表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/34

浮かんだ疑問




「飲み過ぎだって」

「ぅあ……」


飲み会の席。

最近はいつも隣に座ってくれる譲が、笑い混じりにため息をつく。

柔らかで、そしてどこか蠱惑的な響きを含む声の窘めに、俺はふわりと理性を手放した。

そして、酒の助けを借りて、そっと譲を抱き寄せる。


「……も、帰る」


今日も、いつもと同じ。

浴びるほどのアルコールに背中を押されて、俺はやっとのことで、譲を誘うのだ。

まるで寝言のような、間抜けな台詞で。


「…………ははっ、寝ちゃったの?」


そうすると譲はいつも、何かを確認するように、アルコールに濁った俺の視界をふっと覗き込み微笑む。

とても美しく、艶めいた、そしてどこか酷薄な顔で。


「馬鹿な涼哉」

「……ん」


全てを許すような、全てを嗤うような声が落とされて、俺の体は愛する体温に抱え込まれる。

譲の呟きに、俺はいつも喉の奥が擦れてこぼれた吐息のような、短い返事しか出来ない。

俺を覗き込む瞳の濡れた熱に、俺の脳は沸騰してしまって、俺の意思では何一つ動かせなくなるのだ。


「悪いけど、先に帰るなー、お疲れー」


どこかの誰かに向けて譲が挨拶している声が聞こえてくる。

そうすれば、あとは、いつも同じ。

俺の家へ辿り着き、二人で燃えるような熱い情事に身を投じるだけだ。







暗闇に響く、蕩けた啼き声。

甘やかに背中へ回される腕。

煽るように揺らめく瞳。

呼吸の自由さえ奪われて、俺は本能の塊になって譲を求める獣になる。


「好きだッ、あいしてるっ」


嬌声の合間の短い愛の言葉が俺の魂を法悦の高みへと押し上げる。

幸福の頂点で思考が弾け、揺蕩うような眠りに落ち、そして、目が覚めれば『ヒトリ』という絶望に堕とされて、俺は胸を掻き毟るのだ。


心臓が止まりそうな幸福感と、呼吸すら危ういほどの不安。

相反する二つの感情が、俺の内部でめまぐるしく暴れまわる。

もう、おかしくなりそうだった。







そんなある日。

譲との間に、距離があることに気が付いた。


「……え」


何度か、夜を過ごしてからだ。

原因なんて、それ以外に思いつかない。


嫌われたのだろうか、と。

最初に思ったことは、それだった。


これまでは、間違いなく愛されていた。

その自信があった。

たとえ親友への愛だとしても、確かな情愛が注がれていた。


その()()としての『愛』を、俺が裏切ったから?

それとも、何か、嫌なことをしてしまっただろうか。


けれど、譲は俺の求めに応じ続けている。

夜を過ごすことが嫌ならば、俺を嫌いになったのならば、そんなことをするだろうか。


それに、物理的に距離が開いたこと以外は、これまでと一切変わりはないのだ。

もっと言うならば、夜になれば愛していると言ってくれさえする。

いや、少なくとも、前回は言ってくれた。

今夜も言ってくれるとは限らない、けれど。




そう悶々と考え込んでいれば、譲がにっこりと笑いながら、教室移動の時間を告げに来る。


「涼哉、次は実験棟だから、もう行かないとヤバいぞ」

「あ、あぁ、ありがと」

「ははっ、ボーっとしてんなよ」


笑う顔は爽やかで、夜の淫靡な香りはちっともしない。


あぁ、やっぱり、いつも通りだ。

それが良いことなのか、悪いことなのか。

もう俺には、分からないけれど。


なぜ、譲はあんなにも、変わらないのだろう。

俺に、変化を許す隙を与えないほど、譲は一貫して、完璧に『何一つ変わらない』ままだった。


俺達は、愛を交わしたのではなかったのか。

愛していると、言ってくれたのではなかったのか。

あれは、気紛れなのだろうか。

それとも、ただ空気を盛り上げるためだけの、偽りの睦言なのだろうか。


状況は、俺には理解しがたいものだった。


最初の夜に、酒の勢いで、無茶をしたからだろうか。

告白ひとつせずに、まるで溜まった熱をぶつけるように乱暴に抱いてしまったのが、良くなかったのだろうか。

アルコールに任せた、欲望ありきの行動だとでも思われてしまったのだろうか。

もしかして、……カラダの関係、なんて思われているのだろうか。


「……そ、んな」


それは、ぞっとするような恐怖だった。

譲と割り切った体だけの関係になんて、なりたくない。

体も心も、現在も未来も、俺は譲の全てが欲しいのだ。

何一つ、誰にだって与えたくない。

俺のものだ。

奪われることは、我慢できない。


俺は、ずっと諦めていた。

諦めきっていたから、期待しなかった。

考えないように、期待しないようにしていたのだ。

けれど、思いがけず一つ手に入ってしまったから、俺の貪欲な願望はどんどんと肥大して、手に負えなくなってしまった。

そのうち俺は、膨れ上がった欲に潰されて死ぬのではないかと思うほどに。

俺が譲に向けているのは、重く、暗く、底のない欲望だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ