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二ー46 披露会

すでに沢山の人たちが集まっている。

ここは教会と城をつなぐ回廊の中庭だ。

通常は騎士しか入れない城の中庭は解放され、民たちのために食べ物、エールが用意され、民たちは各自が自由に食べたいものを食べ、酒を飲み楽しげに笑っている。

城への入城祝という名目の、宮廷音楽家としての披露会だ。


「ダ、ダ、ダニエルっ。おれ、ダメだ。」


心臓が激しく打ち、息が苦しい。

頭がぼんやりして、吐き気がする。

今まで何度か演奏はしてきたが、ここまでの緊張は初めてだった。

苦しくて、倒れそうだ。


「大丈夫だ。お前はちゃんとやった。ここまでお前がやり切るとは、実は思ってなかったよ。なんていうか、斬新というか、ちょっと変わってるけど、それがいい。お前の個性だ。自信もっていけ。」


ダニエルがそう言うと背中をバシっと、叩く。


斬新。

確かにダニエルには何度か言われた。

それはもちろんそうだろう。

この世界の理を知らないのだから。

この世界とは違う音楽を聞いてきたのだから。

模倣?

そんなことをしても意味がない。

自分自身である意味。

この世界で学んだのはそれだから。

リシャールに、エレノア様に、ダニエルに。

どんなに縛られていても、どんなに押さえつけられても、自分自身であることを見失わなければ、それでいいのだと。

地面をしっかり踏んで。

飛べば良いのだと。


深く息を吸い込んで吐き出す。

足元を確認して、キュッと口を結ぶと、顔を上げる。

顔を上げた目の前、白い回廊の石の柱の間を、鮮やかな赤いマントが飜える。

颯爽と現れたリシャールの姿に、息を呑む。

正装のリシャールだ。


「ななな! なんで! リシャール、どうして正装? 今日は王族の儀式じゃないよ? ってか、かっこいい! 」

「おう。コリンヌにちょうど新しく紋章入りの装束が出来上がったから着て行けと言われたんだよ。良いだろ? お前の演奏のお披露目に。」

「ジャン様がお喜びになるだろう思い、本当はフィリップ様の戴冠式に間に合えば良かったものを、急がせましたのよ。」


リシャールの後ろから自慢げな表情でひょっこりと出てきたコリンヌとハイタッチをする。


「やばいよ! めっちゃ気合入った! ありがとうコリンヌ! 」

「何だよその気合の入り方。」


ダニエルが呆れた声を出してわらっている。


「あら、ジャン様の力の源はリシャール様であられますから。ダニエル様の入る余地はありませんわ。」


ダニエルの昔からの性癖を知っているらしいコリンヌが怖い顔をして牽制した。

そんなコリンヌにダニエルはため息を付くと首を横に振り、やれやれと両手を広げたジェスチャーだ。


「そもそもオレはコイツらに関しては、邪魔する気は毛頭ないんだけど。ジャンなんて面白くないし。」

「そうだよ。コリンヌ。ダニエルにはもう・・・」

「おい。ジャン、黙れよ。」


ダニエルが慌てておれの口を塞ぐ。

おぉ。やっぱりまだナバラに心は残っているのか?

そう思いながらニヤニヤと背後から口を抑えるダニエルを眺めようとすると、急に体を引っ張られてよろめく。


「ジャン様大丈夫ですか?」

「えぁ? ローアン? あ。うん。」


ローアンがよろけた体を支えながらダニエルとの間に割って入ってきた。

ダニエルはそのローアンに天使の笑顔で美しく笑いかけると、すぐさま人の悪い顔を作る。

これこれ。

ダニエルお得意の人を落とす必殺技。

半年間の付き合いの中でさえ、この2面性を前に崩れ落ちた人間は、両の手では足りないほど知っている。


「おやおや。コレはコレはローアン君。お前ジャンの従騎士、降ろされたんだろ?」

「オレ、まだ納得してないっす。リシャール様がいらっしゃる時は確かにオレはいらないかもしれないけど、ジャン様だって別行動することだってあるだろうし。それに、従騎士としも、演奏者としても、ジャン様のお側にいられるようにオレ、頑張るんで。ダニエル殿にも、いつか認めてもらえる位の演奏できるようになるっす。」

「ふーん。ずいぶんと熱心だな。オレが認めるレベルは生半可な演奏じゃ到達できねぇぞ? 」


珍しくもローアンはダニエルの必殺技にも動揺することなく嬉しい発言をしてくれている。

いやぁ。懐かれちゃったな。


「おい! ローアン! 誰彼構わず喧嘩ふっかけんのやめろ! すいません! ダニエル殿。」


ミシェルがやって来てローアンの首根っこを腕で抱え込み押さえつけると、急いでダニエルに謝っている。

ローアンとミシェルの様子に笑いながらふと、廻りを見渡せは見慣れた顔が集まっていた。

その中で珍しくかやの外で笑顔で見守っているリシャールと目が合うと、自然体で軽くウィンクを返してくる。

まじで。こういうの勘弁してほしい。

それでなくても正装のリシャールのオーラは破壊力半端ないのに、そんなファンサされたら悶えるしかない。

すっかり緊張も忘れて悶えていると、リシャールの手がぽんと頭に乗せられる。


「俺の宮廷音楽家様は隨分と人気者だな。」

「さすがリシャール。本妻の余裕だな。」


ダニエルがローワンの方を見ながら妙なことを口走るとリシャールが吹き出しながら笑う。


「ぶっは! 俺が妻かよ、おもしれぇ。あっははは」


いやいや。

こんなゴツい妻って。

そりゃ笑うけど。

複雑な気持ちでリシャールを見上げていると、再びリシャールと目があう。


「ジャン。行けるか? 」


穏やかな、信頼しきった顔でそんな事言われたら、どんなに緊張していたとして、「はい」と言うしかないじゃないか。

などと思っていたが、実際緊張は何処かに飛んでいってしまったようで、むしろ高揚した気分だけが残り最高に気分がいい。

リシャールに誇らしげに宣言する。


「御覧いただける準備は、整っております。」



演奏が始まると、ざわついた空気が期待に色づき始める。

定番で好みそうな楽曲を、伸びやかに、薄暗くなった空に浮かぶ月に響かすように、時にみんなが耳をそばだてるように。

静かにささやきながら歌い上げる。

その場は一曲が終わる頃には水を打ったように静まり返った。

この場は掌握した。

そうすると次は、心を踊らせるような、自然と体を動かしたくなるような楽曲を奏でる。

長い冬から開ける時のような、心躍る音を。

民たちを煽りながら演奏すると、期待通り声を跳ねらせ、皆がうねるように踊り出す。

食べる事も忘れ、ジョッキ持ったものは近しい者とそれをぶつけて打ち鳴らし、手を叩き足を鳴らして盛り上がる。

そうして曲が終わる頃には笑い声が夜空に響いていた。

期待道理の状況にほくそ笑むと、後ろにいるリシャールに合図を出す。

リシャールは心得たように頷くと、その弾む空気を割るように、ゆっくりと進みでる。

美しく美丈夫な、まるで絵画のような出で立ちの大きな体の廻りには自然と人々が集まり、手を上げ称える民たちの中心には、彼を取り囲んで円のような形ができあがった。


「皆の者。紹介する。かのエレノア皇妃も一目置く宮廷音楽家、ジャンだ。その奏でる音を、その耳で聞けたことを喜べ。」


リシャールが差し伸べす手から、人だかりが開かれ、演奏していたおれたちとの間に道が出来る。

導かれるままにリシャールの元へ歩みよる。


「全てを統括する音楽家を置くこの宮廷、この地は、これからの俺の足がかりとなる大切な場所になるだろう。皆の力が必要だ。共に歩んでくれるか?」


リシャールの声にその場の皆が惹きつけられる。

そしてこの声に反応するように民達の雄叫びのような、咆哮のような声が月夜に響き渡った。


「ジャン。見ろ。世界を変えるんだ。俺達は。なぁ。お前たち! 」


その声に、昂揚してリュートをかき鳴らす。

歌い出すリシャールの声に、自分の声を重ねると、廻りからも声が重なる。


その声は夜が更けるまで鳴り響いた。


ジャンの見せ場です。

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