元カノAの語るところには1
自傷行為が含まれます(詳細の描写はありません)。
涼哉の優先順位は、いつだって変わらない。
不動の第一位が譲くん、そして越えられない壁をいくつも越えて、家族、友人、そして恋人。
ううん、たとえ付き合っていたとしても、きっと彼にとっては『恋人』ではなかったのだと思う。
涼哉の最初で最後の恋人は、譲くんただ一人なのだ。
***
「あ、アカリちゃん、テニス部に顔出すの久しぶりじゃん。げんきー?」
「あ、譲くん」
にこりと人好きのする笑顔を向けてくれた譲くんに、私は笑顔を返す。譲くんは、一度涼哉の『カノジョ』になって、そしてアッサリとこっぴどく振られた私を、せっせと慰めてくれた恩人だ。振られた原因であり、理由でもある人だが、私が今幸せに過ごせているのは譲くんのおかげなので、本当に感謝している。私一人では、こんなに立ち直れなかったと思うから。
「マサ先輩とはどう?」
「ふふっ、順調だよー、最近ご両親にもご挨拶しに行ったし、卒業してちょっとしたら結婚しよっかーみたいな話も出てる。この間は指輪も見に行ったのよ」
「おぉっすげぇ!幸せそうでよかったー」
「うん、ありがとう。譲くんのおかげだよ」
優しくてしっかり者のマサ先輩は、私の今の彼氏だ。
三個上の先輩は、私が一年の時の四年生で、今はもう社会人として働いている。
涼哉への恋に敗れた私の心が落ち着いた頃、譲くんが紹介してくれたのだ。
「マサ先輩、前からアカリちゃんのこと好きだったらしいんだよね」
そうイタズラっぽく笑いながら、譲くんは私に耳打ちした。
「アカリちゃん、久しぶり。……あ、相変わらず可愛いね」
緊張した面持ちで現れて、譲くんのアドバイスなのだろうけれど精一杯に慣れない褒め言葉を口にしてくれた先輩に、私の心はほろほろと解けた。
最初から、こういう優しくて真面目な、まっとうな人と恋愛をすればよかったのだ。
私みたいに経験値も浅く、世間知らずで打たれ弱い女が手を出すべきではなかったのだ。
あの十河涼哉という男には。
***
同級生の涼哉は、まるで芸能人みたいに美形だった。テニスで全国大会に出てそこそこの成績を納めたこともあるらしい。それなりに偏差値が高いこの大学の中でも特に難関と言われる学部に通っていて、とても目立っていたし……物凄く、モテた。
何人もの女の子が涼哉に玉砕覚悟の告白をして、そして木っ端微塵に砕け散っていた。たまにオーケーを貰える子もいたけれど、すぐに耐えられないと別れていった。涼哉の元カノは大学内にたくさんいたけれど、みんな割と仲が良かった。元カノ同士で集まっては傷を舐め合ったり、愚痴や泣き言や恨み言を述べ合ったりもしていて、密かに『王子様の被害者の会』なんて呼んでいた。
「涼哉のカノジョに対する態度って酷いよね。まるで都合の良い愛人みたいな扱いじゃん?」
なんて鼻息荒く言っていた子がいたけれど、なかなかに言い得て妙だと思った。まったくその通りなのだ。
涼哉が告白をオーケーする相手には一定の条件があった。
黒髪・二重のつぶらな瞳・身長差十センチメートル・声が女子にしては低い・なで肩・指が長い、などなど。
その条件に当てはまっても断られることもあれば、当てはまらなくても受け入れられることがあった。
私はほとんどそれらの条件に当てはまらなかった。けれど、私が涼哉に告白を受け入れられた理由は、単純だ。
私が、譲くんと仲が良かったから。
「譲とさっき何話してたの?」
「え?来年の新歓のことだよ?先輩から、私と譲くんで新歓係やらない?て言われてて」
「ふーん」
譲くんと話すたびにそう問いかけてきて、つまらなさそうに唇を尖らせる涼哉に、私は最初は喜んでいた。私のために、焼き餅を焼いてくれているのだと思ったから。でも。
「……え?新歓係、私じゃないの?」
「おぅ、なんか急に涼哉がやるって言い出してさぁ。涼哉と譲がペアだと、めっちゃ女の子の勧誘に有利だって言って、先輩が決めたんだよ」
「……ふぅん、珍しいね」
「そうか?」
涼哉と大学入学以前からの付き合いだと言うサトルは、特に違和感はないけどなぁ、と笑って言った。
「涼哉は譲と一緒なら良いってタイプだからなぁ。テニス部も、譲が入るなら入るって言って入ったくらいだし。それでエースなんだから、世の中不公平だよなぁ」
「……そ、ぉなんだぁ」
そんなことが相次いで、私はやっと理解した。
譲くんと、私が、仲良くなりすぎるのが嫌だったのだ。
たぶん、万が一にも私と譲くんが付き合ったりしないように、その可能性を潰すために、涼哉は私と付き合った。
涼哉は私のことを、欠片も好きなんかじゃなかった。
そんなこと、たぶん最初から分かっていた。
だって涼哉が私を見る眼差しに甘さや熱どころか、優しさすら籠ったことは一度もなかったのだもの。
でも、だからといって嫌いなわけじゃないのだと。
どっちかと言えば好ましく思ってくれているから付き合ってくれてるのだと、信じていたのに。
私は涼哉に『譲くんを奪うかもしれない相手』として、嫌われていたのだ。
「……ひどい、なぁ」
夜だって、全然優しくなくて。
私は初めてだったのに、おざなりな愛撫の後で乱暴に抱かれて悲しくて仕方なかった。
涼哉との夜は『愛のないセックスだけれど、経験豊富でとっても巧いから脱処女には最高の相手らしい』なんてまことしやかに噂されていたのに。そんなこと全然なかった。
たぶん涼哉は、少しばかり潔癖症のきらいがある譲くんが、誰かのお下がりを嫌うことを分かっていて、私を抱いたのだ。私をキズモノにするために。
本当に酷い男だ。
最低最悪のクズ男だ。
付き合っているとは思えない頻度でしか会えず、優しい言葉も愛の囁きも、ほとんど貰えなかったのに。
ただ、譲くんを奪われないためだけに、涼哉は私と付き合い、私を抱いたのだ。
でも、好きだった。
頭では分かっていたのに、どうしようもなく、惹かれてしまった。
いつかきっと私のことを愛してくれるとしんじたかった。
そんなことありえないのに。
涼哉の心は全て、永遠に譲くんに向いていたのに。
そのことが認められなくて、悲しくて、許せなくて、私は。
「……ねぇ、涼哉。もし、私が死んだら、どうする?」
「はぁ?……馬鹿らしい。こんな時間に電話してきてふざけんなよ。俺、明日早いんだ。切るぞ」
私は、手首を切った。




