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二ー34

 リシャールがナバラを出てから幾日かが過ぎた。

ランスの美しく整えられた街並みに植えられた街路樹は、若葉が初夏の日差しを受け、キラキラと青い空を明るく光らせている。

 そんなランスの城は王が常駐するわけではないので、至って簡素な造りをしている。

一応塔のようなものもあり、罪人を捕らえ、厳しく罰せるための部屋もあるが、ポール、ペランその他従臣達は、塔の上、比較的光の入る埃っぽい部屋に監禁されていた。

 捕らえられたというよりも捕虜らしく、食事も与えられ酒はないものの、仲間内で話たりすることも出来る幾分扱いの良い状態と言ってよかった。

 そこに激しく暴行を受けた痕跡のあるずぶ濡れのロベールが投げ込まれてきたのは、2日ほどたった午後だった。


「ロベール!! 」

「・・・ああ。良かった。お前ら・・・。無事だな・・・。」


ロベールは寒さで震える季節でもないのに、ブルブルと震えている。

ポールは鉄格子を閉める男に怒鳴りつけた。


「おい! こいつ、このままだと体が冷えて傷を癒やせずに死んじまう。着替える物くらい寄越せよ! ・・・オレたち捕虜だろう? こいつはサブレの領主だ。後々の交渉の為に、死なせないほうが良いと思うが。 」


その言葉に反応したのは鉄格子を締め終わった男の後ろからひょっこりと姿を表した青年。


「そのくらいわかっていますよ。そして、これ以上リシャール殿を刺激しないほうが良いってこともね。」


その青年、フィリップがそう言うと、再び鉄格子が開き衣服を投げ込まれた。


「後で医者もよこしますよ。」


 ポールは舌打ちをしながらもロベールを介抱する為に衣服を脱がす。

鍛え抜かれたたくましい体には顔以上に痛めつけられた跡が残っていた。

 ポールは目で合図すると、ロベールの他の者に任せ、足につけられた鎖をジャラリと鳴らしながら、フリップの立つ鉄格子の扉へと近づくが、鎖の長さが後二三歩分足りない。

それでも鎖いっぱいに伸ばしながら挑発的な態度でフィリップに凄む。


「ずいぶんとひどくやってくれたな。リシャール様が手を出したのは、よほどの人物と言うことか。」

「・・・そうですね。 リシャール殿にとってのルー殿と同じくらい、には重要な人物ですね。リシャール殿のそのへんの嗅覚には舌を巻きますよ。まぁ、野生の勘みたいな感じでしょうけど・・・。ロベール殿からお話は聞いたのですが、リシャール殿の行動背景に少し興味が湧きました。ポール殿に詳しくお話いただこうかと、思いましてね。」


 威圧にも臆することなく飄々として受け流すフィリップに、ポールは好敵手を目の前にしたときの様に血がたぎる。

ポールは思わず面白くなり、くっくっと笑った。


「ふん。賊党の言い分は聞く耳持たないんじゃなかったのかよ。」


フィリップは両手を上げ、「降参ですよ。」と言いながらニッコリと笑った。


「ナバラでリシャール殿が刺客に襲われ、ルー殿が犠牲になられたとか。そしてその刺客に、我々カペー家の紋を持つ者がいた。という話でしたね。・・・リシャール殿はすぐに相手の策略にのってしまわれますよね。全くちょろいと言うかなんというか。」

「ああ。それは否めないな。」


ポールの答えは、リシャール襲撃にカペー家が関わっていない事を確信していると受け取れる。

これは、リシャールとフィリップに対して誰かが仕組んだ策略だと。

フィリップはため息を付き、鉄格子を前に、後ろの壁にもたれかかりながら腕を組み、少しゆったりとした態度を見せる。

ポールはそれを見て、床に座り込んだ。

なんだかんだと、二人は長い付き合いだ。

ポールにしてみればフィリップはよちよち歩いていた頃の記憶もある。

リシャールの弟であるジョフロアとともに、ポールの中では幼い弟のような思いが抜けきらない。


「最初は、いつものリシャール殿の悪い冗談だと思っていたのですけど、冗談にしては本気度が高い。おそらく森に逃げ込んだのであろうと踏んでいるのですが、痕跡がきっちり消してある。まさかとは思いましたけど、ルー殿の仕返しにクリストフを奪おうと・・・。そういう事ですよね。 」

「申し訳ない。私の責任だ。主の行動予測を見誤ってしまった。」


座り込んだまま頭を下げるポールにフィリップは小さく息を吐くと首を振った。


「予測不能な方なのはよく知ってますから。・・・分析が出来るのは、ルー殿を殺した刺客がどこの誰かわからないが、とりあえず手掛かりである私達に、事の真意を確かようと来た。が、激情が抑えきれずに目に止まったクリストフを攫った。そしてあなたは、主の激情が収まらない事を承知で、我々相手に発散させればいいと思っていたが、想定外の事が起きた・・・。と、そんなとこですか。・・・全く。我々にしたら貧乏くじですよ。」

「・・・返す言葉もない・・・。だが、これだけは言える。クリストフ殿に危害を加えたり乱暴な事はしないはずだ。」


その言葉に、冷静な表情をしていたフィリップの眼に光が走る。


「・・・っは。 もう! 丸二日だぞ! 彼の今までの素行を考えろよ! とてもじゃないが信じられない! 」


 フィリップは拳を握りながら、ポールに向かって声を荒げ怒り吐き出す。

そしてもどかしそうに歯ぎしりをした後、今度は深く息をしながらゆっくりと拳を開く。


 それは彼のまだ稚さ故の情動のアンバランスさを表している。

怒りを受け取りながら、ポールは少し安堵する。

 リシャールが臙脂えんじ色に照らされる黄金の獅子ライオンならば、彼は巣穴の暗闇で全貌の測れぬままのそりと首をもたげ禍々しく瞳を光らす何者か。

全貌が現れた時、ただの蛇か、はたまた先程の印象を受けた様なのドラゴンなのかわかるだろうが、それがリシャールにとって、どの様な存在となりうるのだろうか。


ポールはコクリと喉を鳴らす。


そんなポールの思いに気がつくはずもない目の前の青年は、懸命に己の感情を抑えるよう努め言葉を吐く。


「この策略を仕掛けた人物は、私とリシャール殿が仲違いをするのが目的なんでしょう。だから、その策に乗りたくはないのですが・・・。リシャール殿は、本当に。」


フィリップは再び冷たい表情に翠色を強く灯らせた瞳で暗い壁の一点を睨みつけた。


「相手の嫌な所を突くのがお上手ですよ。」







あとがき考える時間ありませんでした。


誤字修正(2024.07.10.)

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