋めていった。
ときには眠ってしまい、朝になって母に布団をかけられていることもあった。
「……勉強、そんなに好きなの?」
問いかける母の声は、あたたかくて――少し寂しそうだった。
「うん、まあね」
子どもらしくない返事しかできない自分が、もどかしかった。
けれど、母はそれ以上なにも聞かず、ただ優しく笑ってくれた。
あの日――父が死んだ日。
母は、信じることをやめると言った。
だけど、俺はそれでも守りたかった。
母の笑顔も、父の言葉も、あの優しかった時間も――
(俺が、変わる)
(俺が、この世界をねじ伏せる)
*
転機は突然やってきた。
小学校の授業で、将来の夢を語る時間があった。
多くの子は「スポーツ選手」「ユーチューバー」「アイドル」と答えていた。
俺の番が来たとき、教室が一瞬だけ静かになった。
「神山くんは?」
先生が優しく声をかける。
俺は、ためらいなく答えた。
「僕は――“仕組みを変える人間”になりたい」
ざわつく教室。
笑い声もあった。でも、俺は構わなかった。
誰にどう思われてもいい。
これは、俺の“始まり”だ。
その放課後。
帰り際教室で、同じクラスの少年がふいに俺に声をかけてきた。
「……お前、ちょっと変わってるな。でも俺、ああいうの嫌いじゃないよ」
小柄で、眼鏡をかけて、口数の少ない少年だった。
名前は――伊織。
そう、“あの伊織”だ。
今はまだ幼く、無垢な表情で俺を見ている。
けれど、俺はすぐに気づいた。
この世界でも、あいつは――俺の前に現れた。
(また、お前か)
胸の奥がざわついた。
憎しみと、警戒と、それでもどこか、懐かしさと。
だが今の俺は、もう無防備じゃない。
“全てを知っている状態”で、もう一度、伊織と向き合える。
(いいだろう。これも運命なら――全部、利用してやる)
そう心に決めた瞬間、遠くで鐘の音が鳴った。
子どもの声が響き、風が、静かに冬を告げた。
俺の復讐と再起は、まだ始まったばかりだ。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます!
今回の話は、隼人が“目立たない少年”として生きながら、その内側で着実に力を積み上げていく姿を描きました。
誰にも見えない場所で努力を続けることは、孤独で、でも誇れる生き方だと思います。
そして、ついに登場する“あの男”、伊織。
まだ幼い彼との再会が、隼人の運命にどう影響していくのか。
次回、第4話もどうぞお楽しみに!




