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二ー4 タイユブル要塞

「と、まぁ結果的に2日間でかの難攻不落と有名なタイユブル要塞を占領したという訳さ。」


興奮した様子で聞いていたロベールは、陣営を配置した積み木を見つめながら、深くため息を着いた。


「はーーー。オレもその場にいたかったなぁ。」

「まぁ、日頃の評判が悪いせいで、馬鹿騒ぎしてても、それが陽動だと気づかれなかったていう皮肉な作戦だけどな。」

「なんというか、底意地の悪さがポールの作戦っぽいよな。」

「おれはなんとも言ってないからな。」


そう言うとロベールは笑いながら店の親父が追加で持ってきてくれたエールをガブガブと飲む。

おれは久々のおかみさんの食事を味わう。

久々の温かい料理は胃に染みるようだった。


「しかし、要塞都市の新設は聞いていたが、それをその様に戦の作戦に使えるとは。考えたものだな。」

「うん。村の人たちも意外とすんなりと、新天地に移動を始めてくれてよかったけどね。リシャールの威圧がすごいのもあるだろうけど・・・。要塞に匿ってもらえなかったっていうのも酷いと思わない?」

「ふむ。でも、リシャール様の策も、農夫が締め出される事を前提に作案されてるじゃないか。コレが戦の現実さ。いつでも1番の被害者は弱い、女、子どもに、貧しい者たちだ。」


 それは身をもって感じている。

ここ数年間での戦いの日々で、幾度も幾重にも繰り返されている。

 暖かい食事を胃に入れる事なく、消えてゆく多くの命。

自分が手にかける命の先に、きっと悲しみを堪える人、復習を誓う人が居るだろうと、思う。

思うけれど、どうすれば良いのか、わからないのだ。

だから、少なくとも自分の周りだけでも、おれが守れる範囲だけでも、そう願いながら、剣を振るう日々を繰り返す。


手を止めたおれに気がついロベールが、自分の近くにあった料理の皿を寄せてきた。


「すまん。帰ってきたばかりの奴に言う言葉ではなかった。ほら。食え。・・・オレたちは、無駄に血が流れないように、心を配ってゆこう。」

「・・・うん。」


しょんぼりとしてしまったおれを、ロベールが元気付けようとしてくれる。

 血気盛んな男たちが多いリシャールの軍は、規律を整えるのが難しい。

締め付けすぎると不満が出るし、緩めると本当にただのならず者集団になりは果ててしまう。

そんな男たちを指導し、まとめているロベールの手腕はこの気遣いにあるのだろう。


「それだけの力を見せつけられたら、諸侯の奴らも、ここしばらくは大人しくなるだろう。しかし。諸国共には謀反の代償、リシャール様には服従の証、とは言え・・・。ピュルテジュネ王。さすがと申し上げるべきか。恐ろしい方だ。」

「しかも政治的解決は一切するなって釘をさされてたら、一方的に叩きのめしてるみたいに見えるじゃん。リシャールの評判なんて、このアクテヌ公国で地に落ちてもしょうがないよね。」

「ほう。ジャン。中々洞察力があるじゃないか。」

「えへへ。だいぶポールに鍛えられたかな。・・・でも、王の言う事聞く必要あるの? こっそり政治的解決とか持ちかけて和睦とかしちゃってもバレないんじゃない? 」

「王にはシェリフ*¹がいるからな。」

「シェリフ? 」

「ピュルテジュネ王が自ら管理している王属役人ってとこかな。支配下には必ず配置されている。そこから情報は漏れるだろうな。」

「そんな人達が居るんだ・・・。」

「まぁ、エレノア王妃も手中に収められてるからな。リシャール様に踏み込んだ内政はまだ、ムリだ。謀反人を叩け、そう言われたらそれしか出来ねぇんだよ。」

「そうなのか・・・。まぁ、その辺はリシャールもフランクだからな。容赦なく攻城器で城もぶち壊しちゃうし。」

「オレたちは確かに元をたどればフランク人だがなぁ? ふむ。確かに、リシャール様は典型的なフランク人だ。」

「ん? ・・・まぁいいか。ともあれ、少し内戦が落ち着くならそれでいいけどね。せっかく気候が良いのに戦にかまけてたら勿体ないよ。」


たまに、言葉がうまく伝わらないことが、まだある。

こちらの世界に来てから、頭の中で言語の変換がされているのだが、訳せない言語はそのまま使われるらしい。

フランクという言葉は明快に、遠慮なく、という意味ではなく、フランク人という人種の括りの様だったりと、おれは”たまによくわからない言葉を使う人”という認定をされているようだった。


「そうだな。本格的に農期も迎えるしな。」


 農期が来ると、ロベールもしばらく自分の領地に戻って畑仕事をするのだろう。

にこにこと笑みが溢れている。

 本当に戦が落ち着くなら、しばらくリシャールと共にゆっくりしたいものだ。


「そう言えば。おれ、前ルーアンで飲んだシードル、好きなんだけどさ。ボルドーとか、このあたりはワインしか作んないけど、どっかで作ってたりしないかな。」

「お前、シードルが好きなのか。原材料はリンゴだよな。・・・確か、ダクスの南のバイヨンヌあたりでリンゴが盛んに作られているから、シードルもあるかもな。」

「バイヨンヌ。ってことはちょうど休暇にリシャールとダクスの温泉に行く予定にしてたんだけど、もう少し足伸ばして、バイヨンヌにシードル探しに行くのもいいかもなぁ。んで、帰りにもっかい温泉浸かりたい。」

「ははは。お前ほんとに風呂好きだな。オレは面倒くさいから、嫌いだけどなぁ。そう言えばリシャール様はいつボルドーに帰還するんだ? 」

「一週間後くらいかな。タイユブル要塞は堅牢だからな。壊すのも大変そうだよね。」


そうか、とロベールが返事をすると同時に、おかみさんがにぎやかに入ってきた。


「おやおや、フィルは眠っちまってるじゃないかい。ジャン、おかわりは要らないのかい? 」


話に夢中で気が付かなかったが、フィリップは積み木を重ねながら眠ってしまっていたようだった。

 ロベールと顔を見合わせて笑うと、フィリップの側に行き、床にへばりついたほっぺたを外して抱き上げる。


「おかわりはもう良いよ。ごちそうさま。そろそろ城に行かなきゃな。フィルはどこに寝かすの? 」

「そうかい。じゃぁ、フィルはあたしが連れてくよ。」


おかみさんにフィリップを渡すと、名残惜しくも眠る頬をひと撫でする。

この世界の子どもたちは、沢山の人に育てられたくましく育つ。

自分のエゴで彼を城に連れて帰っても、エレノア王妃の元に行く日が来た時、別れが辛くなるだけだ。

おかみさんに連れたれて部屋を後にするフィリップを見送ると、ため息が出た。


「さてと。戦後処理と行きますか。ロベール手伝ってよ。」

「そうだな。リシャール様が帰ってきたら、すぐにでも休暇に出られるようにしないとな。」

「あはは。休ませろって、きっと大騒ぎするからね。」

「執務作業が苦手であらせられるからなぁ。」


そういうロベールの顔は、やれやれと、ため息を付きつつも、早くリシャールに会いたい、という顔をしていて、思わず笑ってしまったのだった。







参考文献

*¹  ヘンリー2世における軍事強化

周南公立大学

https://www.shunan-u.ac.jp › article › fileda › 2

(アクセス:2023/08/21)



 シェリフは州長官といって、ピュルテジュネ王が支配する地域(州)に配置されている王直属の役人のことです。

 彼らは巡回、巡察しながら地域をより深く支配していたと位置づけています。(法廷も移動式)

この時代の宮廷も移動式で、ピュルテジュネ王は王領をいくつか移動しながら、広大な地域を支配しています。

(城は衛生的とは言えず、留守の期間に大掃除して次に備えたとか、食料の関係、ロジスティクス的な理由もあったとか。あと、勢力を強めつつある教会への圧力も。)※以前第一幕全裸編(ポアチエ章23話)で、ボルドー城が改装されているのは実はこの大掃除期間です。

 王のこのような政治の下で、リシャールは自由に動く事ができない上、周辺州領主とも不仲になるように仕向けられている環境下にあります。

 そんな理由で新たな要塞都市建設によって、その支配を掻い潜り、権力の増強を測っています。


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