二ー41 マルマンド2
「お前がなくしたって言ってた指輪、ルーが見つけてくれてたみたいだ。」
「・・・そうか。おれが嬉しげにリシャールから新しくもらったやつを見せたから・・・。なくした指輪見つかった事、言い出せなかったのかな。ルーらしくないよ。気を使わなくていいのに・・・。」
手のひらに収まる指輪は冷たくて、無性に悲しい気持ちになる。
「よく磨かれてるね。」
「そうだな。・・・手入れをしてくれてたんだな。」
手のひらの指輪はよく磨かれており、窓から差し込む太陽光を受けてキラリと光を放った。
台の上の布でぐるぐるに巻かれたルーの指と、手のひらの指輪をぼんやりと眺めていると、リシャールの静かな声が落ちてくる。
「・・・ジャン。これ、俺が持っててもいいか? ウィリアムの話では、『俺に、』って言ってたらしいんだ。」
「・・・うん。リシャールが持っているべきだと思うよ。」
そう答えると、リシャールは少し安心したような顔をする。
「そんで、何かあった時、これを誰かに持たせるから、そん時は・・・」
聞き捨てならぬセリフに、リシャールの言葉を遮る。
「ちょっと待ってよ。・・持たせる? ・・・なんだよ、それ。」
指輪を握りしめた手が震え、それに触発されたように、どす黒いモノが這い上がるような感覚に陥る。
マルマンドに来るまでに追い払うことの出来なかった不安が心を支配する。
「おれ、リシャールの側にずっといるつもりなんだけど。リシャールは、同じ気持ちじゃないのかよ。それに『何かあった時』って、どういう事? 」
見上げたリシャールの顔は、相変わらず笑顔が張り付いたままだ。
この顔は知っている。感情を殺しているときの顔だ。王子のふりをしている時の顔だ。
政治や謀略を張り巡らされた世界に居るときの彼だ。
「そのまんまだ。俺が死んだら、だよ。ジャン。わかるってるんだろ? 今回の刺客を出したのは兄貴である、アンリだった。それがどういう事か。・・・安全な場所が限られてくる。・・・俺の側は危険だ。」
諭すように手が頭に触れるのを振り払うと、指輪を強く握りしめたままリシャールを睨みつける。
そうでもしないと、泣きそうだった。
「わかってるよ! でも! そんな・・・、おれは、これからずっとリシャールの帰りを待って暮らすの? 安全な場所で? リシャールの帰りを祈ってろって? そんなの!! 嫌だよ!! ・・・それとも、おれ、いらなくなったとか? それならそう言ってくれたほうがいい。 リシャールの側で、できるだけ邪魔にならないようにするから! 」
リシャールがため息をつく。それは物わかりの悪い子に呆れている、そんな表情で。
「そんなんじゃない。・・・失うのが怖いんだ。お前を失ったら、俺は・・・。」
「・・・側にいていいって言ったのに。」
ルーの指の入っている箱を閉じると、足早に回廊へ向かう。
こんな場所で、こんな言い合いはしたくない。
ましてや、ルーの目の前で。
手のひらの指輪がなんだか熱い。
以前ルーと二人で旅に出た光景が頭に浮かんで、寂しさと情けなさで涙が溢れた。
毎回、これだな。
リシャールと言い合いになるといつも同じだ。
こうしてすぐに逃げ出している。
いや、リシャールと出会う前も。
まるで昔の自分に戻ったかのような気持ちだった。
この世界に来る前の、何もかも諦めて逃げ出し、全てから阻害されているかの様に感じていたあの頃みたいに。
祭壇脇にある部屋を横切ると、中庭をぐるりと取り囲んだ回廊へと出た。
緑の木々に、白い石の回廊が涼しげに広がる。
モヤモヤとした気持ちが少しずつ晴れていく。
そう、今の自分はあの頃とは違う。
だって、追いかけてきてくれるってわかっているから。
ここが自分の居場所だって、わかっているから。
「ジャン!!」
リシャールの声に振り返る。
「リシャールらしくないよ。変な笑い方して。」
「は??」
「何、物わかりのいい子のフリしてるんだよ。リシャールはそんなんじゃないだろ。いつでも誰だって巻き込んで、自分中心で動いてるくせに。」
「いい子のふりなんてねぇし、俺中心に動くなんて当たり前だろ。けど今までと違うんだよ。・・・お前を守りたいんだよ。」
「おれだってリシャールを守りたいんだ!」
「だから、そう言って俺の代わりになって、お前まで失うことになったら、とても正気じゃ居られねぇっつってんだよ!」
「ほら。正気、だなんて、いい子になろうとしてるじゃないか。」
「おちょくってんのかよ。この野郎。」
リシャールの張り付いた仮面が剥がれ、怒気が瞳に宿る。
まるで鬼神のような顔つきだ。
「単純な話じゃねぇんだよ。これは戦争なんだ。 こっちの内情はすべて知られてるんだ。弱点突くのが、弱らせて丸め込んで飲み込むのがあいつらの常套手段なんだよ! 」
そんな鬼神に対峙しても、おれは、ひるまない。
これが、彼の素直な感情が表に出た顔だ。
攻撃的で、自分勝手で、けれど不器用で優しくて、誰にでも平等で。
おれが心から愛している彼の本当の顔だ。
「おれは、リシャールの強みになりたいんだって言ってるんだよ! おれが居たら、リシャールが弱くなるなら、そうならないようにしたい! おれは弱点にはならない! 」
この世界に来て、変わっていく自分が好きになった。
けれど、ずっとリシャールの側にいたいと思う気持ちは変わらない。
そんな変わらない思いを抱いていくために、自分は変わるんだと、リシャールの存在が教えてくれた。
弱点だと言うなら、それを強さに変えてみせる。
リシャールが目を見開いて見つめてくる。
怖い。
いや。怖くない。
ここは絶対負けられない。
長いような短い時間、しばらくそのまま見つめ合ったままだったが、先に目を反らしたのはリシャールだった。
ため息をつきながら、内庭と回廊を仕切る柱の横に腰掛けるとくつくつと肩を揺らして笑い始めた。
「いい子か。・・・確かに、そうかもしれねぇな。俺らしくねぇな。正気じゃなくなりゃ、狂えばいい。」
狂われては困る。
自分でふっかけておきながらリシャールの言葉に少し不安になる。
不安な気持ちでリシャールを見ていると、持っていたルーの小袋を開け、指輪を中に入れろと促す。
小さな袋に再び指輪がコロリと落とされ、再びその紐を首へかけると俯いたまま呟いた。
「・・・悪かった。お前は弱みなんかじゃない。」
「・・・うん。」
リシャールの手が伸びてきて、引き寄せられて、自然と彼の片膝の上に座らせられる。
土の匂いのする柔らかく少し伸びた髪を両腕の中に抱き込むと、リシャールの低い良い声が胸に響いた。
「ずっと、お前に会いたかった。・・・けど。それと同時に、怖かったんだ。」
「そっか・・・リシャールにも、怖いことがあるんだ。」
「ははは。」
ずっと、こうして触れたかった。
そんな気持ちと、笑うリシャールの声が胸をくすぐり、先程の不安などどこかに飛んでいってしまう。
リシャールの存在が、乾いた心に染み入って、体が潤っていくのがわかる。
リシャールも、同じ思いだと良いな。
おれの気持ち、伝わったかな。
存在を確かめ合うような時間を区切ったのは、リシャールの意外な言葉だった。
「俺、実は。すっげぇ怖がりでさぁ。」
「ええええ? こ、怖がり? こんがりじゃなくて? 」
思わずリシャールの顔を覗き込み、日焼けた肌にふれる。
「ははは。なんだそりゃ。そんなに焼けたか? まぁ。ずっと炎天下での作業だからな。」
少しバツが悪そうで、それでいて、懐かしそうな表情でリシャールが続ける。
「・・・ちびの頃なぁ。外は平気なんだけどさぁ、城内の暗がりが怖くて怖くて。兄貴にいつもついてきてもらってた。」
「兄貴って、アンリ様・・・? 」
「・・・うん。」
「あいつには全部知られてる。俺の弱いところも、得意なところも。だけど、俺はあいつのことがわかんねぇんだよ。何考えてんのかも、全然。」
「・・・」
「勿論、分かってることは沢山ある。前に親父がアンリの事話してたの覚えてるか?」
2年前のピュルテジュネ王のクリスマス宮廷に参加したときのことだろう。
ピュルテジュネ王の圧と、二人のギスギスした空気とでいたたまれない気持ちになったことまで、思い出せる。
2年前のクリスマス宮廷は「第一幕」ルーアン章41話です。




