二−43 マルマンド4
月明かりに照らされた波を、リシャールと眺めて過ごしたい。
そんな事を考えながら小窓から見上げる三日月は、ほっそりとて儚げで、心臓がギュッと握られたかのように傷んだ。
「リシャール。・・・おれ、死なないから。」
「ん? なんだよそりゃ。」
腕の中で見上げるリシャールが、優しく微笑みながら見つめてくれる。
「リシャールより先に死なないから。もし、死にそうになっても、リシャールのことちゃんと殺してから、俺も死ぬから。」
「ぷっっく、お前、何言ってるんだ? くっくっく、 」
「おい!信じてないだろ。」
「いや。信じてる信じてる。あっはっはっは。」
「信じてないな。こう見えても一回死んでるんだからな。経験がある分違うんだから。」
「ひっひっひ。う、初陣で、ハイになってそのまま布食って、喉につまらせそうになってたやつか、かはっっ。やべぇ! 思い出したら余計に笑える! はっはっは! 」
「ち、違うよ!! あれは!! むぐぐぅぅ。」
大笑いを始めるリシャールの隣に座ると、まぁいいか、とヘラリと笑う。
確かにあのときも死ぬかと思ったな。
もう随分前のような気がするけれど、ダクスでの初陣は、4年ほど前の話だ。
ここから4年後も、どうなっているかなどわかるはずもない。
「・・・信じられないかも、だけどさ。」
「うん?」
笑いすぎて涙がでいているリシャールだが、おれの醸し出す少し真剣な空気にどうした?という顔で覗き込んでくる。
話した所で、何も変わらないとは思うのだけど。
「おれがさ。・・・違う世界から来たって言ったら、信じる? 」
「違う世界? 」
「うん。違う世界で、一度、死んだ・・・。重くて、冷たくって・・・怖い・・・。」
漠然とした記憶だ。
痛みより、そんな恐怖を感じた。
真っ暗で、なにかに押しつぶされそうで。
冷たくて、寒くて・・・。
なにかに飲み込まれそうになる感覚に陥る瞬間に、リシャールの声が耳元で、光のように鮮明に聞こえた。
「・・・っていうのが何なのかわかんねぇし、まぁ、お前がどこから来たなんてのも、どうでもいいけどさ。・・・よかったよ。」
「?」
リシャールは寝転んだまま、手を伸ばし、おでこに触れたかと思うと、髪に優しく触れる。
その指は皮が固くてザリザリしていて、骨ばってゴツゴツしているけれど、暖かい。
「俺の所に来てくれて、よかったよ。・・・そんで、忘れんな? 俺は一人は無理だからな? 置いてくんじゃねぇぞ? 一人で暗闇なんて冗談じゃねぇからな。 」
「ふふふ。なんで偉そうにそんなセリフ言えるんだよ。さすがリシャールだな。」
全てを肯定してくれる。
こんなに幸せでいいだろうか。
一国の王子で、自分なんかに見合う人ではないのに。
あたたかな手のひらを両の手で掴むと、おでこに押し付ける。
涙が再び出そうになるのを、懸命にこらえるために、少しすねてみせた。
「ずるいよ。リシャール。」
「ん? ますます惚れたか? 違う世界とやらに帰りたいなんて言われたら困るしな。」
「言わない。そんな事。 」
再びリシャールに抱きつくと、リシャールもしっかりとおれを受け止めてくれる。
「なんだ? もう一度やるか? 」
「・・・うん。」
「え!? めずらしいな! いいのか? 」
「・・・うん・・・。」
「途中でやっぱりやめたとか・・・言うなよ? 」
「ひつこいな! いいって言ってるだろ! これ以上言うならやめちゃうよ! 」
「よし! 言ったな! 朝まで、飽きるまでだからな! 」
「・・・え・・・あ、朝まで? あ、飽きるまで?? って、え。今、なんじ・・・」
いいかけた言葉はリシャールの口によって最後まで発することは出来なかった。
それからは目まぐるしい毎日がやってきた。
新たな仕事として、宮廷音楽の編成を任されたのだ。
城塞に宮廷音楽は必要なのだろうかと問われると困るが、ピュルテジュネ家のエレノア王妃の息子であるリシャールが、トルバドールとして活動していることもあるが、やはり宮廷音楽は外せない案件なのだ。
そして、その仕事を請け負ったため、おれにつけられていた随従の子達はリシャール預かりとなった。
近年戦続きで、ボルドーに帰る事が少ない領主であるリシャールと接触がなかったせいなのか、民族性なのか、若さ故なのか、彼らは恐れ多くもリシャールに対して目に見えて敵意を出していた。
特に、新人研修の時に手合せをした一人である従騎士ローワンは露骨に不平を漏らした。
「我々は志願してジャン殿の随従になりましたが、なぜ、リシャール様預かりという形になるのですか? ジャン殿のお側にお使えするのが我々の任務であります。納得できません!! 」
成長期でまだまだ声変わりの途中の少しかすれた声で懸命に訴えるローワンと、その後ろで大きく首を縦に振りながら真っ直ぐ見つめてくるニコラとミシェル。
甲斐甲斐しく世話をしてくれたこの数日間ですっかり情が写ってしまい、弟のように可愛らしい彼らと離れるのは実際さみしい。けれど、騎士として生きていくならば、リシャールの側に居たほうが何かと経験が積める。所作一つとて無駄がなく軍神? 軍鬼? のようなリシャールと成長期に一緒に過ごすチャンスは絶対為になるはずだ。
赤いクセのあるふんわりとした巻き髪に手を乗せると、ローワンは感じの良い青い目でじっとりと下から睨みつけてくる。
そんな姿すら愛らしくて、頬が緩みそうになるのをキリッとこらえて厳しい顔を続ける。
「ローワン。聞き分けないこと言うなよ。 大体、おれが編成考えてる時はお前ら何して過ごすんだよ。日常生活ならおれは自分の世話は自分でするし、お前らの仕事なんて無いぞ。」
「・・・じゃぁ、オレもジャン殿のお側で楽器弾きます。」
「オレも!!」
「ボクも!!」
三人の真摯な眼差しを真正面から受けて、幼さを残す彼らの未来に思いをはせる。
「・・・ミンストレル*¹として、宮廷芸人になるつもりか? そうなると、おれが殿下と戦に出ることになってもお前たちは宮廷に残り、求められた演奏をするのが仕事になるけどな。」
ローワンの顔が赤くなり、表情は更に固くなる。
ニコラとミシェルも驚いた表情の後、うなだれた。
「お前たちはまだ、一人前の騎士としては旅は出来ない。戦士としての腕も、経験も、全てが足りてない。」
睨みつけるように見つめてくるローワンの頭に乗せていた手を下ろしてそのまま肩を強めに叩く。
ローワンは、挑戦的な顔で固まっていた。
そんな彼を見ていると、自分の身を守る事で精一杯だった2年前がふっと思い浮かんだ。
リシャールやペラン、そしてルーに守られながら懸命に戦った。
あの頃の自分よりもずっと若い彼らは、おれが経験した戦よりも、おそらく大きな戦を経験するだろう。
リシャールの今の状況は単純ではない。反抗する領主率いる小軍隊を一つ一つ潰す戦いとは違い、傭兵を要するような規模の戦をすることになるだろう。
この要塞もその拠点の一つとして作られているのだから。
そしてなにより、これからの戦において、リシャールの横にいたルーの穴が大きすぎる。
育成が急務なのだ。
「全く。お前らは贅沢だな。願っても殿下の元で勉強する機会なんてめったに無いんだぞ?
まずは一人前の騎士になって、楽器が弾きたければ、一緒に演奏しよう。・・・な? 」
ローワンは肩を落とすと、コクリと頷いた。
がっくりとうなだれる三人を眼の前に、どうにも顔が緩んでしまう。
はー。
可愛いなコイツら。
思わずローワンを胸に抱き、右手をニコラに、左手をミシェルに伸ばすと、3人まとめてぎゅっと抱きしめた。
自分よりも頭ひとつ分小さな彼らはびっくりして体を固まらせて慌てている。
「ジャ、ジャン殿! ちょ!! く、苦しい!! 息が!!」
「く、首締まりますって!! 」
「ジャン殿、握力強い強い! 肩に指食い込んでる!! ちょ!! おい、ニコラ!! ドサクサに紛れて足踏むなし!!」
「あ? 踏んでねぇし。」
赤い顔をした少年達が手の中で暴れている。
それを大笑いしながらぎゅうぎゅうと締め付けると、終いに悲鳴を上げ始めた。
「あー!! もう!! わかりました!! 」
「おれも!! さーせんでした!! 」
「もう文句いわないっす!!」
三人が口々にそう叫ぶので、渋々開放してやることにした。
そして熱気で上気した顔の三人を眺め、リシャールの真似をして、一人ずつ頭をぐしゃぐしゃと撫で回した。
「わかったなら、よし!! しっかり鍛錬してこい!! 殿下の元は厳しいぞ。常に体を動かしてないと気がすまないお方だからな。 頑張れよ。」
激励に、髪をぐちゃぐちゃのまま、顔を真っ赤にした三人は元気よく答えた。
『はい!!』
「よし!! 今すぐ殿下の元に行って、ポール殿が多分側にいると思うから、指示を仰げ。」
『はい!!』
元気に走り去ってゆく三人を眺め、ほんの少しさみしい気持ちになりつつも、次の仕事へと頭を切り替えていくためにある場所へと、足を運んだ。
※ミンストレル*¹ 領主の宮廷に仕える召使の一人で(文字通り、彼らの名前は後期ラテン語のministralis(召使)に由来し、まさに小さな召使を意味する)、その任務は、領主とその随行者をシャンソン・ド・ジェスト(遠い国のことを語ったり、現実または架空の出来事を語ったりする物語)や、それに相当する現地の歌で楽しませることであった。wiki参照。
https://w.wiki/E5VE
ローワンと、ニコラとミシェル。
オリジナルキャラ3人登場しました。
オリジナルメインキャラは今の段階で3人増える予定ではありましたが、彼らがその枠に入るのかどうかはまだ未定であります。
流れに身を任せましょう。
しかし、どんどん登場人物増えてます。
今のところ詳細設定ありの未登場人物含め、41人。
人物表印刷したら巻物になっちゃう。ヤダ。かっこいい。(武士の連判状で変換妄想中)
あれ、そういえば以前紙のことを描いた覚えがあります。(ep.18 二ー17 ロマンス 後書き)
この時代まだ羊皮紙かパピルスがメインの時代で、巻物としての保管はなかなか大変だったのだろうなと思います。
ちなみに日本は5〜6世紀頃中国(こちらは紀元前2世紀発明)から紙が伝わったらしいです。
この次の話で、楽譜という言葉が出ますが、当時のトルバドールの音楽(基本口頭伝承らしいけど)、ダニエルやリシャールの詩が残っている様子から多分羊皮紙に詩と共に音符記号的な記録があるのかなっと(文字的な資料を見た気もする)そんな妄想しました。
楽譜系はさっぱりで調べても全然読み取れませんでしたけど、即興でするにも、ある程度は共有してないとムリだと思うんですけど。どうなんでしょう。違ってたらすいません。あくまで妄想ですので。ご了承ください。
読まなくても影響ない短話0.5、小説家になろうの、ムーンライト(18R)にあります。
番外編《二幕》6(二ー43.5話)「一夜」(微)★
その他のこちらに上げられない番外編2.3.4(18R)もあります。
成人の方で抵抗なければどうぞ見てやって下さい。
《R18》テンプレ転移した世界で全裸からロマンスに目指す騎士ライフ 番外編集
https://novel18.syosetu.com/n4963ju/
20250707 あとがき追記




