二ー6 蜜月
リシャールの帰還してしばらくしてから、ボルドーを出発したおれたちは、ダクスの温泉で数日間のんびりと過ごした後、陸路を行くポール、ルー、ペラン達と一時別れて、二人航路でバイヨンヌを目指す。
航路の始発の港は、2年前のダクスの制圧で共に配下に入ったモン・ド・マルサンで、ダクスから東北東に約60kmの距離にある。
その街を流れるミドゥーズ川を使って出るという船がダクスにも停泊するので、それに乗り込んでの道のりだ。
近年出来たらしい、木材やワインを運搬するための航路だが、遠く離れたサンティアゴへの巡礼が盛んになり、巡礼者を運ぶための客船がこの頃頻繁に出ていて、随分盛況しているらしかった。
その様子を少し見ていきたいというリシャールの要望で、おれと暫し二人旅だ。
二人旅に、巡礼といえば、リシャールと初めて会った頃、ダクス制圧のための視察で変装した記憶がある。
3年前のダクスは温泉地であることや巡礼の道であることもあり、ちょっと寂れた観光地の様だった。
リシャールはこの街の制圧後、領主の居城を破壊し権限を剥奪すると隣国の領主に兼任させた。
そして、地の理を活かして自由な商いを推奨すべきだ、というリシャールの方針により、様々な封建的システムに内密にテコを入れた。
それにより、寄合いや組合組織が強化され、民に還元される自由が多少なり確保されたことにより、戦闘で破壊された街の復興は目覚ましく進み、街の人たちはリシャールに対して好意的になっていった。
そんな状況下で、街の人たちも協力的で、ダスクの温泉を1日貸し切りにしたりして、遠征で負傷した者達や休暇に同行してきた者達と思い切り楽しんだ。
ポールの監督下でもあるので、羽目を外す者も少なく、慰安としては大成功だ。
5年近く様々な場所での戦乱は、やっと一段落着く様相を見せている。
やはり、難攻不落と名高いタイユブル要塞陥落、というインパクトは諸侯たちの戦意を潰すことには成功したらしい。
おれはこの制裁的な戦闘には途中から参加しているのだが、正直キツかった。
和睦することもなく、血も涙も無いふりをしながら、只々叩き潰し、ぶち壊す。
それが父親に歯向かった代償であり、そのせいでアキテーヌ諸国でのリシャールは立場は孤立している。
「王は、リシャールを恐れていて、力を削ぎたいのだろう。」
そう、ポールやロベールが言っていた。
言われた本人は「ハッ 」っと軽く笑うと首を振りながら否定していた。
「そんな大層な感情なわけ無いだろう。まぁ。アレで得たものといえば城壁の破壊をいかに効率よくするか、という技術だな。」
そう疲れたように話すリシャールの横顔が、悲しかった。
そんなリシャールを励ます様に、今回はただの旅人としてバイヨンヌに行って、そのままナバラ国に行こうと、提案したのだった。
はじめはキョトンとしていたリシャールだったが、ナバラのサンチョやベランジェールに会えるのを楽しみにしているようだった。
ダクスの港には客を載せた船がすでに到着しており、おれたちは急いで船に乗り込んだ。
「おい。リシャールじゃないか ! マジかよ。」
その声にリシャールと共に振り向くと、ブロンドの髪をふわりと揺らし、大理石のような肌にスラリとした華奢な体躯の美しい男が、キラキラとした水面を背景に現れた。
男は長い睫毛をパチパチと動かし、吸い込まれそうな黒い瞳を驚いたように大きく開いて近づいてきた。
「ダニエル ! 」
リシャールの言葉に驚いた。
「ダニエル?? 」
二人はガッシリと抱き合うと、互いの背中をバシバシと叩きながら再会を喜んでいる。
ダニエルといえば、リシャールの友人であり、リシャールと初めてあった日にダニエルの作った詩だと、歌ってもらってからずっとその詩を歌わせてもらっているおれの憧れのトルバドールだ。
「珍しいなリシャール。ポールも付けずに単独行動なんて。」
「ああ。休暇だ。」
「お前に休暇なんか必要なのか。」
「・・・まぁ。必要ないか。じゃぁ、密月だ。」
その言葉に驚いたおれは赤面しながら周りを確認する。
遠目で何人かの視線を感じるものの、船の渡り板近くだったので、周りにおれたち以外人がおらず、しかも港の喧騒で、目立つ二人の話し声までは聞こえていないはずだ。
蜜月とは、結婚したばかりの夫婦の親密な時期の事だと、騎士仲間が話していたのを聞いたことがある。
「・・・冗談かと思ったが、コレは失礼いたしました。」
そう言うとダニエルはおれに優美な動きで騎士の礼を取ろうとするので慌てて止める。
王子の伴侶として礼を取ろうとしていると思ったからだ。
「違う違う! 辞めてってば、リシャールのバカ! ただのトルバドールで、ただの旅行です!! 」
「・・・違うのか。・・・そうか。」
それを聞いてリシャールがあからさまにがっかりとした顔になった。
「わははは。いくらリシャールでも世の理までは変えられんだろう。諦めろ。」
ダニエルが笑いながら言うの言葉にうなずく。
そう、この世界では同性婚はありえない。
ましてや王族であるリシャールには婚約者も居るではないか。
「・・・いや。俺に出来ない事などない。・・・だが・・・違うって・・・。」
しょぼぼんとした顔で恨めしそうにリシャールに見つめられた。
え。どういう事? 恋人じゃないって否定したと思ってるってこと?
「えぇぇぇ。ちょっと、どう言う状況? いつもの俺様リシャール様は、どこ行った? あああー。もぅ。めんどくせぇ。」
「・・・め、面倒くさい・・・。」
「え、ちょ、リシャール、違うんだ! その、面倒くさいじゃなくって・・・。」
なんて言ったらいいか分からなくて頭をガシガシとかきむしる。
するとダニエルが再び大きな口を開けて笑い出した。
「わっはっはっは。すまんすまん。リシャール。元気そうだな。お前にもそういう感情が持てるようになるとは思わなかったよ。」
そう言うと、ダニエルはおれの肩に腕を回してきた。
「からかって悪かったよ。オレはトルバドールのアルナウト・ダニエルだ。」
ダニエルはおれよりも少し低めの背で、甘いマスクにはにかんだ顔が人懐っこく、ちょっといい匂いがする。
そんなふうに思っていると、リシャールが強引におれの肩を掴んで自分の胸に抱きかかえてきた。
「おぅ、馴れ馴れしいんじゃねぇか? 辞めろ。」
リシャールはガウっと威嚇しているかのようにダニエルを睨みつけている。
いつも通りのリシャールに戻ったようなので、とりあえず、ダニエル殿に自己紹介をせねば。
「あ、あの、おれはリシャールのお抱えトルバドールで、ジャンです。実は・・・ダニエル殿の詩、歌わせてもらってます! 」
「あぁ。お前の曲だが、俺が、教えてやったんだ。」
リシャールに肩を抱えられながら、自己紹介後に、暗にファンだともじもじとダニエルの方を見ながら言うと、頭の上からリシャールが低い声で付け足してくる。
「未完成だって、聞いたけど・・・。あの曲」
「俺の、アレンジを随所効かせて教えてやったから、もうほぼ俺の曲かもしれねぇなぁ。」
「は? もう、ちょっと、黙ってろよ、リシャール。ダニエル殿の曲だって言ってたじゃん。どんだけ負けず嫌いなんだよ。」
いちいちチャチャを入れてくるリシャールに少しイライラし、手のひらで下から顎を押して口を開けないようにする。
「いぎぎぎぎぎ」
顎を抑えてのけぞるリシャールを一瞥していると、ダニエルが口を抑えながら中腰になり、もうたまらんとでも言いたげに膝をバシバシ叩きながら笑っている姿が目に入った。
そして、陸からも、船上からも、注目の的だということにも気が付き、顔がみるみる熱くなる。
「バカリシャール! お前のせいで目立つんだよ! 」
照れ隠しに思い切りリシャールの肩に一発入れると、人の少ない船の最後尾のあたりにドカドカと進んでいった。
そもそもリシャールにお忍びなんて無理だ。
あんなに長身で目立つ上、何故か周りに人が集まる。
今回のダニエルだって、イケメンな上に笑い上戸でオーラが派手だ。キラキラしてる。
戦場に居る時は仲間内でワイワイしているから気が付かないが、街に出るとどうやっても目を引く。
ため息をついて少しうつむいていると、リシャールが少し心配げな表情で顔を覗き込んできた。
「ジャン。」
リシャールの友達のダニエルついに登場です。
トルバドール界隈では有名人です。