011 群れる狼②
「――こんのぉ!」
アリアは逃げる男に飛びつく。走る勢いそのままに、共々倒れて地面を転がった。
広がるコンクリート片で全身に擦り傷をつけても、アリアの手は緩むことはない。そのまま組み伏せ、腰に帯びたダガーに手をかけた。
だがその時だった。
「連れてきたぞォ! これでいいのかぁ!」
男が叫ぶ。
『連れてきた』。その言葉に一瞬アリアは目を丸くしたが、即座に意味を理解し戦慄した。
「きゃぁッ!」
突如現れた影にアリアは突き飛ばされ、押さえつけられた。
全身を覆う毛皮に、鋭い牙と眼光。狼の姿をしたエンブリオだ。それも一体ではない。首を動かし見える範囲に無数。
取り囲まれていた。
「う、そ……」
「――アリアさん!」
駆けつけたトロワだったが、状況の深刻さに顔をしかめた。
人質を取られている。彼の読みが正しければ一人ではない。最低でも二人、多くて三人だ。
「約束通り連れてきたんだ! 娘を返してくれ!」
男は立ち上がり、虚空へと叫んだ。
すると、群れの中の一体が姿を変えた。
「あぁ、よくやってくれた。ご苦労さん」
「そんな御託はいい! 早く――」
「娘を返せ、だろ? おい」
人型のエンブリオは顎を動かす。
すると、群れの中から小柄な少女が怖ず怖ずと姿を現した。
「……お、父さん」
「あ、あぁ……」
「お父さん!」
少女は男の元へと駆け寄った。男は両手を広げ、娘を迎え入れようする。
刹那、トロワが叫ぶ。
「――ハッ! いけない、その子は!」
一瞬の出来事だった。
少女の姿が変わる。
脚は逆に曲がり、玉の肌は毛に包まれた。姿勢はより前傾に、腕は伸びて脚と同じ形となった。鋭い牙と眼光。
それはまさしく狼だった。
男の表情は変わる間すら無い。触れた箇所から取り込まれ、残された手足が音を立てて落ちた。
「あぁ……、い、いやぁぁぁ!」
「チッ! うっせぇな」
うろたえるアリアと対照的に、トロワは人型のエンブリオを睨みつけた。噛み締める奥歯が鳴り、荒い息で叫ぶ。
「なぜ……、なぜ殺したぁ!」
「へっ、チュートリアルだよ、チュートリアル」
「……チュートリアルだと?」
アリアを尻目に、エンブリオの男はヘラヘラと喋る。
「この嬢ちゃん、まだビギナーだろ? お前らが下手に動けばどうなるか、これで分かったろ? まぁ、ことが済んだんで邪魔なだけだった、ってのもあるけどな」
「……狙いはなんだ?」
「あぁ、それはねぇ――」
ニタリと笑い、男はトロワを指差した。
「――お前だよ。なんか知らんが、うちのお偉いさんが恋焦がれてるみたいでね。手土産に持っていっていったら待遇がよくなるかと思ってね」
「……僕を、待ってる?」
「知らねぇつってんでしょうが。兎に角、お前が来れば嬢ちゃんを解放してやる。とりあえず武器を――と、しまったなぁ。先に殺ってちゃ信用もねぇか」
「……武器は置く」
フードに手を突っ込み、トロワはネズミ型ゴレムのモルを地面に置いた。
「おうおう、話が分かるねぇ! おい」
男は狼たちを顎で使った。群れが作る輪は徐々に小さくなっていく。
「なっ、話が違う! 先にアリアさんを解放しろ!」
「こっちは交渉初心者なんでな。てか、約束を反故にしたの見てただろ。悪い大人の約束には乗るもんじゃねぇぜ、ボウズ! 可哀想だが達磨にさせてもらう。それでやっと対等だ」
「……クッ!」
彼は俯き、固く目を閉じた。
だがその時、
「すまんなぁ、出来の悪い小僧でよぉ。そういう奴には保護者が付きっきりってのがセオリーだよな」
しゃがれた低い声が響き渡った。
「グラウルさん!」
「すまん、遅くなった」
「真打登場ってか? だが、状況分かってんだろうなぁ、えぇ?」
この状況下でもグラウルは笑ってみせた。
「あぁ、どうやらお前は俺のことを知らないようだな。ならできるさ、反撃をな!」
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