表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/34

忘れると決めた夜




その夜、俺はおかしかった。

まるで砂漠で餓え渇いた人間のように、人の温もりを欲していた。




「……ちょ、譲先輩、飲み過ぎですよ」

「ちっ、いいんだよ!おとこには、のみたいときがあるの!」


慌てたようにグラスを取り上げる男に、俺は管を巻きながら顔を近づけて凄んだ。

そして遠ざけられたグラスをひったくり、一気に煽る。


「てめえもおとこなら、分かれ!」

「赤い顔で、とろーんとした目で睨まれても怖くないです。めちゃくちゃ酔ってるじゃないですか。お酒強くないくせに……」


呆れたような言葉と、わざとらしいため息に、苛立ちが募る。


「うるせぇ、ばーか!ばかばかばーか!」

「はいはい、馬鹿な後輩ですみませんね」


適当にあしらわれて、俺は更に腹を立てた。


「だまれ、ばか!飲みてぇときは、飲ませろ!」


宅飲みでもないのに、飲み過ぎている自覚はあったが、止められなかった。

普段なら「ゆず、飲みすぎ」と窘めてくれる涼哉は、教授から頼まれた用事のせいで、ここにいない。

自分の中のアルコールの許容量を無視して、俺は次から次へと杯を重ねる。


「……なぁー!もういっぱい」

「ダメですよ!」

「なぁんでぇー」


くてん、と体をもたれさせて、抱きつく。


「いやだーもっと飲むぅー」

「ちょ、近い近い!」


ギョッとしたように焦る男に、むかっときて更に絡みつく。

両腕を広い背中に回し、グリグリと頭を胸板に押し付けた。


「さけをよこせぇー」

「わ、わかったから、体離してくださいっ」

「へへっ、やったぁ」


満面の笑みで笑い、氷が溶けて少しだけ色が薄くなった気がするグラスを受け取る。


「ちょっと、凶悪すぎる……」


誰が呟いた台詞だったかは忘れた。

けれど、顔を赤くしていたから、()()()()()()()()()、と判断して俺は気にしなかった。


お目付け役のいない俺は、完全に歯止めを無くしていた。

度数の高い酒を水のように呷り、誰彼構わず体を寄せる。

甘えるようにすり寄れば、男も女も簡単に頬を染め、瞳を潤ませた。

その度に俺は、勝手にその気になった彼らを嘲笑うように冷たく突き放すのだ。


「んんぅー、さけをのませてくれねぇならぁ、みんなきらいだぁー」


そして俺は、馬鹿みたいな捨て台詞を吐いて、机に突っ伏した。

火照った顔に机の冷たさが心地よい、と笑い、正気を手放した。




それからのことは、覚えていない。


ただ、隣に涼哉はいなかった。

それだけは、確かだったはずだ。




目が覚めて目に入ったのは知らない天井だった。

ずきずきと痛む頭からは記憶がさっぱり抜けていて、状況が把握できなかった。


部屋の奥からは、シャワーの音が聞こえる。

起き上がり見回せば、ホテルの一室だと分かった。

ラブホテルではない。

おそらくはシティホテルに近い、きちんとしたビジネスホテルだ。

酔った人間の世話をするためだけに、気軽に泊まる場所ではないだろう。


そして、自分が横たわっていたシーツは、それなりのホテルにはあり得ないほど乱れていて、嫌な汚れ方をしていた。

体からは、覚えのある倦怠感と、重苦しい鈍痛。


「……マジかよ」


ここまで状況が揃えば、どうやっても否定しようがない。


俺は、苦々しい呻き声を漏らし、自分のバッグを確認するためになんとか起き上がった。

テーブルの上に見つけたバッグを目指して歩く。

一歩踏み出すたびに響く腰の痛みに、顔が引き攣ったが敢えて考えないようにした。


ちょっとした不安から、バッグの中身の位置が変わっていないこと、ついでにカードや免許証が盗られていないか調べる。

そして、飲み会の前には厳重にロックをかけてあるスマートフォンが解除されていないことを確認して、やっと一つ息を吐いた。


ちらりと目に入ったのは、目の前の椅子の背に脱ぎ捨ててある、黒色のシンプルなジャケット。

それ以外に、()()の私物は見当たらない。

バスルームにでも持っていったのか、用心深いことだ。


確かあんなような黒いジャケットを着ていた後輩がいたはずだ。


ぼやけた脳が引っ張り出してきた情報に、唇が歪む。

何一つ記憶できていないくせに、なんでそんなことは覚えているんだ、と突っ込みたくなるが、簡単だ。

涼哉の物によく似ている、と思ったから。


暗めの茶髪に、引き締まった痩身、よく似た背格好。

少し背は低いけれども、あの男の印象は涼哉に似ていた。

だから、ついてきてしまったのだろうか。


あぁ、なんて分かりやすい。

情けなくて、涙が出るほどだ。


『ごめんなさい。忘れてください。』


深い溜息を一つ吐くと、短く走り書きして、部屋を出た。

あの後輩には、可愛らしい彼女が居たはずだ。

一夜の過ちなどで失ってはならない、守らなければならないものがあるはずだ。


私物を持ってシャワーへ向かうほどに用心深く頭の良い男ならば、あの言葉で理解できるだろう。


「……ははっ」


これで大丈夫、と呟いた後で、乾いた笑いがこぼれた。

全てが、あまりにも、くだらなかった。





静かにホテルを立ち去り、一直線に自宅へ帰る。

玄関のドアを開け、一人になった瞬間に、急に力が抜けた。


「っ、くそ」


身体中を鈍い痛みが走り、崩れ落ちそうになる。

咄嗟に壁に手をついて支え、どれだけ激しくされたのかと恨みそうになったが、慌てて頭を振った。

思い出したくないことなのだから、自分の中に感情を生み出してはいけないのだ。

この夜は、なかったことにするのだから。


初めて涼哉以外に抱かれた体を、認めたくなかったから。

俺は、この夜を、忘れることに決めた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ