二ー45 マルマンド6
眼の前のペランがうんうんと頷くと、機嫌良さげにおれの更に干し肉を追加してくれている。
こういうさりげない優しさがペランの良さなのだが、あまり女性には伝わらないのだろう。いい男なのにな。
「さすがティーダーだな。あいつの一言がなければ、ジャンがここに来ることもなかったってことか。ボルドーはティーダーに任せていれば安心だな。ロベールもいるし。こっちは、ほんとに、ジャンが来てくれて助かったぜ。リシャールは水を得た魚みたいに活き活きしてる。どうにもウチの主はムラがあって困るぜ。」
ペランの言葉にポールがため息をついた。
「まぁ。ルーの件は少しダメージが大きかったからな。ボルドーにジャンを置いておきたい気持ちもわからんでも無いが、所詮ムリだったのではないか? 確かにジャンが来てだいぶ落ち着いてきた感じだな。あと、ジャンが連れてきた従騎士達ともなんかすげぇ楽しそうに遊んでるな。何だか知んねぇけどやたらリシャールに挑戦的なんだよな。とくに、赤髪のちび。おもしれぇけど。うるせえ。 」
「あはは。赤髪だとローワンかな。やっぱりリシャールに対抗意識燃やしてんのかあの子たち。恐れを知らないというか。なんというか。でもリシャールが楽しそうなら何よりだよ。しっかり鍛えてもらえば、数週間で見違えるようになるだろうな。」
「ふーん。ジャンは随分あいつらのこと可愛がってるんだな。リシャールがムキになるはずだ。まっ、逃げ出すような腰抜けじゃないってだけで十分だな。今のところきな臭いだけだが、いつ狼煙が上がるかもわからない状況だ。できるだけリシャールの戦い方に慣れてもらわなきゃ、戦場で付いてこれない。」
狼煙。
今回の件はどうやら、うやむやになる気配を帯びているのだが、実際フィリップ、リシャール、アンリが顔を合わせればどうなるのだろう。
ごくごくとエールを飲み干すポールの顔は淡々としている。
「それだけどさ。フィリップ様のランスでの戴冠式はリシャール出席できるの?」
「こっちには断る理由が無いし、フィリップ殿も一度リシャールを招待している事もあって無下に出来ないだろうな。ピュルテジュネ家としては王の代わりとして4兄弟を派遣する事に意味があるしなぁ。」
「4兄弟?」
「ん。お前知らないのか? 今回はジョン様もいらっしゃる。」
「一番下の、四男のジョン様だろ? 」
ピュルテジュネ王とエレノア王妃との間には7人の子どもがいる。
長男はアンリ。
今回のリシャール暗殺未遂の首謀者だ。
長女のマティルダは、ロマーヌ帝国、ブラウンシュバイツ州ザクセン公の後妻としてハインリッヒの元に嫁いでいる。
聞いた話では夫ハインリッヒは25歳も年上らしいが、2人の関係は良好なのだと、エレノア王妃からは聞いている。家庭は円満らしいがこちらも情勢があまり良くない。ハインリッヒが力をつけすぎたせいで、ロマーヌ帝国国王バルバロッサを主軸にその他諸侯との間で軋轢が生じているとの噂があるのだ。
そして次男のリシャール。
カペー家フィリップの元にいる三男ジョフロア。
ジョフロアはすでにカペー家に染まりつつあるようで、ポールが少し気がかりだと言う。
そういえばロベールも、カペー家フィリップ殿の求心力を危惧しているような発言もしていた。
14歳でイル・ド・フランスを治める由緒正しきカペー家の王になるフィリップであるが、主従関係としてはピュルテジュネ家の上位にあるため、ジョフロアが服従したとして特に問題はない。
今現状だと、服従したとて、ピュルテジュネ家とカペー家では国力が違いすぎる。
ブルターニュを継承する予定のジョフロアとフィリップが結託するとなると、ピュルテジュネ帝国としては、見過ごせない事態となるだろう。
そんなジョフロアの一つ年下なのが、次女でカスティーリャに嫁いだというエレノア王妃。
カスティーリアのあるエスパーニャはムスリムとの戦いも激しく、王族達の勢力争いも厳しい。
つい最近ナバラで偶然会うことが出来た三女のジョーンはシチリア王妃だ。
さすがピュルテジュネ王が収めているのが一国だけにとどまらず、帝国というだけあって、兄弟の所在地がが広い。
四男のジョンはアイルランドが与えられたが、未だ王として戴冠を済ませていないようで、ブリテンのウィンチェスターで過ごしているそうだ。
「お前、何見てんの?」
ポケットから取り出した地図、メモを記した紙を眺めていると、ポールが珍しそうに覗き込んで呟く。
特に、メモをポールに自慢げに見せつけたやった。
「リシャールからもらった地図と、ジョーン様にもらった紙に情勢をメモしてるんだ。ふふん。」
「紙!!」
今度は反対側のウィルが大きな声を出す。
「おいおい。さすがシチリア王妃だな。紙か! ちょいと見せろよ! 触らせろ! 」
「ちょ、ウィル! お前、手が汚い! 油染みができるじゃん! 」
「え、油染み? 紙は油染みができるとまずいのか? 」
ウィルが肉の油でベタベタの手を咄嗟に上げるて紙から距離を取る。
それがなんだか武器を突きつけられた人みたいでおかしくもある。
向こうの世界では見慣れたものであるただの紙も、彼らにとっては貴重品なのか。
「おれが嫌だって話なだけだよ。ほら、ちゃんと手を拭いて。さわっていいから。」
笑いながら水で濡らした布を渡すと、キラキラとした目のウィルが懸命に手を清めている。
「なんか、ジャンって、時々達観してるよね。」
そう言ってきたのはダニエルだった。
「え? まじで? おれ賢いってこと? 」
それに答えたのはポールだ。
「うーん。まぁ、基本バカなんだけど、なんていうか、知ってることと知らないことの幅が妙なんだよな。」
「あ。オレもそれは思った。剣を見たことも、触ったことも、振り方も知ら無いのに、作り方知ってるみたいな感じだよな。」
「さすがウィル。そうなんだよそれだよ。何処かで勉強してきたのかと思えば、基本的な事がわからなかったり、オレ達が知らないような原理知ってたりするんだよな。」
「えへへ。そんなに褒めるなよぅ」
デレデレとした顔をじている自覚がありながら、隠す理由も無いので盛大にデレてみる。
「確かにこの紙なんて貰ったら貴重すぎてなかなか使えないもんだよな? それなのに、すぐに使ってたからな。」
「いや、せっかく紙があるのに、書かずに取っておいても、意味なくね? 便利だろ? 羊皮紙かさばるし、折り目がひび割れて見えにくくなるんだよな。」
ダニエルが言わずとも良い情報をみんなに披露するので、とりあえず言い訳をすると、隣のポールが頭を小突いてきた。
「そもそも羊皮紙を折ってポケットに入れて持ち歩く奴はいねぇんだよ。お前、その地図だって複写とはいえ、高価な品だぞわかってんのか? せめて筒状に丸めて箱に入れて持ち歩け。」
「え? そうなの? だって、リシャール『コレやるよ』って、ポイって・・・。」
「あいつの物に対する価値観はバグってる。基準にならねぇ。」
箱に入れて持ち運べだなんて・・・。
難しいことをおっしゃる。まぁ。しょうがないから、ポケットに入れて持ち歩くのはメモだけにしておこう。
紙をもう一枚貰って地図を複写しておくべきだったな。
そう呟いたのをダニエルが拾い、ため息を付いた。
「そもそも、ジョーン様もリシャールと一緒で価値観バクッてるから。『こちら一枚どうぞ』とかって、ハンカチ渡す勢いで渡してたけど、紙なんて手に入れるのは至難の業だぞ。もう、手に入らないと思え。ウィルの反応が正解だ。」
ダニエルに指摘され、少ししょんぼりする。
そうか。もう手に入らないか。
薄っすらと和紙の作り方の記憶はあるが、道具とかも含めてあれを0から作れと言われたら、ちょっとムリだし。
材料もなにの木なのかわからない。
そこに力を入れられるほどの時間も無い。
渋々と地図は丸めて机の上に置き、ウィルから取返したメモだけを、再びポケットにいれた。
製紙工場はこの10年後、今のオクシタニー地方のエロー県に出来たという説が。でも、日本のwikiにしか見られないのでどうでしょうね。あるとしたら、モンペリエかな。
モンペリエは、その10年後くらいにアルビジョア十字軍が進軍しました。
※モンペリエ (AI による概要)
アルビジョワ十字軍の初期の目標の一つであり、十字軍は1209年にベジエを攻略した後、モンペリエへ進軍しました。アルビジョワ十字軍は、南フランスのアルビジョワ派(カタリ派)を異端として殲滅するために行われた十字軍です。
となっていました。
フィリップといえば、(多分物語にはしないと思うので先のことを少し。)
この戴冠式の約2年後の1182年4月17日、父親のルイがユダヤ人コミュニティに与えていた保護とは対照的にユダヤ人を追放したそうです。公式に示された理由としては、ユダヤ人が様々な災難の原因であるとされているが、真の目的は何よりも、ルイ7世の治世当初に非常に苦しい状態にあった王室の財政を補充することであった。(wiki:fr)
とあります。
フィリップ16歳です。




