二ー40 マルマンド 1
ジリジリと照りつける太陽に背を向け座り、水面に手を伸ばすと、冷たくキラキラした雫を飛ばしながら波紋を描く。
このガロンヌ川の源流は、アクテヌ公国の南の大地に高くそびえる、ピレーネ山脈を源流とするらしい。
大きな川を登りながら、つい数ヶ月前までいたピレーネの山に思いを馳せ、濡れた指から落ちる雫を空に向かって投げると、太陽にキラキラと照らされながら滑らかに水面へと吸い込まれていった。
ボルドーからマルマンドへの航路は、水流と逆行した形となるのだが、ちょうど水位の下がるこの時期に風を掴んだ帆で進めば問題はない。
早朝出発して、夕方前に港に到着する具合だ。
荷下ろしもそこそこに他の者に任せ、ウィリアム・ロンシャン(通称ウィル)にダニエル・アルナート(通称ダニエル)と、若い従騎士達を連れ立って、マルマンドへと入った。
町は生き生きとした声で溢れている。
ここにいる民たちは、新境地を求めてマルマンドへとやって来たのだ。
たとえ今は肉体労働がメインだとしても、自分たちの街を造っているという気概が感じられ、町の空気は心地よい。
それはもちろん、ここの旗印である男の、贔屓目を度外視した、力量なのだ。
人を惹きつけ巻き込む力に、王命に従い数々の城を破壊してきた経験も加わり、このマルマンドの要塞には、無駄がなく機能的だが堅牢さも兼ね備えた素晴らしい城壁が街を囲うように建設されている。
「ジャン! ジャン!」
キョロキョロとしていると、聞き慣れた声がする。
手を振る大男が見えた。
勢いよく走り寄ってきたリシャールに抱きしめられる。
ベタベタの体と汗の匂いが懐かしくて、大きな背中に手を回すと、しっかりとリシャールを抱きしめかえした。
「リシャール、作業の人たちに紛れてわからなかったよ。」
「ははは! そうだろう。俺がいなけりゃ進まねぇからな! 」
景気の良い声と、優しく頭を撫でる手の暖かさに、声が潤む。
「・・・勝手に来てごめん。でもね・・・」
「ああ、細かいことは後でいい。」
頭を撫でていた手がそっと頬を撫で、キスをするのかと思うほど近づいてくる顔に、ドキッとする。
しかし、リシャールはくるりとおれの体を回転させトンと肩に顔を乗せ、嬉しそうにくつくつと笑うと、耳元で良い声を響かせた。
「ジャン来いよ。案内してやる。」
そう言うと、肩を押して前方の建物へと移動を始める。
「おいおい! リシャール! オレ達には何もなしかよ! 」
ダニエル文句が聞こえる。そういえば、追従の子達もまだリシャールに紹介できていなかった。
彼らの存在をすっかり忘れてリシャールに抱きついたりしてしまった自分に今更ながら赤面する。
キスされなくて残念な気持ちがあったが、結果的にはそれで良かった。
「り、リシャール、あの、彼ら従騎士の・・・。」
「おう。わかってる。ダニエル、ウィル、そんであとは・・・その他。おつかれぇ。」
頭の上ではリシャールが笑いながら、後ろに向かってねぎらいの言葉のような物を発しているが、ガッチリホールドされた体は振り向く事もできずにどんどん彼らから離されていく。
「全く。あんな奴によく着いて行くぜお前ら。」
ダニエルがブツブツと文句を言っているが、案外彼は面倒見がいいので、若い従騎士達のことはダニエルに任せても良いだろう。
リシャールに逢えた喜びで顔が緩んで締まりがない顔をしている自覚があるので、そんな顔を彼らに見られずにすんで良かったかもしれない。
一応おれの部下になるわけなので、そのあたりの威厳は保ちたいものである。
そんな締まりの無い顔をほころばせながらリシャールを見上げた。
「あの子たちは、おれの従騎士候補生なんだ。ロベールが選考してくれて今回、帯同することになったんだ。」
「ふーん。・・・まぁ。そうだろうな。・・・必要だよな・・・。納得いくかどうかは別として・・・。」
「 ? 」
少し不満げな顔のリシャールだったが、程なくして足を止めたのは、中央に鐘楼のある教会の前。
青い空を背景にした真新しい教会はこじんまりとしているが、白い石が美しい。
隙間なく均等に天井まで敷き詰められた四角い石は、緊張感を、そしてそれ以上に権威を感じる。
教会の資材は土地にある石や近隣からも調達するが、それでもなければレンガなど作って代用するのが通常らしい。しかしピュルテジュネ家が関わると、威厳というものもあるというらしく、ボルドー近郊のサン・テミリオン*¹から運んで来ている石灰岩が使われている。今回の荷でもポールの指示で大量に運び込まれていた。
「マルマンドで一番最初にできた建築物だ。俺は最後でいいと言ったのだが、教会がないと民たちは何も始められないらしいからな。まぁポールが石灰岩を用意してくれたから早く出来上がったって事もあるが。」
「レンガ使うのも別に悪くはないと思うけどね。でも、やっぱり。新しい石灰岩キラキラしててすっごくきれいだね。」
「後で回廊も行こう。なかなかあそこもきれいにできている。」
そう言うとリシャールは教会の門をゆっくりと開ける。
中に一歩はいると、ひんやりとした石が吐き出す空気と静寂とが肌を撫でてゆく。
自然と気持ちを厳かにさせる場所だ。
宗教とは無縁の生活をしていた自分だが、初めてこの世界にたどり着いた時にお世話になったのが教会だったせいもあり、いつの間にか信仰に近い気持ちが芽生えている気がする。
疲れ、傷ついた気持ちを、この美しさが救ってくれるという事実を知っているからかもしれない。
見上げる高いステンドクラスからは太陽の光が注ぎ込み、白い石の壁にきれいな模様を描いている。
まだミサの時間には少し早いので、人の姿は見えなかった。
「神父様もいるんでしょ? ボルドーから呼んだの? 」
祭壇あたりまで先を歩くリシャールに声をかけるとゆっくりと立ち止まって振り返る。
薄汚れた軽装の姿だが、相変わらず凛々しく、教会という場所に佇むだけで絵になるリシャールを見つめるとなんだか頬が熱くなる。
神聖な場所で頬を赤めるなんて。
リシャールに逢えて浮かれている自分に気がつくとともに、リシャールの違和感にも気がつく。
なんだか、距離を取られている気がする。
抱きつきはしたけれど、久々に出会った恋人というより、馴染のそれにするものと変わりない。
ざわざわと心が波立つ音が聞こえた気がした。
「いや。呼んではない。タイユブルから来た神父殿だ。あそこを焼き討ちにしたときに居た神父殿だが、どうも懐かれちまったようでな。あいつはたぶん現場で作業中だろ。まぁ、よくやってくれてるよ。」
リシャールが嬉しそうに笑う。
神父は町の要と言っても過言ではないかもしれない。
その人物が信用に足りるということは、何よりも安心だろう。
しかし、その笑顔もなんだか張り付いたものの様に見えてくる。
ロベールが言っていた様子がおかしいとはこういう事だろうか。
ゆっくりと近づくと、張り付いた笑顔のまま、まるで距離を保たれているかの様にリシャールは祭壇へと上がっていく。
「ここに、・・・俺の左腕の墓にする。」
「左腕・・・。」
すぐにルーの事だと気がついて胸がぎゅっと苦しくなる。
いつもリシャールとルーが二人並んで歩くとき、自然と左側をルーが歩いていたからだ。
「・・・でも、ルーはロンセスバージェスに・・・」
「ああ。こっち来てみろよ。」
張り付いた笑顔のまま手招きをするリシャールの側に行くと、台の上に小さな木箱が置かれていた。
そっと開けると、布にくるまれた小さな棒が入っている。
「これ・・・。」
「流石に腕は無理だから・・・ルーの、指だ・・・。」
そしてリシャールは汗で張り付いているシャツの首元を寛げ、首から下がっていた見慣れない紐を引っ張り出すと、頭を抜いて眼の前に垂らして見せる。
紐には見覚えのある小さな袋がぶら下がっていた。
「・・・これ・・・。」
「うん・・・ルーが、持ってたものだ。」
「見ていい?」
頷くリシャールから袋を受け取ると、口を開けて手のひらに傾ける。
袋からコロリと乗せたものに、息が止まった。
それは、向かい合う2匹の狼の彫刻が施された懐かしい指輪だった。
不定期投稿にしました。
どうも気分が乗らなく、おしりを叩かれないと? とか。
あと、モチベーションも大事かなって。
読んでもらえるって思うと頑張れます。
*¹サン・テミリオン
参考:https://www.hasegawadai2.com
ヨーロッパの世界遺産/フランスの世界遺産/サン-テミリオン地域/




