表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/34

待ち望んだ愛




かなりの覚悟で訪れた、涼哉のマンション。

何度も来た場所だけれど、一人で訪れるのは、初めてかもしれない。


『……え、ゆず……』

「へへっ、……うん」


インターホンを押せば、涼哉は俺の名前を呼んだきり、絶句した。

俺は泣きそうな声で小さく笑って、頼んだ。


「おねがい、……開けて?」


声を失ったままの涼哉。

カサリとも言わない、無言のインターホン越しに、動揺が伝わってくる。

しかし。


ウィーン


静かに開いた共用エントランスのドアに、唇が緩んだ。


「部屋、行く」


一言だけ宣言して、俺はエントランスを潜り抜けた。




玄関扉の横のインターホンを再度鳴らせば、かちゃり、と開く。

困惑の表情を隠しもせぬ涼哉が、馬鹿みたいな顔で突っ立っていた。


「……俺、この前にここに来たの、いつだっけ」

「へ?水曜、だろ?」


ポツリと呟けば、涼哉は戸惑ったまま首を傾げ、答える。

当然のように、最後に肌を合わせた夜のことを口にする涼哉に、俺は泣き笑いのような顔で呟いた。


「そ、っか……」


ずるずると座り込む俺に慌てて、涼哉は俺の前に両膝をついた。


「ちょ、ソファ座れよ。お前、去年の大会で膝、痛めただろ?変な体勢取るなよ」


自分でも忘れているようなことを言われて、「ははっ」と笑いが溢れる。


「……そういえば、そうだったな。膝に負担かかるような体勢、取らされたことも、ほとんどなかったな。なぁんで、気づかんかったんだろ」


思い込みって、こわいなぁ。


全身から力が抜けていくことを感じ、へらりと馬鹿みたいな笑いを浮かべた。


「だから何を言ってんだよ、お前は!」


俺の呟きが理解できずに困り切った顔をしながら、なんとか俺を抱えて運ぼうとしている涼哉に身をゆだね、俺は天を仰いだ。






ソファに座らされ、とりあえず、と渡された水の入ったコップ。

水を一口含んで、カラカラの喉を落ち着かせた後、俺は口火を切った。


「涼哉、おれのこと、わかってたんだ?」

「は?」


唐突すぎる俺の質問の意味を理解できず、瞬きを繰り返す涼哉に苦笑して、俺は質問を変えた。


「なぁ。俺のこと、どう思ってた?」

「どう、って」


く、っと言葉に詰まった涼哉は、一度唇を噛みしめてから、完全降伏を宣言するかのような悲壮さで、必死に口を動かした。


「す、きだよ」


アルコールだけのせいとは思えないほど、今にも溢れそうな瞳の漣。


「酒、飲んでなくても?」

「っ、これは、」


畳みかけるような問いかけに、戸惑って泣きそうに顔を歪めた涼哉に、意地が悪かったと反省した。


「ふふ、分かってる。いまは、酔ってないもんな。……ごめん」

「酔ってるけど、酔ってない……だから、信じて」

「…………うん」


切実な声に、じわりと胸が温かくなる。

脱力感と幸福感に泣きだしそうになりながら、俺はぽつりと、まるで独り言のように告白した。


「おれ、な。……お前は、俺だって分らないで、俺のこと抱いてるんだって、思ってた」

「………………は?」


時が止まったかのような、空白の時間。


「ば、っかやろぅ!!お、俺が」


俺の言葉に一瞬呆けた顔をした涼哉は、パクパクと口を開閉させた後で、真っ赤な顔で捲し立てた。


「俺が、お前を、分からないわけないだろ!!」


がしっと俺の肩を掴み、真ん丸になった目でまっすぐに見つめて、涼哉は必死の様子で言葉を続ける。まるで恋人に取りすがって言い訳をしている情けない男みたいで、こんな時なのに少し可笑しかった。


「最初っから、分かってるに決まってる!最初の夜、無茶したし、身体大丈夫だったかな、とか思って慌てて研究室に行ったのに……あんまりにもいつも通りだから、俺、『もしかして夢だったのか!?』とか、色々、めっちゃくちゃ考えたのに!お前は飲み会終わると俺のこと送ってくれるし、抱きしめても拒否らないし、好きって言うし、抱かれてくれるし、なんかもう、混乱して。

愛してるって、俺は必死の思いで言ったのに、お前、……なんか冷めた目で笑うし」


気づかれていたのか、と思いながらも、くしゃくしゃと髪を掻きまわしながら言い募る涼哉の必死さが、なんだか子供のようで、胸がきゅんとなった。


「俺が誰かの代わりで、ほんとうに抱かれたい男は別にいるのかな、とか、めっちゃ、本当にすごい、悩んだのに」

「なんだよ、それ……馬鹿らし。俺の苦悩はなんだったんだ……」


だんだんと力がなくなっていく言葉と、どこか自分の発想に似通った馬鹿馬鹿しすぎる思い込み。

俺は力の抜けた苦笑を返すしかなかった。

けれど、俺の言葉に少しムッとしたような顔で、涼哉は膨れる。


「それは俺の台詞だよ。いっつもいっつも、朝になるといなくなるから、ていのいいセフレにでもされてるのかとか、……色々、俺なりに悩んでたんだぞ!」

「なんでオトコをセフレにするんだよ。俺はお前と違ってそんな趣味ないっつーの。ったく、純真無垢な少年を弄びやがって」

「え。……ってか、弄び、って……?」


ぎくりとした顔をした涼哉に、俺も口が滑ったことを自覚し、しれっと肩をすくめた。


「最初の夜のお前の手慣れ方は異常だったぜ?経験豊富で何よりだよ。……一体どんだけの男と女を喰ってきたんだよ」


下から、上目遣いで睨みつけると、涼哉は蒼白になって「いや、あの」「だって」「まさかお前が」と支離滅裂な言い訳を口走る。


「ふんっ、知らねぇよ!」


半眼になり、機嫌を損ねたふりをして、俺は涼哉を慌てさせて話を逸らすことに成功した。

ほっと密かに息をつく。


だって、一生言うつもりはないから。

俺が、()()()お前の欲情の犠牲となった少年を、良いように利用していただなんて。

純朴な少年の恋心を、俺の愛の成就のために、欲望のままに使い潰したのだ、なんて。

そんなこと、わざわざ言う必要はないだろう。


「なぁ、りょーや」

「ん?っわ」


至近距離の涼哉に呼びかけて、ひょいと首を抱き寄せた。


「あいしてるって、ちゃんと言って?」

「っ、え」

「おれも、言うから」


ぐっと、言葉に詰まった涼哉に、くすくすと笑いながら、俺は要求をもう一つ加えた。


「名前も、呼んで。応えるから。そんで、俺も呼ぶから」


一個一個、区切るように告げて、耳の中に祈るように囁きを流しこむ。

これまでの分を取り戻すように、存分の甘えと恋情を込めて。


「おねがい。ちゃんと、酔ってないときに」


くすりと笑えば、情けない呻き声の後に小声の了承と。


そして。


「ゆずる、…………あいしてる。おれのものになって?」


覚悟を決めたような目と、穏やかで、けれど強い言葉。

真っ直ぐに与えられた、待ち望んだ愛に、俺は歓喜し、そして蕩けた。


「ん、いいよ。おれもあいしてる。だから、……涼哉も、俺だけのものになれよ?」


満面の笑みで頷く涼哉に、俺は二度とこの男を手放してなどやらないと、誓ったのだった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ