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二ー3 タイユブル要塞ー回想

 サントンジュ地方の春は暖かく穏やかだ。

冬が終わり、待ちに待った春がやってきたというのに、杖を付いた老婆の見上げる曇なき晴れた空とは裏腹に、状況は暗雲を垂れ込めていた。

 サントンジュ地方のちょうど中心あたりにあるこのタイユブルは、常に戦いの渦中にある。

わずかに平和な日々があったのも数十年前。

 老婆はぼんやりと空を見上げながら思い出す。

それはそれは美しいアクテヌの姫と厳格なカペーの王子の婚姻後の寝所としてこのタイユブルが使われたのも、つい先日のように感じる。

 厳かな雰囲気の、優しい王子だった。

それが、いつの間にかアクテヌの姫がそのカペーの王を見限り、この土地の権利と共にピュルテジュネの物と変わった。

 そうしてこの土地は時代に翻弄され、幾度目かの戦乱にみまわれる。

家族はもう、すでに失った。

 老いぼれた体を再び折り曲げ、老婆は杖に身を預けながら、急き立てられながらも尚、石畳を一つ一つ数えながら歩く。


 物々しい出で立ちの屈強な男達に囲まれ、一箇所に集められた領民達は不安そうな顔をしていた。

いつもの戦闘とは明らかに違いを感じている。

 荒々しくなだれ込んできた侵略者は、家に入ってくると剣を突きつけ、殺すのではなく、外に誘導された。

不運にも剣の餌食になった者もいたが、獲物を食らった剣の持ち主は、赤いコートを羽織った男に、その場で粛清され、女の衣服を剥ぎ、乱暴しようとした者は同じく赤コートに完膚なきまでに殴り飛ばされていた。


 一人の年若い赤子を抱える母親も等しく、不安な表情であった。

肥沃だが、度々戦果に見舞われるこの土地は、けして暮らしやすいとは言い難かった。

戦火になれば、食料も奪われ、夫も兵卒としても使われる。

そして、何より女の身で戦場を過ごすという事は、屈辱を経験するという事だ。

 母親はギュッと布に包んだ小さな命を抱きしめた。

この命だけは、守らねばならない。

自分がどうなったとしても。

 力の入る肩に、ぽんと優しく、暖かな手が載せられた。

振り返るとそれは、穏やかな微笑みをたたえた、神父の手だった。

 彼はいつも自分たちの側にいて、支えるように祈ってくれる。

その穏やかさと、暖かな手の体温を感じ、少し安堵すると母親は愛しい我が娘に優しくキスをし、再びそっと抱きしめた。


 神父は人垣から進み出て、先頭に立つと、声高らかに叫ぶ。


「我々をどうしようと云うのか! 」


 彼は、神に身を捧げていた。

城の城壁から幾分も離れていない場所にある農地。

それらを耕す農夫達は、近年の人口増加に伴い、城壁から外での暮らしを強いられていた。

そんな農夫達のために、祈りを捧げる場所を提供し、施しを与えるのが、彼の仕事だ。

 彼の教会も城壁の外にある、小さな掘っ建て小屋だ。

城壁の中にはもちろん、立派な作りの大きな教会はある。

しかし彼は、私腹を肥やし、覇権を争うことにのみ留意する上層部に嫌気がさし、外に出ることを買って出た。

 ここ数年、天候にも恵まれ農作物の出来も良い状態が続いる。

外から訪れる人も増え、城内には様々な店も増えて、活気づいている。

 それらはこの農夫達の力があってこそであるという事を、城の中でのうのうと暮らす者たちはわかっているのだろうか。

わかっているとすれば、このように、彼らを締め出したまま、城門の扉を締めたりはしないだろう。


そう。彼は憤怒していた。

城壁の内に居る愚か者たちを。

そして、目の前の侵略者を。


「おう。勇ましい神父様だな。」


剣を構える男達の後ろから、低いが良く通る声が響く。

すると男達が開けた道を、大きな黒い馬に跨った眼光鋭い、大きな男がゆっくりと現れる。

 赤いコートが翻ると金色の刺繍の三頭の獅子が眩しくひかる。

その紋章は誰もが知っている。

同じ模様を着けた者もいく人かいるが、一目で解る。

彼が、かの獅子王子「リシャール」であることが。


「・・・我々には交渉の余地はあるか! 」


神父はその威圧に飲み込まれまいとするが、声がわずかにうわずる。

 

「ああ。単刀直入で良いね。交渉というか、まぁ、提案だな。お前たちに交渉するに値する物なんて、持ち合わせていないだろう? 

お前たちのその存在が、交渉に値するって言うなら、それは間違いでは無い。だから、まぁ、これは提案だ。拘束力はない。受けるか受けないかはお前たち次第だ。好きにすれば良い。」


 そう言い終わると、横に陣取っている同じく赤地に獅子の刺繍のコートを羽織った男が馬に乗ったまま少し前に進み出る。


「では、提案に入る。

ガロンヌ川のあたりに新たな要塞都市を作る計画を立てている。

ここからだと、少し遠いが、2日も歩けば着くだろう。自ら土地を切り開いてもいいし、すでに切り開いてる者たちと合流するのもいい。

 そこは、お前たちのように戦火によって土地を奪われたものや、不当な迫害を受けている者たちも権利を奪われるとこなく暮らせる土地を目指すものとしている。

 お前たちが良ければ、其処に新たな土地を与えよう。

また、新たな土地など、考えもしない。ここに残りたいと、云う者もいるだろう。それは止めはしない。

 ただ。

今からここは農地もろとも全て焼き払う。備蓄があるなら持てるだけ持って逃げよ。

逃げぬ者は、戦う意志があると判断させてもらう。」


言い終わると、男は元いた場所に下がる。

必然的にリシャールが先頭に立つ形になり、再びその場に緊張が走る。


「剣を持つか。新天地に向かうか。2つに1つ選ばせてやる。」


 大きな声でそう言うとリシャールは剣をスラリと抜き、馬上で悪魔の如く不敵に微笑むとペロリと舌なめずりをする。


「さぁ。やろうぜ。骨までしゃぶり尽くしてやるよ。」


悍ましい程の空気がその場を凍てつかせた。





 シャラントに到着して1日が終わろうとしていた。

のどかな田園風景は一転して黒々とした炎に包まれ、タイユブル要塞と空を赤く揺らしながら染めている。

 城壁の外に取り残されていたのはほとんどが農夫だったようで、神父に引き連れられて、その殆どが淡々と旅立って行った。僅かなものが不穏な動きを見せていたが、リシャールに剣を向けることの出来る者はおらず、リシャール達もその様な者たちに気を配ることはしなかった。

 そんな事よりも業火を肴にどきを挙げたり、踊ったりと馬鹿騒ぎを続けた。


煽りに煽り夜が更けても業火の元騒ぎ続けたリシャール軍は、夜半頃、ようやく疲れて寝静まったように、静寂を迎える。


翌日、朝が来ると同時にタイユブル要塞の城門が動く。

騒ぎ疲れて眠りこけている所に不意を突こうという作戦だったようだが、むしろそれがこちらの策だった。

門の開き架け橋が降りると同時にタイユブルの騎馬が走り出てきた。

タイユブル軍の奇襲にリシャール軍は慌てたふりをして迎え撃つと、門のすぐ脇に潜んでいたリシャール軍、ルーの率いる分隊が門を制圧にかかった。

 短時間で門を制圧した分隊からの合図を受けて、焼けた民家に潜んでいた兵がタイユブル軍へと襲いかかる。

城壁の外で戦闘をしていたタイユブル軍は、伏兵と、門の分隊に気が付き、要塞へと撤退を始めたが、すでに門は占拠されており、ルー部隊と追撃して来るリシャール軍とで挟まれたタイユブル軍は逃げ場のないまま乱戦となり、そのまま要塞内へと流れ込んだ。


 その後は混乱を帰した要塞内を、リシャール軍は暴れまわり、数時間もせずに占拠したのだった。









ちゃんとした戦闘シーンは初めてかと。ジャンはきっとリシャールの側に居たと思います。

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