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二ー30

 出発は予想通り夜となった。

ベランジェールからもらった荷物をまとめるとしっかりと馬にくくりつける。

明かりを灯しながら手伝ってくれているベランジェールはしょんぼりとしている。


「ベランジェール、そんな顔しないで。ボルドーについたら手紙書くからさ。」

「必ずよ。」


そう言うと、ベランジェールはダニエルの方におずおずと近寄る。


「あの、ダニエル殿・・・。」

「さようなら、可愛らしい姫。気にすることはないですよ。あなたのその素直さは魅力の一つです。色々な経験をして、更にあなたは魅力的に成長するでしょうね。それがオレには向けられないと思うと残念でなりませんが。」


ダニエルはベランジェールの手にキスをしながら別れの礼をする。


「私の心は、ジェーン様に捧げましたからね。うふふ。残念でした。」


ベランジェールのいたずらっぽい笑いは、皆を和ませる。

穏やかな空気が流れるなか、サンチョはずっと黙ったままで、表情も硬いままだ。

視線をダニエル移すと、サンチョをまるで無視しているかのように、さっさとおれの馬の側にゆくとその毛並みをなでている。

続いて長い滞在で、すっかり仲良くなった城の者たちとの挨拶を終えると、むっつりとしているサンチョに声をかけた。 


「サンチョ様。滞在中は色々教えていただき、ありがとうございました。また、いつか遊びに来ます。」

「ああ。楽しみにしている。リシャール殿にも、よろしく伝えておいてください。」


言葉少なにサンチョが答える。

サンチョとダニエルは、あれから一言も話していないし、目も合わせない。

ベランジェールと目を合わせると、互いに首を振りながら深い溜め息をついた。

サンチョとダニエルは、このまま話すことなく、分かれてしまうのだろうか。

少し悲しい気持ちでサンチョを見ていると、黙っていたサンチョがおもむろにダニエルの方にズシズシと歩いてゆく。

いつから持っていたのか、手には皮のベルトを持っていた。


「忘れ物だ。」


サンチョがぶっきらぼう言うと、驚いて振り向くダニエルの腰に鞘のついたベルトを巻きつける。

そして、その鞘に、自分の腰に下げていた短刀を入れた。


「いらぬなら捨てて構わぬ。が。音を奏でるに夢中なのも良いが、命あってこそ、演奏ができるというもの。・・・御身を、大事にな。 では、私は城に戻るよ。ジャン殿も元気で。 ベランジェールあとは頼んだぞ。」


そう言うとサンチョは迷いなく城の方へと歩いてゆく。

ダニエルはというと、へらりと笑いながら、ウィルに「貰っちゃった。」と嬉しそうに見せている。

二人の間には、きっちりと高い壁が築かれ、互いにこれでいいと、これが最善だと、認め合っているのだ。

サンチョの恋も、ベランジェールの恋も、まるで詩物語の様に楽しく賑やかで、最後は切なく美しい。


それを思い、別れは笑って、というのを心がけていたにもかかわらず、不覚にも涙腺が崩壊してしまった。


「あらあら。ジャンったら。しょうがないわねぇ。」


ボロボロとこぼれる涙をベランジェールが笑いながら拭いてくれる。

別れの言葉を言おうにも、嗚咽で言葉にならないので、もう諦めて聞き取られないままに話すものだから、最初はみんなしんみりしていたのに、笑いが起きてしまった。


「もらい泣きしそうになっていたのに、涙が引いちゃったわ。ジャン、泣きすぎよ。ダニエルこれ、大丈夫かしら。」

「・・・大丈夫ですよ。ほら、ジャン、急いで出発するって言ったのお前だろう。ほら、行くぞ。」

「・・・。」


こうして締まりの悪い別れになってしまったが、なんだかみんな笑っていたから良いとすることにした。

月明かりと、ゆらゆらと揺れる松明の下で手を振るベランジェール見送られパンプローナを出発した。


今度はピレーネ山脈は超えずに、海岸からボルドーへ目指す。

日暮れまでには海岸沿いに出たいため、小休憩を取りながらの一日となった。


小休憩中、ダニエルはずっと短剣を眺めていた。

スクラと呼ばている短い刀だ。

刃渡20センチくらいの鋼の中央にはくぼみがあり、そこに金で美しく文字が彫り込まれていて、柄の先端には緑の石が施され、ナバラ王国の紋章が描かれていた。

それをサンチョが持っていた場面は何度か見かけた。

きっと大切にしていたのだろう。

それをダニエルに渡すサンチョの気持ちが、切なかった。

悔しく、寂しいが、これが普通なのだ。

自分に置き換えてみて考えてしまう。

おれたちは、リシャールが特殊な環境ゆえに、うまく行き過ぎていたのだ。

王族の王子とトルバドールが恋をしたとして、公にすれば王子への悪評が立ち、婚姻にも影響があったりするのかもしれない。

もしかしたら、教会との折り合いが悪くなったり、家臣に示しがつかなかったり、そういうものもあるのかもしれない。

そう考えるとサンチョとダニエルがうまく行けば良いなどと、自分の無神経さに恥ずかしさがこみ上げてくる。

ダニエルは、サンチョの事が、きっと好きだったのだろうな。

そう、思う。


「これ、売ったらいくらぐらいになるかなー。」

「えー。売っちゃうの? でも、ナバラ王国周辺で売っても大丈夫なの? 盗んだって言われちゃうかもよ。」

「あ。そうだな。紋章あるもんな。あいつ。そんなもん渡しやがって。闇ルートでしか、売れないじゃないか。」


そういうダニエルだが、きっと売らないのだろうな、と思う。

少しずつ彼の事も判ってきた気がするのだが、思ってもないような事を言って、気持ちをはぐらかしているのだろう。

野暮な事を言うのも何なので、軽いノリに付き合う。


そう。

軽いノリに付き合うのも最初だけだった。


「これ、どこで売ったら良いかな。」

「・・・ねぇ。それ、何度目だよ。いい加減おれ、飽きたんだけど。」

「は? 何だよ。ジャン。人が相談してるのに飽きたとかなんだよ。」

「だって。それ売る気ないんじゃん。」

「そんな事ないから相談してるんだろう。」

「だったらもう、そこで売りなよ!!」

「こんな片田舎で売ってもいくらにもならないから、どこが良いかなって聞いてんじゃねぇかよ。」

「じゃ。ボルドーで売れよ。」

「ボルドーで売ったらって、お前。ナバラの紋章のついたもの売っても良いのかよ。」

「知らないよ。足がついてダニエルが捕まるだけだろ。」

「おいおい。どうしたジャン。お前の憧れのトルバドールがお縄になってもいいっていうのかよ。」

「いや。もう・・・。憧れてるけど、トルバドールのダニエルと、今のダニエルはなんか違うから、捕まっても、全然大丈夫だよ。」

「え?? なにそれ? どういう事? 」

「あー。もうめんどくせぇな。何なんだよ。そんなに心残りならもっかいパンブリーナに行けばいいじゃん。」

「・・・心残りなんてないし。」

「ありまくりじゃん。なに、話したいの? 話したくないの? どっちなの? 」

「いいじゃねぇか。お前。そんくらい良いじゃねぇか! 相手してくれよ! 」

「だから、飽きたって言ってんじゃん! じゃ。もっと違う感じでなら良いよ。」

「違う感じって何だよ。」

「えー。例えば? 別れ際に、ダニエルもなんか渡したほうが良かったかな? とか? 」

「何渡すんだよ。」

「うーん。なんだろ。キスとか・・・。」

「キス! お前、あの状態でキス! 」

「ちょ! なんでおれが馬鹿にされるんだよ! お前のターンだろ! ここは! 」


ぎゃあぎゃあと言い合っていると、ウィルがぼんやりとした顔で眺めている。


「いつの間にかすっかり仲良くなったんだな。 ジャンはなかなかクセ強な相手を手懐けるのがうまいよな。どうやってるんだ? 」

「・・・ウィル。じゃぁ次はダニエルたのむよ。後ろに乗せてクセ強な話し相手の練習でもしなよ。」

「・・・いや。遠慮する。」

「お。ちょっと何だよお前ら、オレの取りあいこすんなよー。」

『してない。』


結局ダニエルはおれの馬に引きづつき乗り続け、うざ絡みに悩まされつつ、ボルドーへと帰還した。


更新遅刻しました。


そして後半はセリフのみになってしましました。

すいません。

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