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存在していない人形




それで?

その先を、知りたいんだよ。


具体的に、ね。


微笑みで続きを促せば、大西は数度迷うように唇を開閉した後で、やっと口を開いた。


「がまん、できなくて。名前を、呼んだんです。……『涼哉先輩』って」

「うん」

「その途端、涼哉先輩、ビックリするぐらい冷たい顔で、無表情になって、バッて、僕を振りほどいて。……『違う』って」


ひっく、としゃくり上げながら続ける様子は、あまりにも幼気で、さすがに哀れを誘った。

俺は静かに目を伏せ、ことさら柔らかに相槌を打つ。


「うん」

「わかってたのに……僕が、涼哉先輩の『ほしいひと』じゃないことなんて、身代わりってことなんて、わかってた、はずだったのにぃ……」


きっと、ずっと、誰かに聞いて欲しかったのだろう。


ボロボロと大粒の涙をこぼしながら、大西は胸に渦巻く感情を溢れ出させる。

俺は優しく相槌を打ちながらうっそりとほくそ笑んだ。


あぁ、よかった。

この調子なら何でも、話しそうだ。


「なんで、呼んじゃったんだよ?自分でも言う通り、分かってたんだろ?呼ばない方がいいってことも……自分が、身代わりなこと、も」


サディスティックな心境で、さらりと残酷な真実を差し出しながら問えば、苦しそうに胸を押さえながら大西が呻くように呟いた。


「だって……耐えられなかったんです」


どこを見ているのかわからない目で床を眺めながら、過去の夜を回想している。


「ずっと、僕は人形みたいだった」

「にんぎょう?」


まるで抱き人形を扱うように、無造作に大西を押し倒し貪ろうとする涼哉が瞼の裏に浮かび、ぎりりと唇を噛んだ。

俺が涼哉を嵌めた最初の夜のような、強引な乱暴さだったのだろうか。

大西を苦しめる涼哉との夜にすら、煮え立つような嫉妬と憎しみを覚える自分の苛烈さに呆れ果てる。

しかし。


「ううん、人形ですら、ない。……まるで、存在して、いない、みたいだったから」

「へ?」


どういうこと?

理解ができず、首を傾げた俺を見て、大西が疲弊しきった顔に崩れた笑みを浮かべる。

訝しく、眉をひそめて問おうとしたところで、張り詰めた空気を無造作に壊すように胸ポケットのスマートフォンが振動した。


「ちっ、悪い」


無遠慮なバイブの音が静まり返った空間に響き渡り、大西はどこか怯えたような顔で開こうとしていた口を閉ざした。

俺はタイミングを読めない電話に苛立ち、眉をひそめながら胸元に手を伸ばす。

相手によっては切ってしまおうかと画面を見て、怪訝さに眉を寄せる。


「……あれ、部長くんじゃん?大西、悪いけど、ちょっと電話出るな」


現部長からの思いがけない電話に戸惑い、もしや涼哉に何かあったのかとヒヤリとする。

出ないわけにはいかないと、さも申し訳なさそうな顔をして謝罪を告げてから、通話をタップした。


「もしもし、なぁんだよ。……え?涼哉が向こうとトラブった?……女のトラブルとか知らねぇよ」


電話の向こうでは弱り果てた様子の現部長が、半泣きで俺にSOSを出している。


あちらの大学の有力選手の彼女が、涼哉の昔の女で、それについての因縁をテニスで解消しようとかなんとか言いがかりをつけてきて……って知らねぇよ。

どうせ覚えてもいない女のことで絡まれてイラッとした寝不足の涼哉が、その男を叩きのめしたのだろう。

で、余計こじれたと。

話を最後まで聞けば、大体俺の予想通り。

よくある話だ。


知らねぇよ、マジで。


俺はイライラと眉をひそめながら、深いため息をついた。


「お前がアイツを呼び出して連れてったんだから、なんとかしろ!……無理じゃねぇよ、また俺に王子様の後始末しろってかぁ?」


涼哉の名前が出るたびに、目の前で顔を伏せて息をひそめていた大西がびくりと大きく震え、そのままカタカタと小さく揺れている。

そのあまりにも哀れな様子に、どこか暗い愉悦を覚えながら、俺は大袈裟なため息をついた。

そして、「すぐそっち行く」と告げて、電話を切った。


「ごめんな、ちょっと呼び出されたから、行くわ」


震える大西に柔らかに謝り、華奢な体をまるで母親のような仕草で抱きしめる。

そして、くしゃりと丸めた紙をその手に押し付けた。


「代わりに、これ、渡しとく」


めったに人に知らせない、連絡先。

対外的には、ほぼ使っていないことになっている、LINEのIDが記された紙を渡した。


「譲先輩、LINEしてるんですか……?」

「うん、内緒な」


驚いたような顔をする大西に笑いかける。

常にメールか電話、それが一見すると今風な大学生のくせに、日常は妙に古臭いと言われる俺の連絡先だ。

LINEを知りたいと言う輩が多すぎて、断るのも面倒だから、ほぼ使っていないと言っているけれど、本当は割と活用している。

LINEの連絡先を知っているのは、それこそ、本当に親しい身内だけ。

けれど、構わない。


「い、いんですか?」


どこか困惑したような顔で紙切れを見つめる大西に、慈悲深い微笑みを浮かべて見せた。


「もちろん、いいよ。いつでも連絡してきな」


だって、SNSのアカウントなんて、捨ててしまえばいいんだから。

用が済んだら、ね。



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