010 群れる狼①
アヴニールの街は電波塔を中心に、時計同様に十二等分されている。北を一番街とし、時計回りに割り振られている。車道も各街を囲うように張り巡らされているため、塔周囲のロータリーまで来れば、この無個性となった昼間でも迷うことなく街を歩くことができる。
現在アリア達は五人は、電波塔の根元で任務について立ち話をしていた。
「はぁい、トロワ君、アリアちゃん、グラウル。これが今回のターゲットよ」
「……これって?」
アリアは問いかけた。
ノーマンに手渡された白黒写真は十枚。構図はバラバラだがすべて人の顔が印刷され、裏には数字が書かれていた。
「簡単に言えば手配書よ。昨日から朝方までに街のあちこちにいる監視用ゴレムが見たものを、データ処理して転写してできているのよ。あと、アリアちゃんにはこれを」
一振りのダガーナイフだ。刃渡りは十センチ程度、鈍色で両刃の刀身と鞘を持っている。柄はT字と独特で、拳を突き出すように使うことを想定しているのだろう。同時に、非常にコンパクトだ。
「弓はかさばってこの任務に向かないから、これ使ってね。見た目はただのナイフだけど、これでもゴレムなの。ちゃんとエンブリオにダメージを与えられるようになってるから、安心してちょうだい」
「んで、ノーマン。今回配置はどうする?」
「グラウル、そう焦らないの。配置としては、トロワ君とアリアちゃんで二人組、グラウルは単独で街を歩いてもらう。ワタシとセシリアちゃんは、この塔に登って上から通信機で敵の場所を伝える。そんな感じ。話したいこと以上よ。質問はない?」
「通信機……」
アリアは左耳にはめ込んだカナル型の通信機に触れた。耳に沿うフックの終わり、ちょうど耳たぶのあたりにボタンが付いている。それが応答、発信用のボタンらいし。
しばらくの沈黙が続き、セシリアが「無いで〜す!」と手を挙げて言った。
「じゃあ俺は先に行ってる。さっさと終わらせて帰るぞ」
そう言って、グラウルは車道の向こうへと消えていった。
「アリアさん、僕たちも行きましょうか」
「……分かった」
「――あぁ、トロワ君ちょっと待って!」
ノーマンが二人を止める。
「アナタにはこれを渡し忘れてたわ。よかったら使ってちょうだい」
トロワが受け取ったのは小さな金色の箱だ。渡されたとき、砂の流れるような音がした。
「これ、弾薬精製用のパックじゃないですか。僕、銃の腕は良くないですよ?」
「いいから、いいから。今日はアリアちゃんのサポートでしょ? あと電波障害になったとき、信号弾ぐらいにはなる。生存確率はダンチでしょ? 持っておきなさい」
「……確かにそうですね。分かりました」
トロワは渡されたそれをコートの内ポケットに入れた。
そうして、今度こそ二人は街へと繰り出すのだった。
◇◆◇◆◇
「昨日から思ってたけど、局長ってトロワ君のお父さんなの?」
薄暗い通りを行きながら、アリアは疑問を投げかけた。だが、その返答は煮え切らないものだった。
「……そう、ですかね?」
「……? なにそれ」
「まぁ、その、詳しくは言えませんね」
父親じゃないのか?
そう疑問が脳裏をかすめたが、ベルスーズ市街でのやりとりが頭をもたげてきた。
嘘や誤魔化し。
何となく語りたくないことは分かるが、アリアはまだトロワのことを掴めずにいた。局長との仲が良好ではないからなのか、血縁関係が無いからなのか、それともただ単純に話したくないのか。
疑問を晴らそうとすれば雑念がただ追加されるだけで、余計アリアの脳内はもつれていく。
「そ、そういえばグラウルさんって武器らしい武器も持ってなかったし、仕舞うところも無かったでしょ? どうやって戦うんだろう?」
露骨に話題を変えてみる。
だがそれも、
「それは……、僕の口からはちょっと……」
会話に発展することは無かった。
横一文字に口を噤んで、アリアは俯いた。
なんなのコイツ。じゃあ、何なら話せるんだ。察するにしても、情報が少なすぎてどうにもならないし、『踏み入ってくるな』と言われているようで腹が立ってくる。そして何よりも、あまりにも気まずい。
鬱々とアリアは下唇を噛み締める。
すると、トロワがアリアの手を引いた。
「――アリアさん、こっちへ!」
「ふぇ!? なに!?」
路地裏へと押し込まれた。あまりの手荒さに文句を言おうとしたが、通りを覗く真剣な彼の目に、その言葉は引っ込んだ。
「任務中ですよ、集中してください! ほら、あれ……!」
トロワの視線の先には一人の男がいた。エラの張っていて眼鏡をかけているという人相だ。ちょうど七と書かれた写真と一致していた。
「間違い無い。モルも反応している……」
彼のフードにいる、ゴレム獣型であるネズミのモルが唸りを上げている。
「息を止めて。手本を見せます」
そう言って彼は息を殺した。
彼に気づかず男はこちらへと近づいていく。そうして通り過ぎようとした瞬間、トロワは男の襟首を掴んで引き込んだ。
それからは一瞬だった。
フードにいるモルを掴み、短剣へと変えると男の頭部に突き立てた。
何も知らない者から見たら凄惨な光景に、アリアは息を呑む。
目が合った。
男の瞳孔は開ききり、全身同様赤錆色の塊へと変わり、粒子となって風に消えていった。
「と、こんな感じです」
「……トロワ君。相手が人じゃないと分かっていても、……人型だと抵抗感ってない?」
「……確かに感じますけど、でもこうしないと誰かが犠牲になる。操られて、殺したくもないのに人を殺すようになってしまう。今ここで、僕がやらなかったら大切な人がそうなるかもしれない。その方が怖いですから」
そう語るトロワの目は、どこか物悲しげだった。
「誰かの、ために?」
「えぇ、誰かのために……」
目を閉じ、彼は一つ深い呼吸をする。ゆっくりと立ち上がり埃をはたくと、何事もなかったかのように微笑みかけてきた。
「さぁ、次を探しましょう? 日が暮れちゃいますよ?」
だがその笑顔は痛々しいものだと、なんとかアリアにも分かった。
そうして、しばらくの時間が経過した。
『――こちらグラウル、対象二体討伐。あと何体だ?』
『は〜い! こちらセシリア! 残り二体だよ! あ、グラウル。えーっと、北かな? 北に一つ路地を挟んだところに一体いるよ!』
『了解した、すぐに向かう』
アリアは焦燥に駆られていた。
手配されている対象は実質残り一体。にも関わらず彼女はどうしても腹を決められずにいた。
――やっぱり殺せない。あの時、目が合ってしまった。昨日覚悟したはずなのに、それがチラついて手が震えてしまう。いつもこうだ。いつも、どうして……。
息が上がる。心臓が痛む。真冬だというのに汗ばんできた。
トロワも平気で戦っているわけじゃない。彼は人のために、無理をしてでも戦っていというのに。
「人のために……」
そうだ。自分自身のためだけじゃない。今はトロワのためにも戦わなくてはならないんだ。
アリアは昨日の三人組を思い出していた。
一体。何としても一体倒さなければあの三人組を見返すことはできない。トロワへの誹謗中傷も撤回できない。
「……何とかしなくちゃ!」
路地裏から飛び出し、周囲を見渡す。
すると、
「……あ、あぁ!」
何者かの声が聞こえてきた。
声の主は三十代程度の男だった。それも無精髭にザンバラ髪と、ちょうど写真と一致し、アリアと目が合った。
「くッ、うおぉぉッ!」
男は奇声を上げ、逃げ出した。
「――見つけた!」
「ア、アリアさん!?」
アリアは男を追う。
人波を縫い、道端に落ちたチラシを踏みつけ走る。その後をトロワが追うが中々追いつけない。登り下りの多いベルスーズ市街で鍛えられた足腰は強靭だったたのだ。
「待ってください、アリアさん!」
だが、アリアは止まらない。それほどまでに彼女は焦っていた。
「チッ! どうしてこうも無鉄砲なんです……! あぁ、そっちは!」
車道からけたたましくクラクションが鳴り響いた。耳を劈くブレーキ音と共に車たちは止まり、その間を男とアリアは駆けていく。
その先は三番街だ。
「……なんだ、この違和感」
トロワは呟いた。
「モルが反応しない。逃げるにしても何で叫ぶ必要があったんだ……? ……ッ! まさか!」
トロワは、通信機のボタンを押した。
「――やられました! こちらトロワ、手配対象が三番街の廃棄区域に逃走中! アリアさんが追っていますが恐らく罠です、誰か応援を!」
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