必死の問いかけ
「なぁ、ゆず」
「んー?」
研究室でのディスカッションを終え、気の抜けた顔をしていた譲の名を呼んだ。
「え、なに、どうした?」
俺があまりに深刻な顔をしていたからか、譲が驚いたように問いかけた。
振り向いた顔に怖気づく前に、深呼吸をしてから、一息に言葉を絞り出す。
「なぁ、俺、なんかした?」
「え?」
思いつめた俺は、直接譲に尋ねることにしたのだ。
逃げられないように、昼の光の中で、真正面から。
「……最近、ずっと一緒にいるけど、さ」
「う、ん」
「だけど、なんだか、すごい、距離を感じる」
「……え、そう、か?」
平然として、興味も薄そうに首を傾げる譲に、泣き出したいような気分になる。
お前にとっては、どうでもいいことなのか、と。
困ったような微笑が、俺の心をますます絶望の底へと突き落とす
まるで、手のかかる幼馴染がまた面倒なことを言い出したぞ、とでも言いたげな顔。
心臓が、無数の薄刃で切り刻まれたように痛んだ。
「なぁ、もしかして……この前の、打ち上げの時」
重い口を開いてそう切り出せば、初めて譲が動揺を見せた。
ピクリ、と微かに譲の体が跳ねる。
あぁ、やっぱり。
固まってしまった譲の空気に心がズシリと重くなり、視界は暗く濁った。
「おれ、すげぇ酔ってたし、管巻いてたし、訳わからんかったし……色々、嫌だった?」
嫌だったのに、相手をしてくれていたのか?
譲は、優しいから。
可哀想な『親友』を放っておけなくて、相手をしてくれたのか?
昔唇を奪われた時のように、嘔吐するほどではなかったとしても。
譲は本心から、俺との夜を望んでいるわけではなかったのだろうか?
仕方なく、相手をしてくれているのだろうか。
これまでの『親友』という関係性に、互いの熱を放つという、オプションを加えるだけの、つもりで?
「言い訳にもならないんだけどさ、あの日、いろいろあったから。酔い潰れて、お前にも当たって、好き勝手したし」
「……ん?」
なぜかキョトンと戸惑った声が聞こえてきたけれど、俺は必死すぎて顔を上げる暇もなかった。
どうにか、譲の誤解を解きたくて、必死だった。
「俺のこと、馬鹿だなぁって思った?また妙なことしないように、自分が監視しとかなきゃなって思った?だから最近ゆずは俺に……俺の側にいてくれるの?」
「はぁ!?」
目を見開いた譲が、ぽかんと口を開けて固まった。
信じられないものを見るような視線に耐えられず、視線を逸らして言い募る。
「めちゃくちゃ、かっこ悪かったよな……イイ歳して、あんな酔っ払って。べ、別に、全部酒のせいにするつもりもないんだけど!」
酒のせいで始まった関係だなんて思われてはいけないと、俺は慌てて否定の言葉を付け足す。
自分でも、何を言いたいのか分からないような言い訳を重ねて、そして。
「なぁ、おれのこと、嫌いになった?」
「……んな、馬鹿な」
小さくなって、弱弱しく問いかければ、頭の上から呆れ果てたような呟きが落とされた。
そっと恐る恐る顔を上げると、困ったような、けれど優しい微笑が向けられていた。
「そんなわけ、ねーよ。今更、そんなことくらい、平気だっつーの」
「……ゅず」
柔らかな眼差しと温かな満ちた声が、俺の心を掬い上げる。
譲が俺を見る眼差しには嫌悪も侮蔑もなく、ただ愛と慈しみだけが込められている。
俺は心底ほっとして、ふにゃりと顔を緩めた。
「散々女遊びの尻拭いさせておいて、今更」
「……返す言葉もない。ごめん」
揶揄うように続けられたセリフに、俺は再び落ち込んだが、譲はカラカラと明るく笑った。
「あはは。……ってかな、俺がお前を嫌いになることなんて、絶対ありえねぇよ。心配するな」
力強く、そして俺の耳を甘やかす声が、じわりと俺の体に染み渡る。
嬉しさと安堵に、全身の力が抜けた。
「本当か?よかったぁ!……ずっと、譲、変だったし。わざとらしいような、冷たい感じしてたし。なんか、嫌だったんかなぁと、思ってた。…………よかった」
「ふふ、馬鹿だなぁ」
譲と自然に笑い合い、俺は体に入っていた力を抜いた
あぁ、良かった。
これで、もう。
「ほんと、おれ、馬鹿だったなぁ。……これで、酒に溺れなくても、大丈夫かも」
俺は、心底安心して、呟いた。
アルコールの力に頼らずに、きちんと素面で譲と向き合おう。
そして、告げよう。
ちゃんと、「愛している」と。
きっとそうしたら、新しい関係を、築けるだろう。
きちんと恋人として、明るい時間も。




