30歳まで処女だったので魔法少女にスカウトされました
本日、都内の10箇所で気を失っている女性がいると通報が相次ぎました。
女性はいずれも怪我はないものの、数時間で目を覚ました方から救命処置を必要とする方まで様々で、警察は事件の可能性があると捜査を進めています。
次のニュースです…
時は令和、場所は都会のオフィスビル。
その4階で彼女は働いていた。
栗花落 結
化粧っ気の無い、一重の瞼。黒い縁の眼鏡。周りの同世代の女子社員は茶や黄などに髪を染めて思い思いに結っているのに、黒い髪を後ろで束ねただけだ。
割と自由な社風なだけに、結の飾らなさは逆に目立っていた。まあ、真面目に仕事をこなす、という意味でも希少な人材なのだが。
「あーあ。もうすぐ冬だぜ?クリスマス。また今年も彼女出来ねえのかな」
結が喫煙室の横を通った時、タバコをふかす若い男性社員がぼやく声が聞こえた。
「お前は高望みするから彼女出来ねえんだよ。数打ち当たる。ホラ、今通った栗花落さんとかどうだ?」
「高望みしてなくてもパス。胸はデカいけど顔がブッサイクじゃねえか」
「お、おい馬鹿!ココ意外と壁薄いんだぞ」
「聞こえねえって」
聞こえてるんだよなあ…フッと鼻で笑いながら通り過ぎる。
資料室で必要な資料を揃え、自分のデスクに戻り、キーボードを叩きながら片手間にスマホを弄る。
スマホの画面をフリックすると、SNSエクッターのホーム画面に星が飛び回っていた。
アカウントに誕生日を設定すると、誕生日に星が飛ぶ仕組みだ。
結は本日が誕生日。とうとう30歳となった。
何か変わるかといえば特に変わらない。特に老いるわけでも、輝くわけでもない。
年齢=彼氏いない歴も綺麗に更新中。
「あ、結ちゃん今日誕生日?」
背後から落ち着いた声が話しかける。
驚いて振り返ると艶々としたピンクショートヘア、吸い込まれるような紫色の瞳。
結より経験年数は浅いものの、年齢は不詳。バリバリに仕事をこなす上に妖艶な魅力があると社内で噂になっている加賀 狐美だ。
「加賀さん…」
「おめでとう。コレ狐美ちゃんからのプレゼントよ」
パッと掌を踊らせると、狐美の手に現れたのはスティックコーヒー。
あまりにも見事な手品に結が放心していると、狐美はスティックコーヒーを結へ握らせ、にっこりと笑う。
「……今日は小動物に気をつけたほうがいいわよ」
「え?それはどういう…」
尋ねる前に狐美は颯爽と去っていった。プレゼントは嬉しいが、含みのある台詞に何とも言えない表情をしていると、入れ替わりに彼女の上司がチョコチョコとやってきた。陰のあだ名が猿と呼ばれる上司だ。
「栗花落くーぅん…ちょーっとお願いがあるんだが……」
ゴマをするように手を揉み揉みする猿。まさかまさか…
「今日中に仕上げてもらいたい資料があってね…」
「はああああああ!?」
残 業 確 定
「あーーー……あの猿!結局終電帰りになっちまったじゃないか」
会社から数駅離れた郊外、住宅の並ぶ道。
中天に輝く満月に向かって愚痴を叫ぶ。
「ま、金曜日だから不問に処す。結さんは優しいのだった」
エコバックから肉まんを出し、パクっと頬張る
んまぁ〜と至福の味を顔いっぱいに表現して、またエコバックの中を探ろうとした。
「……いや、流石に酒は家まで我慢我慢」
エコバックの中は、土日中に消費する予定の酒やツマミ、スイーツがたっぷり入っている。
かなり重いが、自分へのご褒美だ。自宅での一人パーティを想像して思わず顔がにやける……が、
「のわぁぁぁぁぁあーーー!!」
何か叫び声のようなものをあげながら夜空から何か落ちてきた。それはエコバックにゴチッと鈍い音をさせてぶつかる。
多分酒の缶の角にでもぶつかったのだろう、表現しづらいうめき声をあげて、エコバックを伝って、それはアスファルトの地面に落ちた。
結はしゃがみこんでその物体を覗き込んだ。よく見えない。スマホのライトを点けてソレを照らす。
黄色の…ハムスター……?ネズミ?のマスコット?
胴体はずんぐりむっくり、顔はデフォルメされたハムスター風味。耳から何かちょろ毛のようなものが生えて、尻尾はやけに長くてリボンが結んである。
「ぬいぐるみ…?」
拾おうと手を伸ばしたらその物体はムクリと起き上がった。結はビクリと全身を跳ねさせる。
ぬいぐるみや何かならまだしも、自分の常識の範囲では自立して動くものに見えなかったのだ。
指先から鳥肌が駆け巡る。これは、知っている生き物じゃない…!
「っ…!化け物ぉぉぉぉ!!!」
「喋る前からそう言われたのは初めてだよ」
地面に腰を抜かす。喋った。日本語を喋った。
眼の前の生き物は腕を組んで憮然としている。
どうしよう。逃げるべきか。こんな小さいもの潰すべきか。幸いにも武器(酒缶)はある。しかしゴキブリと違って中身がグロそうだ。そんなもの大事な酒に付けられるか。いや、警察に電話が一番か…?
混乱した頭で様々な考えが浮かんでは消える。
「ねえ、コレ食べていいかい?」
黄色い生き物は地面に落ちた食べかけの肉まんにちょこちょこと歩いていく。結は断る勇気もなく頷いた。
ソレはハムスターの様にアムアムと肉まんを摂取して、生き返ったとばかりに伸びをする。
「あー良かった。エネルギー持ってる人に会えて」
そしてさも当然のように宙に浮かび上がる。結はまた全身を跳ねさせた。
この生き物、飛ぶことをも出来るのか!?
未だに動けないままの結の周りを漂い、スピスピと鼻を鳴らす。
「おっ!君!!」
「はい!?」
「良い聖なる魂を持ってるね!しかもいい感じに熟成が始まっている」
…………?
熟成した聖なる魂?全く意味がわからない。
そのまま固まっていると、生き物は嬉しそうに語りだした。
「いやー、ここまで聖なる魂を保てるなんて、最近の子にしては珍しいね!もう最近は10代で経験済みの子も多くて、僕みたいなのはもう絶滅も止むなしかと思ってたんだけど、僕は運が良い」
経験済み?なんだって?
どうやらこの生き物は結を聖なる魂の持ち主だと思っているようだが、酒は飲む、何なら煙草も吸わないことはない。さらに言えば趣味は腐っている。
それが聖なる魂だと?間違いだろう……。
「あの…何が経験済み…?」
そうなるとその経験がないから言われるのだろうと恐る恐る訪ねてみる。
すると、そのハムスターのような生き物は、とてつもなくいい笑顔で、こういった。
「セッ◯ス」
「セクハラじゃねえか!!!!」
恐怖心は吹っ飛んだ。
湧き上がる怒りのままに叫び、立ち上がって埃を払う。
こんな生き物を怖がっていた自分が馬鹿らしいとまで思っている。
すると生き物は目線の高さまで浮遊して、笑顔を崩さず続ける。
「まあまあ。でね、頼みがあるんだけど…」
「風俗もAVも興味ありません」
生き物の横をすり抜けて歩き始めた。もう、そういう危ないスカウトへの対応へ切り替えよう。もしかしたらコイツは最新のロボットなのかもしれない。
そうだ。ロボットなら喋っても浮いても多少の不思議は許容……浮くのはどうなんだろうか?
「そうじゃないんだよ。僕の話少しで良いから聞いて、お願い。
…………今日、あまりにも人とすれ違わないと思わない?」
「え?」
足を止めてしまった。言われてみれば、コンビニもある住宅街。結は大声も出した。でも、誰も人間の気配がしない…車もすれ違わない。いくら終電後だとしても多少は、いつもなら……。
「分かった?……頼みっていうのは……」
後ろで声色も変えず話してくるハムスターらしき生き物…いや、ロボット……違う、この迫力が機械に出せるか。生きている、未知の生物だ。
恐怖心が走り戻ってくる。
反射的にエコバックを後ろへ振り上げた。そのハムスターを叩き潰す為に。
しかし、鈍い音と共にエコバックは暗闇に弾き飛ばされてしまった。
そのハムスターからではない。その更に後ろにいた黒い巨大な影が、結の横に大仰な爪を突き刺していた。
ズルズルとアスファルトから湧き出したような影は、泥を滴らせるような腕を刃物様に変化させる。結は本能で悟った。いま自分の荷物を吹っ飛ばしたのはこの刃物の様な爪だ。
「僕の代わりに、コレを倒して欲しいんだ」
ハムスターはその影に背を向けたまま尊大に宣う。その間にも影は爪をハムスターに向かって振り下ろそうとしていた。
結は考えるより先に目の前で浮遊するハムスターを握り、影の横へと飛び込み前転する。エコバックとは別に肩にかけていたバッグが切り裂かれ、リップやら財布やらが地面に散らばった。着ていたヨレヨレのトレーナーもザックリと切れ目が入る。結はそれには目もくれず、ハムスターを掴んだまま元来た道を走り出した。
走りながらスマホに緊急通報110の数字を打ち込むが、ツーツーツーという音が電波が通っていないと告げる。
「何でっ…!」
「周りから隔絶されてるんだ。出るにはアレを倒すか、全員食われるかしかないよ」
「ッ、……!」
建物の隙間に駆け込み、身を隠す。全力で走ったのは何年振りだろう、運動不足を実感しながら大きく息を乱す。
しかし、そうもしてられない。
「倒すって、…どうやって……ッ!」
「僕だって30歳処女の一般女性に勝算もなく声をかけたわけじゃないさ」
「ッ……」
年齢までバレている。何だこのハムスターは…一瞬思ったがそれどころではない。
結の手から地面に降りたハムスターは頬をムニムニと弄りだし、口を大きく開けるとズルッとリング状の物が出てきた。ハムスターは何の躊躇いもなく結へそれを渡す。
うわっ…と若干引きながら結は受け取った。リボンの形に青い石を飾った指輪だ。頬袋に入っていたためか温かい。
「コレを左の薬指につけて」
「……質問したい事ばかりだけど、それどころじゃないね。コレつけると筋力が上がるとか?」
「いや、魔法少女になれるんだ」
魔法少女?
待て、意味がわからない。突っ込もうとした時にはうっかり指に嵌めてしまった。
指輪の石から光が溢れ出し、路地裏を光に包む。
「な、なに!?」
「魔力が溢れてるだけだよ。僕の言う通りにして!指輪に口づけるんだ」
「……いちいち恥ずかしい事をさせる…」
ままよ、と指輪に口付ける。光が収束し始めた。
「叫んで『開放せよ』!」
『開放せよ!』
光に包まれた指輪がみるみる形を変え、結の眼前にスティック状になって浮き上がる。
結は勢いよくソレを掴んで振り下ろした。光が弾けて消える。
身長に合わせて1m前後へと伸びた杖は、先端に水晶がのった三日月がついていた。
「すご…」
非日常とは無縁の生活をしていた結は杖の変化にある種の感動を覚えていた。
しかし、その杖を握る手に、元々付けていなかったフリルのある手袋が目に入る。
えっ!?と思えば肩から垂れる髪はストロベリーブロンドに変化し、触ってみれば背まで伸びたツインテールに結ばれていた。切り裂かれたトレーナーは青のコルセットに、贅の限りを尽くした胸には宝石のついたリボン、肩紐は羽衣かとばかりにひらりひらりと舞っている。
くたびれたジーンズはフリルのついた青のスカートに変わり、柔らかいと言えば聞こえの良い太腿はニーハイソックスが食い込んでいる。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁ!!」
変身としか言えない身の変わり様に、結はスカートを抑え、溢れるような乳を腕で隠す。
こんなに露出の高い服、若い頃ですら着たことない。
「何処ぞのカードキャプターみたいに服は自前のタイプじゃなかったの!?」
「ちゃんと防御力までオプションに入ってるよ」
「全然防御力高く見えないんですが!?」
「そんなことより!」
来る!ハムスターの掛け声で結は杖を構える。
影の爪を杖で受け止めると、杖を鏡面にバリアが展開された。バチバチと杖と爪が拮抗する。
…最中、結は自分の露出した脇に目移りし、ふう、と安堵のため息をついた。
大丈夫だった。
「集中して!ここじゃ狭い、翔ぶんだ!」
「で、でも跳んだら6枚500円のパンツが見えちゃう…!」
ハムスターは思った。この子、自分と会ったときは腰を抜かしたくせに、意外と今は精神面に余裕があるのか?
「この角度からレースの紐パンが見えてるよ!ムダ毛だって大丈夫だっただろう?!そこまで鬼じゃないよ!」
「それはそれで恥ずかし…っ!わっ!」
バリアを突破して爪が振り下ろされる。
下着のことは隅において結は跳んだ。二階建てのアパートの屋根が見えるほど高く飛翔する。
これは快感かもしれない…
結はくるりと体制を整え、住宅の壁を蹴ってアパート屋根に着地する。
彼女を追って影もズルリと背を伸ばし、屋根にヌルリとのし上がった。
体制を整える前に一発攻撃を与えたい。
この手の杖は、振ればなんか出る!
結は思い切り杖を振る。するとその軌跡から白い魔力の塊が飛び出していった。野球ボール位の塊は、影の額?にぶつかる。
ジュッと焼けるような音をさせ、上半身を仰け反らせる。……程度の効果はあったようだが、ヌルリヌルリと結へと距離を詰める動きは止まらない。
「ハムスケー!攻撃はどうやるの!?」
「…いつ僕はハムスケになったんだい。」
ワンテンポ遅れてハムスター改めハムスケは屋根上まで浮き上がってきた。
「僕の授ける杖はね、基本的には何でも出来る。君は一般的な魔法少女よりは魔力を溜め込んでいるんだから、後は想像力だ。君の持つ属性だって君の中にある」
「私の中…」
結、貴女の名前はね、色んな良縁を結ぶよう願って付けたの。
不意に昔の記憶が蘇る。
「良縁は結び…」
結が杖を振ると、何処からかリボンが伸びてきて影を雁字搦めにした。様々な色のリボンは遠くに伸びて、影は動けなくなる。
結は瞳に魔力を集中してそのリボンを見定める。
その隙にも影はギシギシとリボンを引きちぎろうとしている。だが、不思議なことにリボンは両腕の爪でも破れない。
「悪縁は切る!」
結は杖の先に魔力を集め、刃を作り出した。
そして影を縛り付けるリボンを舞うように切り始めた。
刃は全く影には触れていないのに、リボンが切られるたびに影は蠢き苦しんで、じわりじわりと小さくなっていく。
「ギェェ!?ギ、…!!?」
何が起こっている?影は分からないとばかりに頭を振り、叫び声を上げる。
「…私が切ったのはアンタが食った人間との縁、ついでに食ったものも人間に返した。後は…」
影の胸元に刃を突き付ける。
残ったリボンは一つ、真っ黒なリボン。
「アンタと命の悪縁を斬るだけ…!」
結は刃を纏った杖を振り上げ、黒いリボンに刃を振り下ろす…!
ブツン、と途切れる音がして、静寂…
影は電源が落とされたかのように動きを止め、サラサラと砂が崩れるかのように姿が消えていった。崩れきった影の中央から何かモヤのような物が残る。それは杖の水晶に反応し、吸い込まれて行った。
終わった…!
結は緊張の糸が切れ、その場に座り込んだ。
「やるじゃないか!」
「疲れた…けど、」
結は黒い笑顔を浮かべてハムスケを握る。
「ちょーっとー?お姉さんとお話しようかー?」
「福利厚生ならできる限り叶えるからお手柔らかに…!」
「ふーん…アレが魔法少女…」
「魔法熟女でもいいわよ」
「いや、流石にそれは…」
少し離れた電柱の上から一部始終を見ていたのは、黒い髪に赤い瞳、黒いマントを羽織った、見た目は10代前半の男子、そして白い猫風味の生き物。
「もっとふんわりした戦いになるかと思ってた」
「まあ、本当に若い魔法少女だったら、あんな手のかかる戦いはしないわね」
「シロ、結構あの子に辛辣じゃない?」
「そりゃそうよ。商売敵よ」
よくわかんないなーと男子は呑気に手に持っていたエコバックの中身を探る。結が持っていて吹っ飛ばされた物だ。
中からカルパスを見つけ、包みを開けて口に放り込む。
「んっ…!?辛ッ゙!!」
口を抑えて悶絶している。
「……まさか味覚まで幼児化してるとは…」
少年はなんとか飲み込んで、エコバッグをフワリと宙に浮かせ、屋根の上で大騒ぎしている魔法少女へと届かせた。
遠くから見ても彼女は嬉しそうに飛び跳ね、バッグから缶チューハイを出してプルタブを起こす。
一気にグビグビと飲み干し、プハーと口を拭う様は子どものように可愛らしくもあり…?
少年は自身が抱いた感想にクエスチョンマークを浮かべる。
「…で、オレはどうしたらいいの?」
「アレと一緒よ。まあ、でもそうね……彼女から魔法少女の資格を奪っても良いわね」
「ふーん……」
少年はニヤリと笑った