幼い戦慄と後悔1
中学二年になって急激な成長期が訪れた俺は、一気に背が伸び、男らしくなった。
そのせいか、やけに女子にモテた。
「涼哉くん、付き合って下さい」
「……別にいいけど。人に知られたくないから、隠してね」
告白されれば、断る理由もないので了承した。
下手に譲に気遣われなくなかったから、秘密の関係を求めたけれど。
そして、譲と一緒にいられない日中や、譲が部活動をしている時、彼女達と過ごす。
たとえ求めていたモノとは違っていても、人の肌の温かさは、俺に一時の安らぎをもたらしてくれた。
しかし。
「……もう、むり」
「そう?じゃあ別れよう」
大抵は、ひと月も経たず終わりになった。
理由は色々と言われたけれど、興味がなかったから覚えていない。
彼女達は譲がいない時の、代わりでしかなかったから。
俺にとっては、譲が全てで、唯一のままだった。
どこまでも果てしなく、依存していた。
譲の笑みで、譲の声で、世界が色彩を変えるほどに。
そして、ある日。
「……このままじゃ、まずい」
俺だけを見てくれない譲の目を抉りたい。
俺だけに傾けてくれない譲の耳をちぎりたい。
そんな衝動を覚えた時、とうとう俺は自分の異常さに気がついた。
震えるような、恐怖とともに。
「だ、めだ……!」
譲に依存したままでは、俺は壊れてしまう。
そして俺はいつか、きっと譲を壊してしまう。
「ダメだダメだダメだ!!」
このままではダメだ。
一人で生きていけるようにしなければ。
俺は譲と違う道を生きていかなけらばいけないのだ。
どうしたって、俺は譲とは別の人間なのだから。
そう意識し始めてから、俺は少し変わった。
担任の勧めに従って部活に入り、新しい人間関係を構築しようとした。
必然的に、譲と登校が出来るのは部活の朝練がない日だけになる。
そして、夜練のため、譲の家で夕飯を食べさせてもらうことも減った。
それでも土日は一緒に過ごすことが多かったけれど、部活の影響は大きく、俺の生活は譲だけではなくなっていった。
「よかっ、た……これで、大丈夫」
僅かな寂しさを感じながらも、俺は安堵していた。
これならば、譲と一緒に居ても大丈夫だ、と。
譲との関係を壊さず、そして譲を壊さずに居られる、と。
そんなある日。
事件が、起きた。
「おーい、ゆずっちゃーん」
「だぁれを待ってるのぉー?」
部活で使ったテニスボールを倉庫に片付けに来た時。
嫌な口調で、誰かが譲の名を呼んでいるのが聞こえた。
「っんだよテメェら!イタズラかよ!」
「うひゃひゃ、騙されたぁ!」
そしてその後に続く、苛立ちの篭った譲の声。
ゲラゲラと笑う複数の声に対して、心底不愉快だと言わんばかりに吐き捨てられる言葉。
「こういう真似はやめろよ、悪趣味だぞ!」
大体の状況が把握できてしまい、俺は思わず眉を顰めた。
本気で腹を立てているらしい譲の押し殺したような口調に、背筋が粟立つ。
譲はめったに怒らない。
いや、声を荒げたり、腹を立てたりは当然するが、本気で怒ることはめったにない。
そんな譲だが、おそらくこの声は、本当に激怒しているのだろう。
「……だいじょうぶ、か?」
心配しているはずなのに、なぜか奇妙に興奮して、ぞくぞくと背筋が震えた。
謎の高揚を抑えつつ、俺はそっと倉庫裏を覗き込む。
そこには、倉庫の壁を背に、腕を組んで苦々しい顔をしている譲と、それを取り囲むように立つ五人の生徒の姿がいた。
生徒指導の学年主任が見たら雷が落ちそうな、少しばかりヤンチャな格好をして、校則違反のワックスで髪を下手くそに固めている五人だ。
「ばーか、お前みたいな女顔のチビにラブレター出す女、いるわけねぇだろ」
「クラスの女子達はぁ、お前の女の子みたいなお顔が『カワイー』って言ってるだけ」
「キャーキャー言われてんのは、男としてじゃねぇんだよ」
「チビのオンナ男のくせにさぁ」
「おまえ、いっつも生意気じゃねぇ?」
あぁ、くだらない。
苦虫を噛み潰したような顔をしている譲と、陰で顔を顰めている俺は、おそらく同じ表情をしていただろう。
似たような嘲弄を浴びたことのある身として、俺は心底譲に同情した。
女子達に人気のある譲をやっかんで、偽物のラブレターなどというガキっぽいイタズラを仕掛け、笑い者にしようとしたのだろう。
馬鹿馬鹿しすぎる愚行にため息を吐きながら、俺は止めに入るでもなく静観していた。
「……どうしよ、っかな」
譲は惜しみなく人に手を伸ばすけれど、人から手を伸ばされることはあまり好まない。
どれほど過酷な状況であっても、基本的に譲は周囲に助けを求めないのだ。
俺が下手に出て行ったら、愚かな五人組を刺激して事態が良くない方に転がるだけではなく、俺自身が譲から「余計なことをしやがって」と怒りを向けられる可能性すらあった。
譲は、とてもプライドが高いから。
「見て見ぬ振りするのが、一番賢いんだろうなぁ」
そう思いながらも、俺はその場を立ち去れなかった。
譲ならきっと上手く対処出来るだろうと思っていたし、群れるしか能のないこの五人組に大した真似が出来るようにも見えなかったから、さっさと去れば良かったのに。
俺は、『譲の危機を救うヒーロー』になりたかったのだ。
愛する者の危機に颯爽と現れ、凶悪な敵から救い出す。
そして潤んだ声と熱い眼差しで、感謝と共に愛の言葉を告げられるのだ。
まるでアニメの中の主人公のように。
「……ははっ、俺が一番馬鹿馬鹿しい」
けれど。
その妄想は、とても甘美だった。
だから、俺は期待してしまった。
譲が、誰かの助けの手を求めるほどに、事態が切迫してはくれないか、と。
そんな残酷で自分本位な願い事をしたから、罰が下ったのだろうか。
俺は、とても見たくないものを見て、聞きたくない言葉を聞いてしまうことになった。




