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飛んで夏  作者: みみず
1/2

飛んで夏

年明けに、年下の青年(21歳)から猛アタックを受けた物欲女王時川礼子(もうすぐ34歳)はなんやかんやで交際を受け入れる。兄弟分の様に数ヶ月は過ごしていたが、ある日旅行の提案をして……。

工場のドアを開けて外に出る。

7月の突き刺さる日差しに目を背けた。

アスファルトからの熱気に顔を顰める。

暑い。化粧などしていないが、鼻から吹き出る玉のような汗にうんざりとした。

この間まで過ごしやすい梅雨だったのに、急に気温が上がった。

日傘をさして、駐車場へと歩く。

砂利の上は歩きづらい。

黄色の軽自動車のドアを開けると、もやっとした空気出てきて顔に当たる。

腹が立ち、眉をしかめた。毎日毎日こんな事の繰り返し。髪が顔に張り付き鬱陶しい。

いい加減にどうにかならないのか。

飲みかけのペットボトルのコーヒーを見て瞼を閉じる。絶対にホットコーヒーになってる。

どうにかしたい。

どうにもならない。

ふたつの言葉が頭に浮かびため息をついた。


冷房が効き始めると座席に座り、荷物を助手席に乱暴に置いた。

「助手席が汚い人には良いパートナーはできない」

どこかで聞いた言葉を思い出しながら、アクセルを踏んだ。


海沿いの工場地帯の道路からショッピングモールを通り過ぎた時に考える、この後の動きをどうするか。

買い物に行くか、アパートにそのまま帰るか、銭湯に行くか。

3つの選択肢に迷う。

暑さと日差しと疲労で目眩を起こしそうだ。


結局、アパートの近くのスーパーマーケットに寄った。

買い物カートを確保してベンチに座りスマホの通知を確認する。

年下の彼氏、和島から1件連絡が入っていた。

「礼子さんこんにちは、明日休みでしたよね?良かったら今晩飲みに行きませんか?」

和島は昨日から有給消化のため4連休を取っていた。

そういや最近ら彼奴とも飲んでないなあと思い返信した。

「いいよ、いつものお店?迎えに行くのいつもの公園に18時くらいでいい?」

すぐ既読になる。

「いつものとこで、18時で大丈夫っす!」

犬の写真スタンプと共に返事を確認する。

了解と返信をして、スマホをバッグにしまった。

早く買い物をして、シャワーを浴びて、小綺麗な服を来て化粧しなくちゃ。

平静の顔でもきっと口元は綻んでいる。

同じ事の繰り返し、だけど少しづつ変化している。


身支度を整えて、明日着る服や予定を確認していると、アパートを出る時間が迫ってきた。

玄関の鍵を閉め辺りを見回す。

太陽がまだ高く青空と白い雲が映える、虫の鳴き声と風のない熱気から逃れるため車に向かった。

和島の自宅近くの公園まで迎えに行き、手羽先が食べ放題の居酒屋へと向かう。

吉野川に渡る橋を走っていると渋滞に巻き込まれそうになっていた。

「わー混んどるなあ」

「まあ帰宅ラッシュすかねえ」

冷房で冷えた狭い車内で時折、会話をする。


和島と会えば毎回行く居酒屋の砂利を敷き詰めた駐車場に車をとめる。

木造の引き戸を開けて店内に入り、ビールのコンテナに座布団を乗せた椅子に座った。

「平日だから予約埋まって無くて良かったすね」

「うん」

手羽先食べ放題と飲み放題コースを選び、追加で揚げ出し豆腐とシーザーサラダを頼む。

和島は生ビール大で私はノンアルコールの梅ドリンク。

控えめに昭和レトロ感を売りにしている店内は狭いながらも落ち着いた空間だった。


飲み物とお通しが運ばれてきた。

乾杯をして仕事のことや最近できた店について話す。

「あそこ行きたいねー」

「ここ行きたいねー」

と言いながらも行けていない店は沢山ある。

お互い同じ会社でも深夜からの勤務でシフト制、しかも和島は出勤場所が日によって違うからだ。

入社直後は工場だけだったのが、今では委託事業所やレストラン部門に仕出し部門などを回って仕事をしている。管理者層も彼に期待しているだろう。

手羽先を食べながら和島の顔を見る。

去年よりまた身体が大きくなったように見える。

「和島くん成長期?でかくなってない?」

ええーと和島が笑う。

「この年で成長期すか?!えー!どうしよう!」

少し顔が赤くなっている。

「良いじゃん2メートルとか目指しなよ」

さらりと冗談を言ってみる。それはそれで見てみたいが。

「野球選手でも中々いませんよ!」

すかさず突っ込みを入れてくる和島。

漫才のようなやり取りが心地よい。

年の離れた兄弟分みたい。一応恋人同士なんだけど。

和島がビールのおかわりを頼むのでウーロン茶も頼んだ。


黄色の照明が和島のビールの色を映えさせる。

ウーロン茶を一口飲んで口を開いた。

「和島くん、あのさ次のシフトでね、休み合わせて大阪行かない?」

口は動いているが、場の雰囲気と疲労でぼんやりとしてきた。昼寝もしていないのでこのままだと24時間起きている状態だ。

「ええ!良いんすか!行きます!」

即答の和島を見て笑う。

机の上に崩れながら、じゃあ決まりと泊まるホテルなどをお互いの希望に合わせて探して、予約をした。


「大阪楽しみっすね!」

迎えに来た場所と同じ場所に車を止めると、和島が楽しそうに言ってきた。

「うん、じゃあまた工場でねー」

手を振り、車を発進させた。

眠気が酷いので、コーヒーでも買おうとコンビニに向かった。

アパートに帰宅して化粧を落として、歯を磨き、下着を脱ぎ陰部にシャワーをあてた。

ぬるま湯でも気持ちが良い。

寝巻きに着替えて布団に潜る。

なんか今日約束したけどなんだっけ。

まあいいや。


翌朝、昨夜の和島との旅行の約束を思い出し慌てた。

「浮かれて高いホテル予約してないだろうな私」

予約ページを確認すると普通の値段のホテルだった。


窓の外では、青い空に白い雲が映えている。

冷房の効いたアパートの一室で、ひとり座る独身女。

「もう1年も半分過ぎたのかあ」

また独り言を呟いて、冷蔵庫に向かって立ち上がった。


7月下旬の平日。

とうとうその日がやってきた。

早朝のバスに乗るため、休日でも起きる時間はいつもとほぼ同じだった。

午前1時。

「起きちゃうのよねえ……」

独り言を呟いて白湯を飲む。

しばらくしてから昨夜用意した服を見る。

黒色でレースのノースリーブのトップスにアイボリーのタイトロングスカート。

カジュアルなかごバッグと薄紫のリュック。

若作りに見えないか確認して着替えた。

腕も脚も当然腋もムダ毛は無いし大丈夫。ダイエットも順調だし心配ない。自分に言い聞かせて化粧をした。

ほとんど新調しない化粧道具。

せいぜい日焼け止め下地とファンデーションかわりのおしろいのみ期間限定商品だけ買う。

「この年でこの色アリなのか?」

またブツブツ独り言を言って顔に色を乗せる。

イヤリングやネックレスも持っているが旅行なので疲労を考慮して置いていくことにした。

宝の持ち腐れ状態と思い、目を瞑る。


姿見鏡で再度格好の確認をして、カーディガンを羽織ってから窓の戸締りやガスの元栓を指差し確認した。階段を降りて駐車場に向かう。

車に乗り、和島を迎えに行く。

漆黒の空が薄い水色を含み始める。


いつもの待ち合わせ場所の公園に黒のリュックを背負った和島が立っていた。

普段通りの格好。

「おはようございます礼子さん!」

「おはよう」

和島の荷物を後部座席に積ませて、助手席に乗ってもらう。


「うわー礼子さんと初めて本州行くのかあ楽しみだなあ」

楽しそうに彼はずっと喋っていた。

運転に集中しながらも相槌を打って、今日行きたいところについて話す。


バスターミナルの駐車場に着いた。

車から降りて荷物を下ろし、バス停に向かう。

ベンチにリュックとバッグを置いた途端、汗が吹き出す。

「あっついねー」

冷感素材のカーディガンを脱いで腰に巻く。

一瞬和島が固まった気がした。

「どしたの?」

我に返ったような和島が素っ頓狂な声を上げる。

「あっああ、いや、あつい……ですね」

気になるがバスのチケットを手元に出すためバッグを触るとその事は忘れてしまった。


大阪では三番街や中崎町などの梅田を中心に散策した。

久しぶりに三番街の可愛い服屋や中崎町にあるハンドメイドの店に行き「可愛い可愛い可愛い」

と何百回も連呼した。

和島に着いて古本屋やアウトドアブランドの店にゲームショップを回ったりもした。

急にアニメショップにも行きたいと言っても、和島は快く着いてきてくれた。

好きなアニメや漫画のジャンルは全く違うが、それでも話をするのは楽しかった。



ホテルへのチェックインの時間が来たので、受付を済ませた。

エレベーターに乗り込み話しかける。

「ここ去年改装したばかりなんだって」

壁に貼ってある朝食バイキング案内の写真を見ていた和島が返事をする。

「最近こじんまりとしてるけど設備が豪華なホテル多いですね」

「サービス業も生き残りに必死なんだろうね」

「俺らも頑張らないと」

お互い笑っていると、扉が開いた。


「和室と洋室のミックスですね」

「ね、畳だけどベッドって変わってるね」

ダブルベッドの済みにハンドバッグを置いて設備の確認をした。


しばらく休憩をしてから、ホテルの近くにある気になる居酒屋に向かった。

「焼き鳥のこの盛り合わせの量凄いね」

「しかも肉が大きくカットされてる」

「私の大好きなぼんじりがこんなに沢山ある嬉しいな」

徳島でいる時と同じような飲み方。

デザートの様なカクテルを頼み飲んだ。

「こんなの20歳の時以来よ飲んだの」

「礼子さんてほんと普段飲まないすよね」

「26くらいまでは飲みに行けば飲めてたのよ、でも27歳に体調崩してから減ったねー」

「へーそうなんすか」

目の前の男は、大きな鶏肉を次々と平らげる。


なんでもない話を延々と繰り返すことが出来る。

そんな事ができる相手は歳と共に減った。

それを何故、こんな若い青年としているのだろう。


好きだ好きだと言われてても、同世代の様な姉と思われてるのだろうと鼻から息を零した。


夜も耽っていた。

それでも夜の街はまだ眠らない。

照明や看板、人の賑やかさに惑わされそうになる。

他の店にも飲みに行きたかったが、お互い汗が止まらないのでホテルに戻ることにした。


「美味しかったねー」

徳島では味わえないような料理に満足して、その上、最上階の夜景の見える温泉も気持ちが良かったので私は上機嫌だった。

寝巻きに身を包んでベッドに腰掛ける。

「和島くん夜泣きそばあるんだって、行く?それともまた飲みに行く?それとも部屋飲み?」

楽しくなり連続で話しかけた。

しかしいつも饒舌な彼からは返事が無い。

部屋の隅にある、充電コーナーに座ったままだ。

体調を崩してしまったのではと彼に駆け寄る。

「和島くん?いけるん?飲み過ぎた?昼間日に当たりすぎた?」

質問攻めにしても彼は無言だ。

不安になり顔を覗き込むと抱き締められた。

こうして身体を包まれるのは川沿いを散歩した以来だから年明け以降。7ヶ月ぶりだ。

「わ……じまく…ん…」

途切れ途切れに声をかけると、そのまま抱え上げられ、彼の体と共にベッドに沈みこんだ。


「わっわじまくん!」

思わず叫ぶ。

押し返そうとするが動かない。

この状態が嫌な訳でもない、がしかし彼が何を考えているのか分からない。

「どしたの急に」

ゆっくりと和島が顔を覗き込んでくる。

「れいこさん……俺は……朝からその気だったんですよ」

むすりとした声で話しかけてくる。

「その気とは……?」

なんの事だと聞き返す。

少し沈黙を置いて口を開いた。

「あのねえ、礼子さん!朝からあんな黒のノースリーブで大人の色気見せつけて髪も巻いて垂らしててねえ!俺はもうずっとてっきりそうなのかな!って思ってて、でもホテル着いてもお風呂から出てきても、礼子さんはいつも通りなんで、俺……俺……」

次々と出てくる言葉に混乱する。

色気って、私に色気なんてと思い、いつも通りで何が悪かったのだろうとはてなマークが頭に浮かぶ。

ただ言葉を繋ぎ合わせると答えはあれかなと聞いてみる。

「それは、お泊まりだからセックスできるかなと期待したけど私がいつも通り過ぎて落胆したという事?」

完璧なる棒読みで。

「そう……そうですよ、ダブルベッドなのに全然意識してくれなくて」

あーと思い頭に手を持っていきたくなる。

「礼子さん、俺のこと男として見てくれますか?」

自分の顔が赤くなるのが分かる。

「みっ見る……けど、私は女として見られるのは恥ずかしい……」

「何言ってんですか!逃げないでください!」

「いや、その心の準備を……」

そう言った途端、お互いの身体がかけ布団の中に入っていた。

もう引き返せない。

不完全な覚悟のまま自分の腕を相手に伸ばした。

疲れからか、手のひらの心地良さに身を委ねて、久しぶりの感覚を楽しみながら瞼を落とした。


朝、目が覚めるとブラインドから陽が差し込んでいた。

エアコンの音と冷蔵庫の音を聞きながら天井を見上げる。

肩には筋肉質な男の腕が回っている。

その肌を撫でながら、昨夜の事を思い出した。


とうとう、年下の彼氏と一線を越えた。

その行為をするのを渋っていた訳では無い。

本当にその気が無く飲み友状態で数ヶ月過ぎていたのだ。その彼の気持ちに気が付かず、安易に旅行に誘うなんて。

昨日の日中、もしかしたらずっと落ち着かずに過ごしてたのかと思うと気の毒に思った。

申し訳ないことしたなと彼の顔を見た。

太い眉毛に大きなまつ毛、黒縁の眼鏡をかけている時とは違う幼さが残っていた。

まだ21歳なんだよな。

そんな年下に身体を見られたくないとか思う暇もなく、この状態になっている。


年始から投入された刺激剤に対して、恋人として意識して向き合ってたらどうなっていたのかなと思いながら備え付けの時計を見た。

午前7時、朝食会場が開く頃だ。

海鮮バイキングが売りだとお互いが楽しみにしてこのホテルに決めた。

そろそろ起きるかと腕を退けようと身体を動かすと抱き締められる。

「うお、和島……くん、起きてる?」

「……礼子さん……おはようございます」

半分寝ている様な声で挨拶される。

「おはよう……」

次の言葉が見つからない。

迷っていると、和島に覆いかぶさられた。

「和島くん重いよー」

圧迫感が苦しいと訴えるも心地良かった。

「礼子さん嬉しそうな声してません?」

バレてるか。

「嫌では無いしね」

そのまま更に圧をかけられる。

「重いってば」

それでも和島は動かない。聞こえてるのか。

「おーい和島くん」

呼びかけるが返事の代わりにため息が聞こえてきた。

まさか昨日したのを後悔しているとか?そう思い顔が青ざめる。この年の差やはり少々無理があったのでは。

様々なことを考えて冷や汗をかく。

すると彼は息を出し切ると顔を覗き込んできた。

「礼子さん可愛かったです」

その言葉を理解するのに時間が必要だった。

可愛いって誰がだ?

「……私が?」

「はい、礼子さん可愛いかったから」

思考を回すが追いつかない。

どう返すべきか。

恥ずかしい。


「職場の人にはこんな礼子さん絶対見せたくないっすね」

見られたくは無いけど。

「あーもうずっと礼子さんとこうしていたい」

のしかかってくる彼を宥めて声をかける。

「まあまあ、何時でも旅行は来れるし、朝ごはん食べに行こうよ」

はい、と渋々起きて身支度を整える。


今日はパープルのシフォンのノースリーブブラウスに昨日履いた白のタイトスカート。

後で髪を巻こうと簡単にクリップで纏めた。


「礼子さんマジで工場でいる時とギャップあり過ぎですよ」

「まあ徳島にいる時より少し攻めた格好してるだけかな」

「俺なんて今日もほぼ徳島での休日の格好ですよ!?」

「それは男女の差じゃないの?」

エレベーターを降りて朝食会場で受付を済ませてからテーブルに行き、水を汲んでから料理を取りに回った。


「いくら~ぷりぷりだあ」

「うちでも海鮮レストラン部門にあるんじゃないすか?」

「あっても食べさせてはくれないじゃん」

「そりゃそうですけど」


海鮮をふんだんに小盛の茶碗に乗せて薬味を散らし、甘だれをかける。

「和島くん見てよ、これが映えるってやつ?」

「あー良いですね、この小盛が女子ウケしそうじゃないすか?」

「男の人バージョンはドンとデカ盛り?」

「多分俺は余裕でいけますね」

彩り良くよく料理を取って食べる。

美味しいな。

「楽しいなー朝からこんないい朝ごはん食べられるなんて」

和島に笑いかけると優しそうな目で見てくる。

「俺は礼子さんとだからもっと楽しいです」

相変わらずこの坊やは恥ずかしいことを言ってくるのなと、顔が赤くなりそうなのを誤魔化すために水を飲んで返す。

「それは私も同じ気持ちかな」

窓から入る日差しが眩しくなってきた。

「今日も楽しんで無事に徳島帰ろうね」

予定確認の雑談をして、部屋に戻りヘアメイクを済ませる。少しくつろいで荷物を持って忘れ物チェックをする。

「忘れ物なし、よし!ここもよし!」

それを笑いながら和島がみている。

「礼子さん仕事中と同じすね」

「指差し声出し確認大事よ、基本中の基本だからね」

笑いながら指を振る。


チェックアウトを済ませて、ホテルの外に出る。

「駅向こうっすね」

「そうだね」

小さく見える地下鉄の看板を目印に歩いていく。

「和島く……」

その名を呼ぼうとして一旦やめた。


彼にはまだ聞こえてなかったようだ。


「礼子さんコンビニ行ってきて良いすか?荷物お願いします」

「あ、良いよ……聖くん」

和島の目が大きくなり私を見つめる。

口から出た言葉に恥ずかしくなり目が伏せ気味になる。

大きく笑って「行ってきます」とコンビニに向かって歩く。


「礼子さんコーヒーブラックでいけました?」

「いいん?ありがとぉ」

コーヒーのペットボトルを受け取る。


駅のホームへ向かい乗り換える。

難波に到着した。


「わ……聖くん、難波は来たこと何回かあるん?」

言い直した事を嬉しそうに和島が顔を綻ばせ言ってくる。

「あんましですねえ、でも高校の時になんばパークスは来たかなあ」

「そんなんやあ」

駅構内の案内図を見て、とりあえず休憩しようと例のなんばパークスへと向かった。


カフェでコーヒーを飲んでいると和島が話しかけてくる。

「礼子さん、名前で呼んでくれて嬉しいっす」

「名字がしっくり来てたんだけど、なんか下の名前で呼びたくなってね」

コーヒーのカップの水滴を指で触り遊ぶ。

こんなオシャレな街のお店で若い彼氏と居るなんて、去年の私では想像出来ない進展だな。

あの頃なにしてたっけ、暑い暑いと言いながら買い物して1週間分の夕ご飯をまとめて作って、ノンアルコールのビールを飲んでクーラーの効いた部屋で昼間から寝てたな。


窓の外を歩く人達。


長年色恋から離れていたけど、和島とは良い距離が取れている。

心地好い。


肩を組んで笑いながら仕事をする兄弟分から恋人同士へか。


「年明けに勇気出して、礼子さんにアタックして良かったです」

得意げに笑う和島。

「もし振られてたら?」

冗談半分で聞くと、大袈裟に顔をひしゃげた。

「こんな顔して『ちくしょう出世して見返してやる!』となってたかもしれません」

「なんて仕事人間なんだ君は」

顔を戻してまた顔を綻ばせている。

「俺、調理師だけど職人というより、会社員向きだと思うんすよ。だから絶対出世します」

「頼もしいね、私の分も頑張ってよ」

「礼子さんはインストラクター向きですって」

仕事の話をついしてしまうのも、また面白い。


彼は兄弟分であり、恋人なのだ。


これから、自分に縁がないと嘆いた世界も胸を張って進みたい。


もう34歳。

でもまだ34歳。


悔やんでも20代は戻らない。

でも、これから20代を満喫する兄弟分の成長は見られる。


それを楽しみに、明後日からの仕事も生活も頑張ろう。


年明けから私の生活にやってきた、子犬のような大きな青年の手に自分の手を重ねて体温を分け合った。

鬱屈してるくせにキラキラした事への憧れも捨てきれない、物欲女王時川礼子さん。

今年の2月に大阪のホテルに泊まった際に思いついた旅行ネタでしたが、書き始めたのは7月でした。

またボチボチ投稿していきます。

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