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二ー33 回想

 ボルドーから遥か南東位置するここランスの街は、別名「王の都市」と呼ばれて680年ほど前から王たちの戴冠式が執り行われている都市だ。

 街は戴冠式を間近に迎えているというのに、祝賀ムードも乏しく、ただバタバタと人々が忙しげに動いている。

 通常このようなイベントを迎えると街は活気づき、露天などが道に並び、祝の品と言った商品を並べる行商や、それらを買い求める者などで街は人で溢れ、否応なく祝賀ムードで盛り上がるというのが通常なのだが、むしろ今はその祝賀ムードを控えるかのような様子だ。

 戴冠式を執り行い、晴れて王となるのは、カペー家長男フィリップ。

病を抱えながら、この戴冠式を準備したのは父親カペー王ルイ。

しかし、病床にある王の力は弱くフィリップの母親であるアデラ王妃と叔父の力は強くなっていった。

正当なる第1王位継承者、フィリップの戴冠なのだが、これに意義を唱えるアデラ王妃たちの圧力により、商人たちは規制され、王妃に許しを得た限られた者達だけが街に出入りすることができるが、持ち込む商品は厳しくチェックされるという状況に街は活気を失った。

 その閑散とした雰囲気に、数日前に訪れた物々しい一団も一役勝っているだろう。


 黒い馬に乗った大きな男が外套を風になびかせながら、街道の真ん中を人々を蹴散らすかのように傍若無人に駆け抜けてゆく。

 その後を遠慮がちに追従する数名の騎士達。

その行く先にあるのはランスでの戴冠式のおり王族達が使用する城だ。

城門で一悶着後、賓客であるピュルテジュネ第二王子であると認識され、城内へと通されたリシャールは追い立てるように大股で歩きながら、小走りに走る案内人と争うように大広間に向かっていた。

 その途中である。

美しい金色の髪が目に入った。

 無造作に後ろで束ねられた金色の髪が揺れ、白いおでこから耳に向かって流れる様にカットされた前髪を乱しながら、少年が驚いたように振り向くと道を譲った。

リシャールの歩みが止まる。


「お前は・・・。」


そう言うとリシャールは少年の胸ぐらを掴むと、身を屈め、鼻先が触れるほど顔を近づけるとギラリとした瞳で睨みつけた。

この様に睨みつけると、大概の者は顔を青くし、震えながら力なく地面に這いつくばる。

しかし、少年は困惑した顔をしつつも、その瞳を正面から見つめ返してきた。

リシャールは片側の口角を上げ楽しげに短く笑う。


「二度目だな。」


そう言うとリシャールはその少年をヒョイと肩に抱えあげると、くるりと来た道を戻り始める。


「・・・は?? 」

「えっ・・・? 」

「?・・・リシャール!? 」


驚いた声を上げ、その場の者はこの状況に混乱し動きを止める。

そんな中、一人動いたのはポール。


「おいリシャール! なんのつもりだ! 」


そう言いながら、リシャールの腕に触れようとする。

その反応を合図に、リシャールは駆け始めた。

 突然の反応に肩の上の少年は「え? ちょっと、 え? 待って!! 」と、驚いた顔でこの状況を見ている数名の男たちに手を差し出し助けを求めるが、すぐに駆け下りた階段の壁に憚れる。

高い声の怒号が遠くで響く中、少年はバタバタと足を動かして抵抗するも、リシャールには全く歯が立たない。

リシャールは城門近くで繋ぎ止められようとしていた自身の乗っていた馬に再び飛び乗り、バタバタと走り寄る兵士達を躱しながら城門を突破すると、街の中へと走り去っていった。




「これは、一体どういう事ですか? 」


大広間の中心で頭を下げるポールに、冷ややかな声が降ってくる。


「申し訳ございません!!」

「リシャール殿は人攫いに身を落とされたのか? 」


静かな声に怒りがにじみ出ている。

ポールはリシャールをここランスに向かわせたことを後悔していた。

幼いと思っていた少年は、いつの間にか覇気を身に纏うほどに成長していた。

母親や叔父の言うことを聞くだけの、傀儡の王など、誰が噂したのだろうか。


「返す言葉もございません。」

「賓客であった君たちだが、これではゲストルームにご案内することは出来かねないよね。」

「フィリップ様! これには理由が! 」


ポールが立ち上がり、フィリップに弁明しようとすると、控えていた兵士の槍が目の前に突き出され、喉元に向けられる。


「悪いけどこの状況だポール殿。君たち賊党の言い分など聞く耳は持てなくてね。さあ、彼らを特別なお部屋にご案内して。」


 冷ややかに言い放たれる言葉とは裏腹に、灰色の瞳は熱く燃える炎のような翠色に光る。

そこに酌量の余地はなく、リシャールが手を出した人物の重大を物語っている。

フィリップが、いや、深く絡み合う紐の様につながっているカペー家の存在が、ピュルテジュネ家にとって脅威になる、そんな予感が全身に電気の様に走る。

ポールは引き連れていかれながら、戦慄を覚えていた。

いまだ成長過程の青年の体であるものの、そこに怪物、今にも喰らいつかんとする竜の様な残影をフィリップの姿に感じ取れたのだった。



 リシャールが起こした事件を知らないまま、ランスを訪れたロベールは、城に入るやいなや拘束され、拷問にかけられると事となる。

何も知らないロベールは、リシャールの所在を吐けと言われてもわかるはずもなく、ただただ痛めつけられるのみだった。


「君は、ずいぶん頑丈だね。」


拷問係の荒々しい言葉とは違い、場違いなほど涼しけな声が響く。

違和感に目を開いたロベールの前には、若い青年が冷ややかな視線を向けている。

見覚えのある姿に、ロベールは届かないと知りつつも、唾を吐きつける。


「・・・やはり、お前か。フィリップ! 」


バシャリと顔面に水を浴び、意図せず口に大量に入れられた水にロベールは溺れそうになりながら、水を吐き出す。


「主が野蛮だと、家臣も野蛮だな。私が歩く床が汚れるだろう? 」

「ガハッ・・・貴様の・・・歩く道など・・・、ゴホ、ガハッ・・・今も、これから先も血塗られた床だろうよ。だが、残念だったな! お前がいくら刺客を出そうとも、リシャール様の血は流れない。」


睨みつけるフィリップの顔が、わずかに崩れ首が傾く。


「刺客? 」

「フンッ!パンプローナまで、刺客を出すとは、ずいぶんリシャール様も恨まれたもんだが、手を出した野蛮な男を見くびるなよ。あの方は野蛮どころか、野生の獣だからな。思い知るがいいクソガキが。」


悪態をつくロベールだが、フィリップは不思議そうな顔をし、側に控えている男に問いただす。


「刺客とは何だ? 」

「はい。別の牢のポール殿達も申しておりましたが、どうやらリシャール様はパンプローナで襲撃を受けた模様です。」

「何故報告しなかった。」

「申し訳ございません。リシャール様が襲撃される事など、取るに足りぬと思っておりましたので。」


ロベールが驚いて声を上げる。


「おい!お前ら! どういう事だ!! 」

「それは此方も聞きたい事です。一体どういう事ですか? 」








拷問は詳しくありません。すいません。


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