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飛んで夏  作者: みみず
2/2

変わる水

時川礼子34歳のお部屋はいつもごちゃごちゃ。

こんな部屋にしたいと思っても、実行できない。

整理整頓なんて仕事じゃないのにできないもん。

言い訳ばかりしてる礼子に助け舟が……。

7月の末の旅行中に、12歳年下の彼氏の和島と一線を越えた。

だからと言って、会えば始終身体をくっつけ合うということは無く、お互いいつも通りだった。


ただ、前よりも長い時間一緒に居たいと思うようになり、休みが合えば朝早くから会うようになった。

カフェや喫茶店に行き、何時間か話をしていた。

私も昨年の年末からしている話の続きを書いたり、和島も20年前のライトノベルを読んでいる。

店の本を読んだり、時折話をして、15時を過ぎると店を出る。

汗を流そうとホテルに入り、その日で一番の親密な時間を過ごす。

その後は安居酒屋に行き夕食がてら乾杯をする。

それが何度か続いた。


この日はずっと行ってみたいと思っていた川沿いの喫茶店に来た。

階段を上がり2階の扉を開ける。

形の異なる椅子や机や背の違う本棚が工夫を凝らして置かれてある。

様々なジャンルの本の背表紙を見るだけで楽しい。

「ここ良いね」

「珈琲の香りも良いし、窓からの眺めも良いですね」

工場での勤務は慌ただしく、仕事を終えると疲労で何も出来ない。

休みの日は掃除や洗濯に買い物と動きっぱなし。

そんな日々を何年も続けていた。

最近あまり服も買ってないな。バッグも。

あの物欲女王の私がねえ。

服屋自体もあまり行かなくなった。

ネットショッピングのアパレルページも見なくなった。

所持している物だけで着回せている。

身の回りの変化と自分自身の気持ちの変化について考えながら和島を見る。

和島と付き合うようになってから、爪の先から細胞が変わっている気がする。

今まで誰かと付き合っても「私は私だ」と突き放すところがあり、相手に対して興味も無かった。当然綺麗になるという変化を感じたことなど無かった。

何故、和島とはこんな変化が起きたのか。

彼の顔が好みかと言われれば別にそうでも無い。

背が高いのは頼もしくて良いなあとは思う。


席を立ち本棚を眺めていた和島が話しかけてくる。

「礼子さん、ここ西村賢太ありますよ」

「え?ほんと?」

西村賢太の持っていない文庫本が置いてあった。

「あー西村賢太が亡くなる前から興味あったのに先読んどけばなあ」

「本自体はいつでも読めるじゃないですか」

「いやー作者が存命してるか否かの自分の感情を知りたいのよ、私は特に西村賢太は生き急ぐような人生だったじゃない、私が好きな女性作家とは違うねえ」

「礼子さんほんと小説好きなんですね、何時からなんですか」

「何時と言っても高校の時からよ?小学校の時なんて漫画ばっかりで児童書なんか読んだことないし」

「えーズッコケ三人組も読んだことないんですか?」

「表紙しか知らない」

「マジすか、俺めっちゃ読んでましたよ」

「高校入学を気に純文学とかミステリーとか読むようになってさ、恋愛小説も。まー作家てのはクズが多くて良いなあって」

「クズが多いからって、それは確かにそうですけど」

「だって学校では国語の授業で正しいことを読み取れって強制するけどさあ、実際はクズが書くものじゃないか!というギャップがたまらないのよ」

「矛盾てやつですか」

「人は矛盾を抱えねば生きていけない、それが真の教えなのかも」

コントのように会話をする。

「でもクズのくせに恋人も伴侶もいて、その上自分の言葉を残せる才能があるなんて良いよね、クズだからこそなのかな」

「もしかしたら僕たちは真面目一筋で悪い子なんか許せませんと言い切る人の話より、クズの話の方が聞きたいのかもしれませんね」

「あーそうかも、和島くん当たってるよきっとそれ」

ジャズが心地好く流れる空間で作家について語らうなんて、小池真理子の小説みたい。

高校生の頃は1970年前後の大学生になってみたかった。学生街の喫茶店で煙草と珈琲と文学について熱く語らう。

現実では大学には通わず、学費の安い調理師学校に進学した。

実習と座学と料理店での校外実習に追われる2年間だった。

「和島くんと10歳くらい歳が離れてるのにあんましギャップを感じないな」

「俺別に合わせてないすからね」

「知ってるよ」


窓の外の川を見つめて空想をした。

「あー部屋をこんなブックカフェみたいにしたーい!」

背伸びをして呟く。

「手伝いましょうか?本棚組み立てるのとか」

「ほんと?してくれるの?」

料理こそできるものの工具を使ったものづくりには疎かった。

上機嫌で次の休みに来てねと約束をして、完成した気分になった。


「で、部屋の片付けやらないとな」

しかし昨年の年末から変わらないこの部屋。

所狭しと置かれた本のゾーンと服のゾーン。

「片付けの本を何冊も持っててこれだよ」

呆れながら和島が作業できるスペースを作る。

布団を畳み、本を積み重ねる。


スマホに電話がかかってきた。和島からだ。

「すみません礼子さん、蔵本駅まで来ちゃったんですけど迎えに来てもらう事って出来ますか?」

「あれいつもの公園まで行ったのに」

「なんか久しぶりに汽車に乗りたくて」

「ふーん良いよ」

車に乗り、駅まで迎えに行く。


アパートの階段を歩く音が大きい。

「さあさあもうこの際、恥も何もありませんよ。時川宅へようこそ!」

開き直って和島を迎え入れる。

「お邪魔しまーす」

狭いアパートに2人、しかも背の高い男が居るのでさらに窮屈になった。

「礼子さんがゴミ屋敷だゴミ屋敷だと言うから少し覚悟してたけど、別に普通じゃないすか」

和島が本棚のダンボールを開けながら話しかけてくる。

「どこがあ?もー恥ずかしいのよほんとに」

アイスコーヒーを入れながら返事をした。

「一般的な女の子の部屋がどんなのかは知らないんですけど、男の部屋だったらこんなものじゃないすか?」

「男の部屋なら……か」

複雑な気持ちになりながらもそうなのかと一応納得した。

「ブックカフェ風てどんなのイメージしてるんですか?」

「ちょい待ってね、とりあえずネットで拾ってスクショしたのが」

和島にスマホに保存したブックカフェ風の部屋の理想写真を見せる。

「あーこういう感じか、これならカーテンも変えた方がいいんじゃないすか?」

「えーカーテンも?」

「まあとりあえず本棚組み立てますよ」

あっという間に2つの本棚が組み立て終わった。

白い普通の本棚という名のカラーボックス。

「聖くん凄い!はやい!」

「えへへ、俺こういうの好きなんで」

照れる和島を見て私も笑みが漏れる。


積み重ねている本を本棚に入れていく。

表紙が綺麗な本を飾るように置いた。

ガラスの花瓶を余白を作りながら置く。


ミニテーブルにオレンジ色の照明ライトを置くとそれらしくなった。

「できたー!凄い!ありがとう聖くん」

「礼子さん読んだら元に戻さないと元通りですよ」

「分かってるよー」

ご飯を食べるちゃぶ台とは別のミニテーブルにアイスコーヒーを置いて飲む。

「読書スペースって所かな」

満足して2人で作ったブックカフェ風読書スペースを眺める。

「なんか良いすね、2人で何かを作るの」

「そうだねー」

小さい花瓶をこのテーブルに置くのも良いなあと思いながら満足する。

アイスコーヒーのグラスを触ると和島の手が重なる。

「俺もっと礼子さんと何か作りたいです」

その一言に固まる。

「何かって……なんだろう」

「なんでも良いんですよ、こうして2人で考えて作りたいんです」

2人で作るものってなんだろう、料理かな、物かな、思い出かな。

とりあえず最初に思い浮かんだ事を提案する。

「じゃあ、今日は2人でうちのキッチンで料理作る?」

和島が歯を見せて笑う。

「良いですね、作りましょう」

昨日とは違う細胞の数、変わる身体。空間。

私の人生に大きな変化は起こらないとずっと決めつけていた。

でも、一夜じゃなくても少しづつ変わっている。


趣あるブックカフェで勢いで書いたお話。

自分だけの空間良いですよね。

とりあえず「飛んで夏」から連載設定にしました。


このシリーズの正式な名前は

「時川礼子は物欲で構成されている」

が良いかも知れません。

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