幼い戦慄と後悔2
「モテない男の僻みはみっともないぞ。……ったく、最近多いんだよなぁ。バレンタインが近いからかぁ?」
よほど腹に据えかねていたのか、譲は珍しく、彼らを挑発するような発言をした。
俺の知らないところで、こういう馬鹿馬鹿しい真似が続いていたのかもしれない。
「あ、もしかして、昨日ユカちゃんとエリカちゃんがケーキくれたから?あの子達のこと好きだったりするの?手作りケーキは友達としてだから、気にしなくてもいいんだぞ?」
「……調子に乗ってんじゃねぇぞ、おい」
冷笑を浮かべながら嘲る譲に、五人の気配がざわりと揺らぐ。
苛立ちを増した五人が、一歩譲に近づいた。
「ははっ、オンナノコみたいなパッチリお目目して、口が悪いよなぁ」
「ってぇな!やめろクズ」
一人が、グッと無理やり譲の黒髪を引っ張って、顔を上に向けさせる。
面白がったもう一人が、ぐにゅりと頬を押さえつけて、口を尖らせた。
「ははっ、無駄にまつ毛長ぇー!」
「ぷるぷる唇でぇ、キス待ち顔ぉ」
「あっははッ、チュウぅ、てか」
「お目目ウルウルしちゃってんじゃん」
いっそ褒め言葉のような嘲弄を投げつける男達を、俺は物陰から呆れて眺めていた。
「あいつら、馬鹿なんだなぁ」
譲は可愛い。
それは真理だ。
けれども、喧嘩の挑発として使うには普通は不適切だろう。
「ざけんなクソがッ、離せよっ」
……まぁ、譲の場合は、的確だったのだけれども。
成長期が遅く、女子からマスコット扱いされて、苛立ちが溜まっていたのだろう。
己の顔を掴む男の手を、力づくで叩き落とした譲は、激怒していた。
「うわぁ……譲、めちゃくちゃキレてる」
いっそ感動するほどに、珍しく怒りをあらわにしている譲を見て、俺は惚けたように呟いた。
炎のように輝く瞳の強さに目を奪われる。
俺は、ただ見惚れていた。
けれど、男たちは違ったのだろう。
小柄な体で、一切引くことなく睨みつけてくる譲の態度が、彼らを煽ったのだ。
「うわウケるー、涙目でガチギレなの?」
「お前、ホントは女なんじゃねぇの?」
「もしくは男好きとか」
「ありうる!キモォ」
「チビのオンナ男だし、女役が向いてんじゃね?」
口々に侮蔑的な言葉を吐きながら、男たちは妙に連携の取れた動きで、譲の小柄な体を押さえつける。
肩、腕、足、顔、と押さえ込まれるのを見て、さすがに焦りが生まれた。
このままでは、殴られたり、するかもしれない。
それはいけない。
譲の愛らしい顔に傷がついてしまう。
これは、俺が出て行くべきなのでは。
ヒーローに、なるべきなのでは。
「……一発、待とう」
まだ譲は負けていない。
まだ譲は、助けを求めていない。
でも、もう少ししたら、きっと、ヒーローが必要になる。
そうしたら、きっと、……きっと。
俺は、待った。
一番正しいタイミングを。
けれど。
そんなタイミングは、永遠に訪れなかった。
「かわいーゆずちゃんには、とくべつにぃ」
いやらしく笑って、リーダー格と思われる一人が、ぐっと、譲の顔を押さえつける。
「すてきなプレゼントを差し上げまーす」
「はぁ?何バカなこ、ッ」
押さえ込まれながらも強気に言い返そうとした譲の頬を、男は力一杯押さえつけ、そして。
「……っ、な!?」
譲の唇に、自分の汚い口の皮膚を覆い被せた。
噛みつかれないように頬を押さえるという、用心深さで。
「っぷはッ、チューしちゃったぁ」
「ぎゃはははっ、マジキモっ」
「ウケるー!!」
呆然と見つめる俺の前で、ふざけた暴行はあっさりと終焉を迎えた。
凍りついた譲に満足したらしい五人は、譲の手足を解放したのだ。
俺は、出て行くタイミングを失った。
そして。
「ぉえっ、ゲホッ」
「げ、お前、吐くなよっ」
「うわ、マジかよ」
譲はその場に四つん這いになって、嘔吐していた。
「んだよ、アンナちゃんが、『ユズルくんは女の子に興味ないみたい』っつってたぜ?」
「オンナノコみたいなゆずちゃんは、オトコが好きなんだろー?」
「そうそう、なに絶望してるわけ?喜べよ」
「ゲェゲェすんな、ちょっと引くんだけど」
「んだよ、ジョーダンじゃんか……」
譲の本気の拒否と嫌悪に気圧され、たじろぎながらも、五人は自分達の優位性を保とうと必死に言い募る。
けれど、根っからの悪人でもなんでもない、ただの悪ガキの悪ノリだ。
少しずつ勢いが萎んでいく。
「ッ、ゲ、ぅえッ、男なんかッ、好きなわけねーだろ!」
地面に向かって嘔吐き続けながら、譲は殺意の籠もった声で吐き捨てた。
「気色悪ぃんだよ!!消えろッ」
言葉だけで刺し殺さそうな程の強さ。
五人は怯えたように「言われなくても消えるよ!バーカ!」と情けない捨て台詞を残して走り去って行った。
「ぅえ、ぐぅ、気持ち悪……」
暫くその場で呻いていた譲は、「……ハァ、くっそ」と一つため息を吐いて舌打ちをすると、よろりと立ち上がった。
「クソが……ッ!こんなファーストキスあってたまるかよッ」
ダンッと、力任せに殴られる倉庫の壁。
微かに震える空気が譲の怒りを表していた。
「愛のないキスなんか、キスじゃねぇ。これは口で受けた殴打だ。……キスじゃねぇぞ、畜生」
ダンッ、ダンッと続け様に殴られる壁。
それを物陰から眺めながら、俺はただただ呆然としていた。
そして、そっと、立ち去った。
「愛のないことはやめろ」
「愛のない真似はするな」
「愛がないと、ダメだ」
あれ以来、譲は時折そんな言葉を口にするようになった。
本人は認めないだろうが、あの暴行が譲に与えた影響は、大きい。
譲は、とても愛を神聖視するようになった。
愛を至上のものと考え、愛があれば大抵のことは許されると思っているような節すらあった。
そして愛を伴わない行為の全てを、激しく嫌悪してもいた。
女の子達からの中身の伴わない恋情も、無駄に送られる黄色い声も。
譲はいつも優しい笑みで、冷たい眼差しで、丁寧な言葉で、心底不快そうに切り捨てる。
「あんな愛は、本物じゃない」と。
だから俺も、譲の前では彼の考えに沿って行動した。
譲に失望されたくなかったから。
影では、言い寄ってくる女達と、適当に遊んでいたけれど。
「愛は、綺麗なものだ」
それはきっと、譲の本来の資質なのだろうけれど、その資質が尖鋭化された一因は、中学時代の、あの事件にあるのだろう、と俺は思っている。
譲はそのことを、一度も口にしないし、仄かしたこともないけれど。
「……キス、か」
女と温度のないキスを交わすたび、俺はいつもあの時のことを思い出す。
他の男に唇を奪われ、絶望の色に染まった譲の顔を。
何度も、何度も脳裏に描いた。
「…………ごめんな、ゆず」
本当は、譲のファーストキスは、あの男のモノじゃない。
俺がずっと昔に、眠る譲から奪っている。
譲から真の意味で愛されてはいない、男の、俺が。
「ごめん、な……」
一生、言うつもりはないけれど。




