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続いていく夜




「おはよー」

「っ、お、はよ」


絶望的な気分で研究室に行けば、平然と綺麗な顔をした譲が座っていた。


「から」

「ん?」


体、大丈夫か?


そう尋ねようとした唇は、譲の眼差しに凍り付いた。

譲は、あまりにも『いつも通り』に、俺を覗き込んでいたのだ。


「え、っと……なんでも、ない」


自分の問いかけが、ひどく場違いでおかしなもののように思われて、俺は戸惑い、口を閉ざした。

昼の光の中で、夜の熱は冷めてしまい、すべては非現実だったのだと、思った。


譲が、理解できない。

まったく分からない。

それは、初めての経験だった。




しかし。




「どういう、つもりなんだ……?」


最初で最後になるかと思われた譲との夜は、不思議にも非常に自然な流れで、その後も続いていた。

まるで積年の恋が実った情熱的な恋人たちのような頻度で、俺と譲は重なり合った。


昼の譲は、あまりにも以前通りで、夜のことが夢なのではないかと怖くなる。

愛を囁く隙もなければ、距離を詰めさせてもくれない。

親友としての距離感しか、譲は望んでいないということは、あまりに明白だった。


けれど、夜。

アルコールの入る席でだけ、譲の纏う空気は少しふわりと緩くなる。

俺が近づくことを許してくれるし、触れることも拒まない。

酒が入れば入るほど、譲の空気は緩まり、表情は和らぎ、体温は上がり、俺への誘惑の香りを強める。


「ぅあー」

「はは、酔ってるなぁ」


酔って譲にもたれ掛かれば、頭上で小さく笑う声が温かい。

譲も俺との夜を厭うてはいないのだと安堵する。

けれど同時に、譲の考えていることを理解できないままの俺は、不安を打ち消すためにますます酒を煽るしかなくなるのだ。


譲は、何を考えているのだろうか。

昼の明かりの中で澄ましている譲は、あまりにもこれまでと変わりがなくて、甘く蕩けた夜の姿が嘘のようだ。


正直、信じられない。

昼と夜の違いの激しさに、どうしても正面から誘うことができず、俺はいつも酒の勢いで、流れのままに譲の身を抱き寄せ、逃がさないように捕らえていた。

優しい譲が、酔い潰れた俺を介抱し、家まで送ってくれるのを良いことに、俺は機をうかがう。

そして、真っ暗な玄関に入ったところで後手に鍵を閉め、それまで脱力して譲の肩に身を任せていたことを忘れたかのように、小柄な体を力任せに抱き寄せるのだ。


「すきだ」


やっとのことで音となって唇をこぼれた空気に、譲が小さく震えて、どこか満足げに笑う。俺の言葉に譲も喜んでいるのだと解釈して、俺は勝手に勇気付けられる。

無駄に重ねた経験を頼りに、腕の中の愛しい体へ、快感の炎を呼び起こす。腕の中の譲の呼吸が荒くなり微かに震えてくると、俺は安心の吐息をつく。

そして、誘うのだ。


「なぁ、シよ」


自分の卑怯さは、分かっていた。

断られない状況になるまで、言えない自分は、臆病だと分かっていた。

けれど、どうしても、怖かったのだ。


夜の譲はとても可愛らしくて、情熱的で、淫靡で、扇情的だった。

愛を囁けば淡く微笑んで言葉を返してくれるし、口づければ積極的に応えてくれる。

求め続けていた相手のあまりにも愛らしい姿に、俺はいつだって理性を失って、脳味噌が爛れてしまったかのように、倒れるまで求め続けてしまうのだ。

激しく求め合う濃厚な夜の後、俺と譲はともに気を失うように眠る。


それなのに、俺は毎朝、ひとりで目覚めるのだ。

絶望と悲嘆の中で。




「なぁ、なんでなんだ、ゆずる……」


俺は毎日毎日、眠れないほどに悩んだ。

俺は昔から、たしかに譲に愛されていた。

そしてきっと、今も愛されている。

けれど、それが俺の求めるものと同じかはわからないままだった。

俺の求めるように、譲から愛されていると信じていたのならば、頭を悩ませる必要なんてないのだろうけれど。


「……ちっ、くしょ」


そして結局、弱い俺はアルコールを浴びるのだ。

そうやって、愚かしく現実から逃げて机に突っ伏せば、優しい譲が俺を拾いに来てくれるから。

譲の手が伸ばされるのを期待して……、いや、違うか。

結局俺は酔ったということを言い訳に、自分の欲望に従っていただけなのだ。

譲が欲しくて欲しくて仕方なくて、どうすればいいか分からなくて、酒の力で知性を握りつぶし、理性を捻り潰し、俺は譲に手を伸ばしていたのだ。


「はぁっ、好きだ……ッ」

「ふふ、俺もだよ」


夜を重ねるたびに、俺はどんどんと譲との夜にのめり込んでいった。


愛を告げれば、愛の言葉を返してくれる。

たとえ唇が、一瞬戸惑いを浮かべていても。

強く抱きしめれば、強く抱き返してくれる。

たとえ瞳が、どこか遠くを見ていても。

深く突き上げれば、激しく応えてくれる。

たとえ腕が、かすかな躊躇いを見せていたも。


夜だけは。


「ゆず……どうして……」


暗く淀んだ疑問符は、静かに闇に溶けた。





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