胸を焼く羨望
同じ女と一週間いることはなく、下手をすると朝と夜で違う女を連れている。
寄るもの拒まず去るもの追わず、砂糖に群がる蟻のように近づいてくる女達を次から次へと食い散らかすのだ。
そのあまりに激しい女遊びに、俺は当然苦言を呈した。
けれど。
「ゆずに迷惑はかけてないでしょ」
「女の子を宥める手間が減って、前よりむしろ楽になったんじゃない?」
涼哉はあっさりと笑って、また昨日とは別の女の手を取ってホテルへと消えて行くのだ。
何か悪いものが乗り移ったのかと思った。
思わず真剣に「お祓いに行こう」と言ってしまうくらいには、涼哉の変貌ぶりに戸惑っていたのだ。
「涼哉、お前おかしいって。家の近くの神社行こう?」
半泣きで訴える俺に涼哉は爆笑して、その日は近寄ってきた女を片手で追い払って、俺や仲間たちとワイワイ騒ぎ、そのままカラオケでオールした。
けれど、結局翌日にはまた新しい女を連れているのだ。
そんなことをしているのだから当然のように、何度も、数えきれないほどのトラブルに見舞われた。
「いい加減にしろよっ、涼哉!」
警察沙汰になったことも一度や二度じゃない。
試験中に乱入してきて浮気者めと罵る女、真冬に氷入りのクリームソーダを投げつける女、熱湯に近いホットコーヒーを顔めがけて投げつける女、死んでやるとカッター片手に教室で叫ぶ女、殺してやるとナイフ片手に校門で待ち構えていた女。
「……お前、マジで死ぬぞ」
「あははっ、心配してくれてありがとう」
涙目になった俺が肩を掴んで「目を覚ませ!」と揺さぶっても、涼哉はどこ吹く風と笑っている。
度重なる修羅場にも、友人達からの心配や叱責の声にも堪える様子はなく、涼哉の女遊びはむしろ激しさを増すばかりだった。
しかし、大学四年の夏。
大学でも悪名高い遊び人になってしまった涼哉だったが、ある時期を境にパタリと噂が聞こえなくなり、女と一緒にいるところも見なくなった。
本命の彼女ができたのか、それとも涸れたのか、はたまた病気でももらったのか、と下世話極まりない噂が流れたものだが、俺は興味のない振りでやり過ごしていた。
女を弄んでいようがいまいが、俺にとってはずっと変わらない優しい幼馴染のままだったし、それに。
それに、その頃には俺は、あの綺麗な澄ました顔をしている男に、自分が恋をしているのだと、気づいてしまっていたから。
最近女遊びをしていないようだと聞いて、安心したのと同時に悲しくなった。
きっと、とうとう本当に愛する恋人ができて、その女性だけを真摯に大切にしているのだ、と思ったから。
アイツは、そういうやつだから、と。
けれど。
「なぁ、涼哉。この間のアイツ、どうだったんだよ」
本当に気の知れた人間だけの飲み会で、俺が飲みすぎて潰れてしまった夜だった。
酒を早いペースで煽りながらも最後まで生き残っていた涼哉と友人が話している声を、俺の耳が拾い上げた。
きっと、正気を保っているような顔をしながらも、かなり酔っていたのだろう。
涼哉は、普段ならきっと口にしないような内容を、平然と笑って言った。
「ははっ、アイツなら、一晩でポイだよ」
「うっわ、最低」
ゲラゲラと笑う男の声が部屋に響く。
俺はドキドキと嫌に速まる鼓動を気付かれたらどうしようと不安を覚えながら、じっと寝たふりをしていた。
そして他の人間は起きてやしないだろうか、と思いそっと周囲を見渡して、俺以外の人間がとうにこの家を出ていることを知った。
「アイツ、重かったんだよなぁ。そういうのうざい」
軽く言い捨てる涼哉の口調は心底どうでもよさそうで、ひどく身勝手な男の言い方だった。
「うわぁ、泣いちゃうよぉ?繊細な傷つきやすぅい子なんだからぁ」
面白がるような男の言葉に、涼哉が喉の奥で小さく笑って吐き捨てた。
「くくっ、泣いたら余計興ざめだなぁ、……男が、別れ話で泣くモンじゃねぇだろ」
それ以後の会話は、覚えがない。
衝撃に記憶をなくしたか、それとも気を失ったか。
俺が次に意識を取り戻したのは、朝だった。
割と寝心地の良い柔らかなベッドの上で、さて昨日のことは夢だったのか、と首を傾げる。
覚束ない足取り立ち上がり、寝室を出ると、綺麗に掃除の済んだ部屋でテレビを見ていた男が振り返り、俺ににっこりと笑いかけた。
「おはよ、譲」
「おはよぉ、ベッド借りてごめん」
「どういたしまして。涼哉はバイトがあるからって、もう出てったよ」
「……あ、そか。土曜だから、あいつ、カテキョ……」
アルコールが残った回らぬ頭の奥から無理やり記憶を引っ張り出して、俺は呟く。
「大丈夫かな?昨日、結構飲んでたのに、頭回るのか?」
思わず不安になって顔をしかめれば、男はクスクスと笑って言った。
「アイツは、ちょっとくらい酔ってた方がちょうどいいよ。頭が切れすぎないくらいの方が、あの年頃のオトコとして可愛げがあるしね」
苦笑いするような顔で優しく言う男はまるで兄のようで、俺は少し気が抜けていたんだろう。
ポロリと、こぼしてしまった。
「……昨日はあんなひどいこと言ってたくせに」
「え?」
驚いたように男が息をのんだ。
「譲、……なにを、聞いたの?」
そう問う顔に、言ってはいけないことだったのだと知った。
にこやかな瞳の奥は、感情が読み取れない。
俺は、これまで涼哉の横で恋心を隠すために培った演技力を総動員して、きょとんとした顔で首を傾げてみせた。
「え?言ってただろ。……譲はガキだから、いい酒なんか飲ませてやらねぇって。ひどい話じゃね?同じ年のくせに」
我ながら白々しさが皆無の、見事な笑顔だったと思う。
「可愛げなんか、アイツにはいらねぇよ。……女の子達からの「かわいー」は俺が貰うって決めてんだよ。カッコイイはアイツと半々だけどなっ」
悪戯っぽく言えば、男は安堵したように笑った。
「はははっ、自信満々だねぇ」
「じゃなきゃ涼哉の親友なんてやってらんねぇよ!どんだけモテるんだあのクズ男は」
ケッと吐き捨てれば、男が苦笑しながら肩をすくめる。
「はいはい、安酒に気持ちよく酔っちゃう可愛い譲くんは、まだ酔ってるみたいだね?」
「ははっ、迷惑かけてごめんな?途中から、なぁんにも覚えてねぇんだわ。吐いてないみたいだし、許して?」
天さえも欺く勢いで、男に天使の笑みを振りまきながら、俺は考えた。
あぁ、涼哉は、男も抱くのだ、と。
その相手は誰なのだろう。
嫉妬をはるかに越える羨望に、俺の胸は焼かれた。