二ー32 14歳
しばらくボルドーで業務に従事しながらロベールを待つこと数週間。
すっかり季節は夏になり、砂はジリジリと強い日差しが乾いた土を焼きつけ、重い鎧は更に重さをまして感じる。
担当の者が寝込んだとのことで、代わりに幼さを残す騎士見習い達を指導する為に演習場にいる。
騎士見習いと言っても皆14歳の少年で、キラキラとした純真な目をした者、ギラギラと挑戦的な目をした者と、個性的な子ども達は皆愛おしい。
彼らは14歳で成人と見なされる。
成長過程で体も心もまだまだ幼くは感じるが、当人達も甘やかされる環境になく意識も高い。
ここで騎士として成長して名を挙げるという気概を持っている。
同様にすべきではないかもしれないが、戴冠式を控えているカペー家フィリップは、彼らと同じ年だ。
12歳の頃、父親のルイと共同王という名目で一度戴冠しているとは言え、老衰したルイに頼ることなく今度は独立した王として14歳という若さで立つのだ。
聞けばこの度の戴冠式の延期はフィリップの体調不良と聞く。
彼を取り巻く環境を考えると何ら不思議なことはない。
母親とその兄弟であるブロア・シャンパーニュと対立している。
息子を操ろうとする母親と叔父との権力闘争だ。
ここで剣を振るう少年たちとは比べ物にならないような宮廷の辟易するような体験をしているのだろうと思うと、同情の気持ちすら湧いてくる。
フィリップは自分の家の問題の他、更に大きな権威に晒されている。
ピュルテジュネ家だ。
ピュルテジュネ家とカペー家とは、血のつながりもあり、独特の関係性にあるのだが、ピュルテジュネ王と父ルイは敵対している。
敵対しているが、ピュルテジュネ家はカペー家と主従関係にあるのだ。
ピュルテジュネ王以下第一王子アンリ、第二王子リシャールと、カペー家のルイに臣従礼を行っている。
そんな主従関係では上位のカペー家の支配する国土は小さく、打って変わりピュルテジュネ家の支配地域はブリトン島からノルマンディー、アンジュー、リシャールの収めるアクテヌまでと広範囲に広がる。
そんな歪んだ関係の敵対する父親達の間で子どもたちは振り回されている印象だ。
ルイの娘達はピュルテジュネ家と婚姻を結ぶという事で人質もどきに引き取られたり、兄アンリとリシャールとで父親に敵対したときも、後ろ盾にルイが立ったりしている。
そして、リシャールの弟ジェフロアはフィリップと年も近く、幼い頃からカペー家でともに過ごしている。
彼ら二人は親友だそうだ。
以前リシャールはフィリップの印象は抜け目のない好青年と話していた。
それはリシャールにとってフィリップは、あまり良い印象ではないということを表している。
どこか信用できない、そんなふうに思っているのだろう。
そこにきて、今回のパンプローナでの刺客事件だ。
カペー家の家紋をつけた刺客は無視できない。
怒りの矛先をカペー家に向けてもらおうというポールとウィリアムの無責任な発言も、この複雑な権力構図がカペー家を利用する所以なのだろうが、刺客のそれを冷静に追求できるだけの心の平穏をリシャールが持っていないことが気がかりでならない。
フィリップの体調不良にリシャールが何かしらで関わっているのではないだろうか。
そう感じてしまうのだ。
「・・・ン殿、・・・ジャン殿? 」
すっかり考えに没頭して、呼ばれている事に気が付かず、目の前には初々しい表情の騎士見習いの少年が見上げてきていた。
「ああ。済まない。 終わったか? 」
「は、ハイ。 終わりました。その、それで、ジャン殿にお願いがあります! 」
「ん? なんだ? 言ってみろよ。 聞ける範囲で聞いてやるよ。」
目の前の少年はハキハキとした返事の中で、挑戦的な表情を見せる。
「ぜひ、手合わせをお願いいたしたく存じます。」
最近はリシャールの側近ということで、おれも憧れの対象になっているらしい。
数年前の様に愛妾と揶揄される事はなくなったが、その代わり側近としての力量を試され戦場での戦いぶりも話題にされる。
ルーの領域までは程遠いが、そこそこは腕も上がったつもりだ。
不意にパンプローナでのジェーン様を思い出し、笑いがこぼれる。
それを不敵な笑みに感じたらしく、目の前の少年がピリリと緊張するのがわかる。
「い、いかがでしょうか! 」
威勢の良い気概が心地よい。
ジェーン様の時のようにならない様に、全力で。
「いいよ。おいで。」
今度はちゃんと不敵な笑みを浮かべたつもりだが、少年達の顔がみるみる赤くなっていくので、おそらく成功したのだと思う。
少年たちの相手を終え、汗を流して城に戻ると、門兵からつい先ほどロベールが帰還したとの旨を聞く。
いそいで執務室に向かうと、ロベールとウィルとディーターと真剣な顔で話し込んでいた。
「ロベール待ってたよ!」
声をかけると着の身着のまま報告に着たらしいロベールが疲れた表情の中、笑みを浮かべて振り返る。
「おう。ジャン。済まないな。しっかりオレの仕事引き受けてもらって。ついでに今日は見習い達の世話だったらしいな。ずいぶん興奮した顔で演習を終えた見習い達が話してたらしいじゃないか。ジャン殿すげぇって。」
「やめてよ。からかってんでしょ。」
「そうでもないさ。争奪戦が起きそうな勢いらしいぞ。お前の従騎士になりたいってな。」
「なんだよそれ。もっと上狙えよ。しょぼい事言ってんなあいつら。」
「はっはっは。確かに。騎士になるならもっと目指すところがあるか。はっはっは。」
なんだか無理に明るく振る舞っているようなロベールに違和感を感じるが、とりあえず近況が知りたい。
「なんの話してたの? 」
「ああ・・・。フィリップ様の話だよ。久々にあったフィリップ様の成長が目まぐるしっくてな。ジェフロア様もしっかりと大人になられて、三人で並んでいたら見栄えが良すぎたよって話をしていたんだよ。」
「ああ。三人って、もう一人は前リシャールが絡んでしまった子だよね。確かきれいな子だって話だったよね。」
そう言うと、ウィルとディーターが目に見えて慌てている。
ロベールも焦りを隠せない様子を見ると、なんだか不穏な気持ちになってくる。
「そ、そうなんだよ。なんかやたらきれいな少年なんだ。ほら、有名なローマのアンティノウス・・・。」
「知らないよ。」
「あー。そうか。知らないよな! 」
「で?」
「あ。ああ。それで・・・立派に成長されてましたって、話を・・・。」
なにかある。
直感的に感じ取り、ロベールの目を覗き込むようにしながら睨みつける。
「リシャールとその子との間で何かあったの?」
間近に見るロベールは珍しく青い顔をして冷や汗を流していた。
ぐぬぬ。ピュルテジュネ家とカペー家のこの難しい関係性を文章に落とせる気がしません。
読みにくいでしょうが、才のなさゆえ申し訳ありません。
そして再び波乱の様相であります。
表現修正(2024.06.04.)
1部削除、修正、タイトル追加(2024.06.06.)




