006 鳥かごの外で①
「――僕はトロワ・レイヴン。エンブリオを狩る、国家に秘匿された裏の錬金術師です」
トロワは淡々と答えた。
「……国家に、秘匿? ……裏の、錬金術師?」
訳が分からない、とアリアは目を泳がせる。
まぁ無理もない、とトロワは思った。
「えぇ。僕たちはさっきの化け物、エンブリオから記憶を奪い返し、人々を助けることを生業としているんです。エンブリオは、金属と、記憶という電子物質の混合物。錆びた鉄から酸素を奪えばただの鉄に戻るように、奴らも記憶を奪われれば元の金属に戻る」
トロワはアリア達の元へと、足を引きずりながら歩いた。
「そして、この武器には接触箇所から記憶を奪う特性があるんです。本来ダメージを与えられないエンブリオを倒せたのはそのため。さらに使い方によっては――」
短剣の柄頭をアリアの父の額へと押し付け、集中する。
「――こんなこともできるんです」
パチッと静電気が走るような音が鳴った。
次の瞬間、アリアの父が一つ短い息を吸い、周りを見渡した。
「――ハッ! アリア、お前どうしてここに……?」
「……お父さん、私のこと、分かる?」
「何を言ってるんだ、娘のことが分からないで何が父親だ……」
「よかった……。君、これは?」
「記憶を戻しました、それだけです」
依然としてトロワは淡々と語る。
「ただ、今回はイレギュラーだらけなんですよ。大抵の場合、記憶を奪われたのが一般人なら、その場ですぐに殺されるはずなんです。今回みたいにバレるのは、向こうにとって美味しくないですからね。あと、これも」
彼は指輪を拾い上げた。銀一色で捻りを加えただけのシンプルなものだ。経は小さく、おそらく女性用のものだろう。
「こんな足のつきそうな物を材料にするなんて迂闊なことも、普通じゃない。名前だって書いてある。C.Althusser。……? アルテュセール?」
「――カルナ」
アリアが呟いた。
「……カルナ。……カルナ・アルテュセール。私のお母さんの名前、カルナ・アルテュセール……。ねぇそれ見せて!」
右手に持ったそれを、アリアは引ったくって見つめた。
「やっぱりこれ、母さんの……。どうしてここに!?」
「知りませんよ。で、帰って調べるためにも、返してもらってもいいですか?」
「嫌! でも約束してくれるなら渡す!」
「約束?」
嫌な予感がする。トロワは眉をひそめた。
「私を連れて行きなさい!」
こめかみを抑える。
やはりこうなったか。無鉄砲な人だと思っていたため、一番面倒な事態はこうなると予測はついていた。だがいざ現実になってみると、何が最適解か分からなかった。
悩み悩んで答えを絞り出す。
「……分かりましたよ。連ていきます、連れてけばいいんですよね。抜け目ないと言うか、したたかですね……」
「それはどうも。はい、これで契約成立ね」
「……そうですね。ところで、僕がどうして機密事項をこんなにも話したか、分かります?」
アリアが目を白黒させた。すかさず彼は、そっと額に柄頭を押し付ける。
「――どうせ忘れるからですよ?」
――パチリ!
そんな音と共にアリアは白目をむいた。気を失い崩れ落ちるの、トロワは身体で受け止めて防ぐ。怪我をしないように優しく芝生に寝かせ、彼は踵を返した。
「細い調整は現地の抹消者と改変者が着いてからですね。それまで、風邪を引かないようにしてくださいよ? さてと――」
短剣をネズミに戻しフードにしまうと、空いた手で耳の通信機を押さえた。
「聞こえますか? こちらトロワ。手配対象三体、非対象一体を討伐。任務完了です」
『おう、遅かったじゃねぇか。何かあったか?』
低くしゃがれた声が響いた。
「すみませんグラウルさん。ちょっと色々と。駅に着いてから話します」
『ねぇ、トロワ君!』
大音量の垢抜けた声が耳を劈く。歯を食いしばって耳を押さえた。
『おい、うっせぇぞセシリア! 通信じゃ叫ぶなって言ったろうが!』
『あ、ごめん! でさぁ――』
これもまた嫌な予感がした。
『それってもしかして、丘で一緒にいた女の子のこと?』
『は? なんだそりゃ?』
『何ていうんだろう? こう、とにかくすごくいい雰囲気だったんだよ? 隅に置けないな〜!』
「……あの、それどっから見てました?」
『駅に入る前にチラッと!』
トロワは深く大きい溜息を吐いた。
「酷く遠くからじゃないですか。相変わらずすごい視力してますね?」
『すごいでしょ?』
「えぇ。なら、どれだけ大変だったかは分からないわけですね……」
『……?』
『……そういうことか。トロワ、駅に着いたら詳しく教えろ。俺も駅に戻る』
『待ってるよ〜!』
通信が切れた。
肩を落してトロワは空を仰ぎ、思った。
今日は厄日か何かかな、と。
傷ついた身体を労りながら、トロワは歩く。
そうして、なんとかとか駅へと辿り着いた。
「おー、こっちだ!」
短髪栗毛の大男がこちらに向かって手を振っている。そんなことをせずとも、グラウル達は目印になる。
こんな真冬に半袖薄着の男女はそう居ないのだから。
「すみません、遅くなりました」
「あぁ。おつかれさん」
「うわぁ、トロワ君ボロボロ! 何かあったの?」
「何もなかったらさっきの返答も、こんな格好にもなってませんよ……」
溜息を吐いたが、肺の辺りがズキリと痛み顔をしかめた。
「また酷くやられたな。じゃあ、現場もやばいことになってんのか。今頃、局長も真っ青だろうな、こりゃ」
「あー、胃も痛くなってきましたよ……」
「えっと、大変だったんだね。で、トロワ君、あの子の話してよ!」
「いや、セシリアさん? 今その時じゃないでしょ?」
「えー、でも……」
セシリアはそっと何かを指差した。それに気づいてグラウルはピシャリと額を叩いた。
「……?」
トロワはゆっくりと振り向いた。そこには、もう見ることはないだろうと思って人物がいた。
赤髪赤目、鬼の形相を浮かべたアリアが、そこには立っていた。
なぜここに、とか、忘れたはずでは、という言葉を差し置いて、別のものが彼の口をついて出た。
「あ、えっと、その……。さっきはすみませ――」
刹那に繰り出された右フック。その轟音は、駅構内に木霊した。
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