012 群れる狼③
「反撃だぁ? 人質がいるってこともう忘れたかぁ?」
「いいや、分かってるさ。おいトロワ、お前は手を出すなよ?」
グラウルは気怠そうに耳元を掻いて、続ける。
「それにしても、本当に俺のことを知らないようだな? マークされてると思ったが、まぁ相当木っ端の野郎だろ。無理もねぇ」
「……あぁ?」
「挑発したつもりはねぇぞ、そう怒んなよ? それともあれか、図星だったか? すまんな」
「……チッ。だが、なんだお前? 武器も持たずにイキってんじゃねぇぞ」
グラウルは鼻で笑った。
「安い奴だな……。いいぜ? 見せてやるよ、俺の武器を」
彼は大きく息を吐き、男を睨みつけた。
姿が変わる。
苦悶の表情を浮かべ、音を立てて肉体が変質を遂げていく。
大きくなった腕からは爪が鋭く伸び、毛皮に覆われていく。脚はより太くなり、ブーツを破り獣の足が飛び出す。髪は伸び、喉から口元にかけて火傷の傷跡が生々しく浮き出た。
人狼。
それ以外に彼を形容する言葉は無いだろう。
「な、何だこいつ……! まさか身体を――」
「――そうだ、改造してんのさ。お前らのせいでな……。ところでいいのか、敵は一人じゃないんだぜ? やれ、トロワ!」
「はい!」
トロワは何かを投げる。
それは、白色の丸い塊だった。
「マグネシウムと黒色火薬、流動時の摩擦により強制発火……!」
刹那、
「――輝け!」
爆ぜる音と共に一帯が眩い光に包まれた。
閃光に怯み、狼型エンブリオによるアリアへの拘束が緩んだ。
「今です、アリアさん!」
「うあァァッ!」
アリアは腰から抜いたダガーを狼の喉元へと突き立てる。力なく崩れたそれを払い除け立ち上がった。
そこに一体が襲いかかる。まだ視界がぼやけている。避けられない。
「――させっか、よォ!」
殴り飛ばし、グラウルがアリアの背後に立った。
「無事か?」
「……は、はい!」
「アリアさん、グラウルさん!」
駆け寄ったトロワは、アリアを挟むようにグラウルと背を合わせ、短剣を構える。
「おう、トロワ! さっきはよくやった!」
「はい。でも、よく分かりましたね。スタングレネードを作る素材を持ってるって」
「当たり前だ。塔にいるはずのノーマンと火薬の匂いがしたからな。後で感謝しとけよ?」
「えぇ。で、ここからどうします?」
「まず、ビルの壁面まで移動。俺がこいつを守るから、お前は雑魚を傷つけるだけ傷つけとけ!」
お互いに目を合わせ、彼らは頷く。
「了解です!」
二人はアリアを連れ、狼たちを蹴散らしながら走った。そして、二手に分かれトロワは遊撃に向かった。
「す、すごい……」
短剣を振るう彼の動きは鮮やかだった。真っ向から突っ込んでくる狼を、身体を翻すと共に放つ斬撃と打撃で反らし、飛びかかりに対して地面を滑り縦一文字に斬りつけた。
一撃、一撃が確実に奴らの機動力を削いでいく。
「あれが、人の動き……?」
愕然とするアリアだったが、そこに一体が飛びついてくる。
「きゃぁ!」
身を屈めて目を閉じる。しかし、待てど暮らせど痛みはやってこなかった。
「――ビビっても目ぇ閉じんな、死ぬぞ!」
グラウルの声に、アリアは目を開けた。
視界に飛び込んだ光景は、これもまた驚くべきものだった。
アリアの力では微動だにしなかった狼を、グラウルは頭を掴み真っ向から受け止めていたのだ。
「おらよ!」
そのまま地面に叩きつけ、動けなくなったところを貫手で頭部を穿つ。そして、コアとなる金属片を掴み出し投げ捨てた。
澄んだ高い音と共に狼の体は霧散していった。
「チィッ! 使えない雑魚どもが……!」
「あぁ、待て!」
男は狼へと姿を変え、二体の狼を連れて逃げ去ろうとしていた。
奴らを追おうとするトロワだったが、
「――よせ」
グラウルに制止された。
「何でです!?」
「もう決着は着いた。ノーマン、五秒後に南西、三体出る。二体はやれるな? セシリア、残った一体を頼む」
『オッケー!』
グラウルは秒読みを開始する。
「サン、ニ、イチ……」
奴ら日の光を浴びたその時、
「ゼロ……!」
宙を滑空するライフル弾が、二体の身体を貫いた。
「な、何が起こって――」
刹那、残りの一体を空から飛来した何かが屠った。
鋭い爪と鱗のついた脚で、エンブリオの亡骸を何度も踏みつけた。その度に抜け落ちた羽が、粒子となって消えていった。
「おう、おつかれさん」
人狼姿のグラウルは何かに話しかけた。
「うん、おつかれー! いや〜、凄いことになっちゃったね〜!」
セシリアだった。
大腿部から変わった細くスラリとした鳥の足。本来腕のある場所から生えた全身を包めるほどの大翼。
その姿は、伝説や物語に登場するハーピィと酷似していた。
「アリアちゃん、大丈夫だった? 怪我はない?」
「……あ、はい。あの、その姿って……! あ。いえ、今の私に聞く権利なんて無いですよね……。ごめんなさい……」
「アリアちゃん……」
アリアは自らの愚かさを悔いていた。
軽率な行動で敵の罠に嵌り、トロワ達を危険にさらしてしまった。さらに倒そうとしていたのはエンブリオではなく生身の人間で、自分が人質に取られなければその人を救えたかもしれなかったのだ。
視界が歪む。喉が詰まって痛い。
「……そいつには俺が答えてやる。仲間に隠し事したってしょうがないだろ」
「……仲間?」
「最初ってのはそんなもんだ。俺たちもそうだった。で、この姿についてか」
空を仰ぎ見て、グラウルは語る。
「まず何から話すべきか……、そうだな。まず、ゴレムは大きく二つに分けられている。一つはトロワの持つ獣型、もう一つは今お前が持つダガー、鉱型だ。俺たち二人はその獣型を肉体に取り込んで失った器官を構築しているんだ」
「失った器官……」
「あぁ、そうだ……」
グラウルは目を伏せた。
「俺たちは五年前にもっとやばい奴らと戦った。そりゃあもう、さっきの奴らなんて目じゃねえほどのな。その時に俺は呼吸器系を、セシリアは手足全部を失った。んで、それでも戦う決断をして今に至る、そういうわけだ」
「そんな、ことが……。でも五年前って――」
目を震わせながらアリアは問いかける。
「――五年前ってアンファースの村の火災と関係性してるんですか!」
刹那、空気が凍りついた。
『――アリアちゃん、それって』
「いいんだノーマン。アリアだったか。それに関しちゃ……」
グラウルは俯くトロワの頭を撫でた。
「また今度かもな……」
次 回 【群れる狼④】
文 字 数 2418字(空欄含む)
読了時間 目安5分