009 鳥かごの外で④
基地内をセシリアに案内してもらっている最中も、アリアは心ここにあらずだった。
トロワと同じ名字の局長。トロワが、アリアのネクサス入団に前向きなこと。
アリアは余計、彼について分からなくなっていた。
あいつは一体何者なんだ? 『帰れ』と言っていたのに、なぜ背中を押してくれたのか? いったい、あいつは何がしたい?
何を考えているのか分からない。それがアリアの思う彼への印象で、気味の悪ささえ覚えていた。
そんな眉をひそめたアリアに、セシリアは顔をのぞき込んだ。
「――ねぇ、聞いてる? どうかしたの?」
「あ、いえ、どうもしてないです! ……ただ、ちょっと考え事を」
「考え事?」
「はい……。その、まだ会ったばかりだからっていうのもあると思うんですけど、トロワ君って何考えてるのか分からないな、って」
セシリアは笑いながら「あぁ、それ?」と返した。
「実はアタシもよくわからない時があるんだ。アタシってさ、頭そんなに良くないし、空気も読めないって言われるからさ。でもいい子だよ、トロワ君。それは分かってる。六年も一緒にいるからね!」
「六年も……」
「うん! 私とグラウルは戦災孤児でね、いろいろとあってネクサスに入ったの。で、その数カ月後にトロワ君と同じチームになったんだ!」
セシリアは顎に指を人差し指を添えた。
「だからそうね……、グラウルの方が知ってると思う。あとノーマンもかな?」
「あの。そういえば、そのノーマンっいう人って――」
その時だった。通路で談笑する男たちの声が耳に入ってきた。
「――おい聞いたか? また死神烏の犠牲者が決まったんだってよ?」
「死神烏? あぁ、あいつね。トロワ・レイヴン」
アリアは振り返った。
男たちは三人。一人はヒョロリとした金髪。もう一人は低身長の小太り。そして最後は中肉中背の薄毛だ。全員、低く見積もって二十代後半、高く見積もって三十二歳程度だろう。
「え、それマジ?」
「マジもマジ、大マジ。しかも今日入った新人だってよ。可哀想にな」
「あぁ、たしかに死ぬな。これは」
「マジで、五人揃うと絶対に誰か死ぬんだよなぁ。おっかねぇ」
「そうそう。……次俺たちに回ってこないよな?」
「うっわ、怖! そうなる前にいっそのことあのガキがさぁ――」
嘲笑う小太りが囁く。
「――死ねばいいのに」
それを聞いてセシリアは拳を固めた踏み出した。
だがそれよりも先に、
「なに、あんた達……。大人のくせに陰口言ってんの?」
アリアの体は動いていた。
「なんだお前? 見ねぇ奴だな?」
金髪が睨みつけてきた。
「あんたらにとって、死ぬ予定の新人よ!」
「――ちょっとアリアちゃん!」
間に入ったセシリアがアリアを抑える。
「なんで止めるんですか! セシリアさんだってコイツらにムカついてたじゃないですか!」
「そうだけど、先に楯突いちゃうなんて思わないじゃん! どうして急に!」
「何でって、それは――」
アリアは学校で陰口を言われてきた。母親が居ないだの、父親が盆暗だの、躾失敗の出来損ないだの。
目の前の三人組がアリアにとっては、いじめっ子達と重なって見えていた。
そして何よりも、
「――あいつ、よく分かんなかったりムカつくところもあるけど、腐っても命の恩人だから……! 絶対に撤回させる!」
「撤回させるだぁ? 俺たちは事実を言っただけ、俺たちまで殺されてたまるかってんだ!」
「うっさい、デブ!」
「っんな! ……こンのォガキィ!」
殴られる、その時だった。
「あら、面白いことしてるじぁないの? お兄さんも混ぜてもらっていいかしらぁ?」
やけにネットリとした低い声が、男たちの後ろから響いた。
繰り出されようとした拳は、褐色の腕が這うように掴み止めていた。小太りの耳元に、何者かが生暖かい息を吹きかける。
小太りの男は「――ヒッ!」と短い悲鳴を上げ、その手を払い除けた。
中腰になった褐色の男。灰色の坊主頭に筋肉質な身体。灰色のコートに、花の形ネックレスという出で立ちの男がそこにはいた。
「ノーマン!」
「あらセシリアちゃん、昨日ぶり! ということは、隣のその子って」
「ア、アリア・アルテュセール……です。……はじめまして」
面食らって、アリアは怖ず怖ずと答えた。
そんな彼女の手を取ってノーマンは目を輝かせた。
「やっぱりぃ! ワタシ、ノーマン! ノーマン・ハナーシュ。たしか弓が使えるんだってね? 遠距離武器ってことでワタシがアナタの教官よ。あ、正式に入団したらか。まぁ、よろしくね! いや〜ゴメンナサイね、うちの子が急に噛みついちゃって!」
先ほどまでの空気は嘘のように和らいだ。
そう思ったが、
「ところで――」
再び空気が変わる。冷たく肌を刺ようだ。
「――さっきのトロワ君の件なんだけど」
「な、なんだよ……」
「ジンクスに囚われるのは些か問題があるとは思うけど
、たしかにアナタ達の言っていることは正しい。実際、ワタシ自身も力不足だって思うの。助けられなかったからね。でも、この子が言ってることも正しい。恩人を馬鹿にされて怒らない奴の人間性なんて、たかが知れてる」
「……? 話が見えてこねぇ。結局何が言いたい?」
その言葉にノーマンはクスリと笑った。
「新人歓迎ということで、ちょっとしたレクリエーションでもしてみない?」
「レクリエーション?」
金髪が聞いた。
「そう。明日の任務でこの子がエンブリオを一体でも倒せたら、トロワ君については撤回してもらう。できなかったらアナタ達が今度やるっていう遠征任務、ワタシ達が代わってあげる。どう? リスクほぼ無しの賭けよ、引き受けてくれるかしら?」
三人組は顔を見合わせ、すぐに笑って答えた。
「よし、乗った! 取り消しなんてダサいこと絶対にすんなよ!」
そうして、彼らは浮つきながら去って行った。アリアはその背中を睨みつけ、セシリアは胸を撫で下ろした。
「はぁ……、よかった〜。ありがとう、ノーマン」
「いいのよ。ワタシもちょっとムカッとしちゃったから。それにしても見た? ワタシに驚いたあの顔! ちょっとはスカッとしたかしら?」
「見た見た! すごい顔してた!」
「ね〜! イタズラって癖になっちゃいそう! あ、そうそう、アリアちゃん!」
ノーマンはアリアに微笑みかけた。
「恩には恩で返さなくちゃ。明日、トロワ君のために頑張らないとね。じゃあ、また明日」
そう言って、ノーマンもまた去っていった。
「アリアちゃん、私達も行こ?」
「はい。……何としても成功させなくっちゃ!」
アリアは決意に燃えていた。
次 回 【群れる狼①】
文 字 数 3605字(空欄含む)
読了時間 目安7分