二ー42 マルマンド3
「勿論、分かってることは沢山ある。前に親父がアンリの事話してたの覚えてるか?」
2年前のピュルテジュネ王のクリスマス宮廷に参加したときのことだろう。
ピュルテジュネ王の圧と、二人のギスギスした空気とでいたたまれない気持ちになったことまで、思い出せる。
「・・・うん。気には、なってた。子を成せるとは思ってなかったって。恋愛対象が女性じゃ無いって事かなって思ったんだけど・・・。」
「俺は、どっちもいけんだけど・・・、あ。今はお前だけだぞ? 昔の話だからな? 」
「・・・分かってるよ。」
「アンリは女だと勃たねぇらしいんだよ、俺、初めて男とやった時、アンリも一緒でさぁ。」
「え」
「もちろん、アンリとはヤってねえからな。」
「あ。・・・うん。」
「まぁ。そんな感じで、割とそういうのも俺達オープンだったんだけど。」
・・・爛れた生活を送っていたと噂は聞いたていたが、想像以上だな。
「だから、マグリットとのあの件があってからのほうが、アンリとしてはマグリットと子ども作る気がないとか言う噂を消すことができて、過ごしやすくなったんじゃないかとか、都合よく思ってたんだよな。どっちかというと、恨まれるとか、思ってなかったというか、甘く見ていたというか。」
まぁ、おれが初めてではないだろうことは知っていたし、そんなに気にはしないということにしたい。
けれど、100歩譲って複雑な気持ちになるのは許してもらいたい。
「ジャン。」
リシャールに呼ばれて顔を見ると、唇に柔らかな感触があたる。
「口がとんがってる。ははは。」
リシャールは笑いながら再び唇をつまむように優しく喰むと、軽い音を立ててキスをする。
ごまかされないぞ、と思っていても、長く離れていたからそんな簡単なスキンシップで、体が熱くなる。
何度かのキスを繰り返すうち、次第に深く長くなってゆく。
まずい、流される。
「・・・リシャール。まって。」
「ん? ・・・ダメだね。」
「ちょ!! リシャールってば! 」
「俺はもう待てねぇ。」
リシャールはおれをひょいと抱き上げる。
「わわ!! おい! 待てって! まだ明るいし! 」
「だって、ここまだおれの部屋ねぇんだもん。今しかねぇ。仲直りしようぜ。」
「別に喧嘩してないだろ! 」
「喧嘩じゃないなら、・・・そうだな。仲良くしようぜ? 」
「いや。言葉の云々じゃなくって! だってまだ話終わってないじゃん! 」
「じゃ、とりあえず、仲良くしてから、話の続きでもいいんじゃねぇか。」
リシャールは話をしながらもおれを抱えたままズンズンと回廊の奥へと進んで行った。
いつの間に寝てしまったのか、気がつけば外は真っ暗だった。
リシャールに連れ込まれたのは、炉のある掘っ建て小屋で、以前は神父様たちが教会ができる前に生活していた場所らしい。
開かれた窓から見える三日月はすっかり頂点あたりまでのぼり、隣で眠るリシャールを一緒に眺めている。
短く刈られた髪に、焼けた肌。
目の前にあるゴツゴツとした豆が出来た手のひらは、とても王子のものではない。
宮廷内のあれこれなどより、こうして城を作ったりと体を動かしている方が、彼の性分にはあっているのだろうなと思う。
もちろんそれは戦場でも言えることで。
いつも先頭で馬を走らせるリシャールについていくのはいつも苦労する。
リシャールの率いる軍は自然と彼に引っ張られるように強化されているのではないだろうか。
あんな啖呵を切ったのだから、戦の中でもちゃんと隣に居られるようにしなければいけない。
ルーの様には到底なれないが、ナバラでサンチョに馬の扱いを学んで、少しはマシになった気がしている。
しかし、乗り越えなければならない課題は多い。
ため息をつきながら前髪に触れると、リシャールの目がゆっくりと開いた。
「ジャン・・・。夢じゃ、ねぇよな・・・。」
「うん? どうした? 寝ぼけてるの? 」
「・・・何度も、お前が隣に寝てる夢を見てた。そんで夢から醒めたら、いつもお前居ねぇから。コレも夢なのかもしれねえ。」
リシャールがさみしげな顔をする。
なんだか小さな子どもがすねているような様子に、思わず頬に手を当てる。
「おれ、ちゃんと居るよ。大丈夫だよ。」
ボルドーに帰ってきたロベールが心配していたのがなんとなくわかった。
確かに、かなり落ち込んでいる様子だ。
こんな姿のリシャールは見たことがなかった。
「そうか。良かった・・・。」
リシャールの腕が確認でもするかのように背中に回される。
「今も、闇は怖い?」
「お前がいれば、平気だ。もう・・・遠ざけたりしない。・・・ジャン、少し痩せたんじゃないのか?」
ボルドーに帰ってから、暑さのせいで食欲がなかったから確かに痩せたかもしれない。
そう言葉にしようとした時、ツンと鼻の奥が痺れ、涙がコロリ溢れた。
本当は不安で怖くて仕方がなかった。
だけど、それ以上にそう思う自分が許せなかった。
ルーを目の前で失って、リシャールがどんな思いをしているのか、なぜ自分は側にいて支えてやれないのか、それが、情けなくて今までずっと、風邪だとか夏バテだとか誤魔化していた。
けれど、悪夢にうなされると、決まってダニエルが隣で優しく歌を歌ってくれ、食欲のないオレにディーダーは少しでも口にできる物をと心を配っていてくれていた。
皆にはお見通しのだったと、今頃気づく。
「リシャール。」
震える声に優しくリシャールが答えてくれる。
「ん。どうした?」
「もう、遠ざけたりしないでよ。」
ドスドスとリシャールの胸を拳で叩く。
相変わらずの屈強な体はピクリともせずに、ドスドスと大きな音だけが耳に響く。
「ジャン。独りにしてすまない。・・・お前まで、失いそうで、怖かったんだ。だから少しでも安全な場所にいてほしくて・・・。」
「リシャール・・・」
頬をすり合わせる様にしながら、リシャールが耳元で小さな声で囁く。
「ジャン。お前は弱くなんかねぇよ。俺のみたいに、怖がって動けなくならずに、ちゃんと自分の気持ちに素直に従って、ここまで来てくれたんだから・・・。」
その言葉に、リシャールを強く抱きしめる。
「うん・・・。おれは、安全な場所で待つことよりも、側ですべて見ておきたいんだ。リシャールの身に起こる事柄も、何を思ったかの感情もすべて、この体で知っておきたい。」
抱きしめた体が笑っているのか、小刻みに揺れる。
「・・・贅沢だな。」
「だって、一緒ならどこまでも飛べそうな気がするって、リシャール言ってたじゃないか。」
「そうだな・・・」
「そりゃ、高く飛べる時もあるだろうけど、落ちる時だってあるだろ? 二人で落ちたっていいじゃん。また、飛べばいい。」
「そうか・・・」
「そうだよ・・・リシャール、ねぇ、聞いてる?」
肩口にずっしりと体重を感じながら耳元で呟かれる単調な返事。
「リシャール?」
ゆっくりと肩を押し戻し俯いたままの顔を覗くと、瞳には涙が溢れ、そっと頬を伝って流れた。
「俺も嫌だ。お前がいない世界なんて、嫌だ。・・・お前を失うくらいなら、すべてくれてやる。全部置き去りにすんだ。それがいい。そうしたい。お前以外いらない。」
リシャールは震える手でおれの頬にふれ、確認する様に、言い聞かせる様にもう一度呟いた。
「ジャン。お前以外、いらない。」
呟くと同時に唇が触れ合う。
リシャールの涙は、なんだか甘い。
体の奥で甘い痺れを感じながら求め合うようにしばらく絡めあった舌が、つっと離れる。
互いの涙を舐め合うと、リシャールの胸に顔を埋める。
ー全部、置き去りに。
きっと、それは、心からの声なのだろう。もしかしたら、少し前のリシャールなら本当にすべてなげうってしまっていたのではなかろうか。
いつの間にか彼の背には多くの命が乗っている。
懸命に働く民に、誇らしげに旗を掲げる兵士。
ここマルマンドや他の地でも同様だ。
皆、貧しくとも、生きる期待に満ちた顔をしていた。
きっと、置き去りになんて、知らん顔なんて、もう、できない。
・・・けれど。
リシャールに抱かれながら呟く。
「・・・海がいいな。」
外から聞こえる虫の声に、波の音を重ねる。
「俺もそう思ってた。そんで、クジラ釣ろう。」
「あれ。バイヨンヌで漁師に誘われたの、本気で考えてたんだ。」
「ああ。でもあそこは駄目だな。ポールに見つかっちまう。うーん。あいつをどうするかが問題だなぁ。」
月明かりに照らされた波を、リシャールと眺めて過ごしたい。
そんな事を考えながら小窓から見上げる三日月は、ほっそりとて儚げで、心臓がギュッと握られたかのように傷んだ。
マルマンドの夏の月の軌道調べるのアレなんで適当です。
あと、方向音痴なので、月とか太陽とか、星を見ても自分が何処にいるのかさっぱりです。
必要に迫られたらわかるようになるかな?いやぁ、わかんねぇだろうな。きっといつの時代も方向音痴なやつ居ますよね。きっと。




