ニ−2
ロベールと二人で馴染みの宿屋へとあるき出した。
「身長伸びたとはいえ、リシャール程身長伸びるのは、無理そうなんだよね。」
「あの方は幼少時代からすでに大型であったからな。」
「だろうなぁ。あー。もっと背、伸びたいなー。」
「贅沢だな。」
「ぜいたくー」
頭上で頭をポフポフと叩きながらフィリップの可愛らしい声がする。
「フィルも大きくなりたいよな。」
「うん! 」
この可愛らしい幼児であるフリップは3歳を目処に認知し、リシャールの母で、ブリテンに居るエレノア王妃の元で預かってもらう予定となっており、それはもう間近に迫っている。
彼ををリシャールの子どもと認知するとなれば、彼は子爵になるのである。
そうなれば、遠征や戦いで留守の多いリシャールやボルドーの者達よりも、エレノア王妃のところで沢山のことを学ぶほうが良い。
寂しいが、おれたちではどうすることも出来ないのだ。
「・・・まだ10代なのに、こんな気持ちになるなんて。」
おかみさんの宿屋の店先を前に膝ががっくりと折れしゃがみ込む。
「おいおい。どうした突然。疲れてるのか? 情緒不安定だな。 」
肩からフィリップを下ろしながらロベールが笑う。
「フィルと別れる時の事でも考えてんだろ。お前はわかりやすいな。」
「だって。こんな天使みたいなんだよ。まるで教会のレリーフみたいじゃん。動いているのが信じられないよ。」
地上に舞い降りた天使は「ただいまー」と言いながら店内に駆けてゆく。
それに続いて店に入ると、店主の親父さんが元気に声を掛けてくれた。
「おう。ジャン、おつかれ。奥の部屋だよ。」
フィリップの小さな手をとり、宿屋の親父さんに挨拶しながら2階の部屋へと向かう。
「オレも先日、2人目が生まれたんだ。信じられないほどかわいいな。子どもは。」
ロベールが目尻を下げて嬉しそうに話すのでこちらまで嬉しい気持ちだ。
「え!! おめでとう!! そっかー。この前長男くんが生まれたと思ったのに、もう二人目かぁ。休暇が楽しみだね。」
「ああ。だが、休暇の前に仕事は片付けておかないといけないな。で、どうだったんだ。」
「サントンジュの話だね? 」
2階のいつも使っている部屋に入ると、既にテーブルがセッティングされ、軽くつまめる食べ物も用意されていた。
ロベールに外套を掛けて貰いながら、鎧に手をかけると、ロベールが脱ぐのを手伝い催促してくる。
「ああ。サントンジュの難攻不落のタイユーブル城塞。その様子だと、陥落させたんだろう? どうやったんだ? 」
「おれに軍事的な事聞く? まぁ、簡単な説明なら出来るけど、ポールが帰ってきたら聞き直したほうが良いと思うよ。」
「もっと自信を持てよ。お前も現場に居たんだろ。見てきたものを言葉にすることによって見えてくる戦術もある。」
「隊長、酷しいな。少しくらい休ませてくれよ。」
「鉄は熱いうちに・・・、と言うだろう? で、どうだった? 」
「かっこいいこと言って。ただ聞きたいだけじゃん。ただのリシャールのファンだな。」
「主の武勇だ。そりゃ、聞きたいだろう。勿体つけてないで早く教えろよ。」
焦らしすぎたか、涙が出るほど頬を思い切り引っ張られてしまったが、互いに笑いながら、椅子に座ると机の上に置かれたカップで乾杯する。
エールの入ったカップを互いに溢れるように打ち付ける乾杯だ。*¹
派手に互いに打ち付け合い、溢れれば溢れるほど良いらしい。
最初はうまく出来ずに何度か仕切り直しをさせられた。
その時からこの乾杯がお気に入りだ。
なんだか粗野な感じで、それがかっこ良い。
つい先日、それをリシャールの側近筆頭の物知りポールに話すと、残念そうな顔をして馬鹿にされた。
「バカ。あれは元々は毒殺の予防だよ。打ち付けると、溢れて互いの液体が混ざってカップに入るだろ? 目の前の奴が例えば毒を盛ろうとしていても、お前のカップにも混ぜてやるよって、事だな。」
確かに、クリスマスの宮廷などを開くときは近隣の民衆、農夫から商人から沢山の人が城に溢れる。
王を毒殺しようとする刺客が居てもおかしくはない。
その話を聞いて、背中がゾクリとした。
リシャールを暗殺しようとする人間が居るだろう、という事に気が付かされたのだ。
乾杯の儀式の真意は毒殺防止だが、目の前のロベールがそんな事をするわけもなく、ただ単純に、おれたちの無事帰還を派手に祝福してくれていると、解釈できる。
元々騎士とは豪快な人間が多い。やはり、毒殺防止よりも、ただその豪快なスタイルがかっこいいからやっているだけなんだという方が腹にはすっと落ちてくる。
そんな疲れた腹におかみさんの手作りのエールが染み渡る。
無事、帰って来れたのだ。
一息つくと、床で遊び始めたフィリップの積み木をいくつか拝借し机に並べ、陣形を形どると、サントンジュで発生した反乱での鎮圧の経緯を説明を始める。
ことの発端は数ヶ月前、ここ、リシャールの治めるアクテヌ公国内、ボルドーを含むガスコーニュ地方での一部の反乱から始まった。
反乱軍の小さな陽動の後、しばらく静観していたかと思うと、何故かリシャールの兄アンリと、カペー家で世話になっている弟ジェフロアが援軍の要請に答えたらしい、という噂が流れはじめた。
その噂を根拠に、多くの諸侯から声があがる。
彼らは5年前ピュルテジュネ王に反旗を翻したアンリとリシャールに同調した報復として、王の指示を受けたリシャールから攻撃され、城壁を取り壊されるという制裁を受け裏切られた気持ちが大きく、強い恨みを持つのも安易に想像できた。
こうして始まったガスコーニュの反乱は地方貴族だけに留まらずり、大規模になりつつあった。
早期にこの反乱を鎮圧する必要にせめられたリシャールは大胆な策を打つことにしたのだ。
リシャールは、ガスコーニュ地方と接するサントンジュ地方への出兵を急いだのだ。
サントンジュには難攻不落と有名なタイユブル要塞があった。
三方を崖で囲まれた天然の要塞で、唯一口の開いた場所には三重にも城壁が巡らされている。
反乱軍はそのタイユブルをおそらく拠点とするだろう、と踏んだのだ。
リシャールはまず要塞の周囲の農場と土地を制圧すると、それを無慈悲にも派手に焼き払い、城を守る者達への増援と退路を断った。
「なるほどな。補給を断つのは戦術としては王道だな。しかし、それが出来たのは地の理をわかっているからだ。」
「地の利? どういう事? 」
「5年前のピュルテジュネ王に反抗したときの話になるのだが、1度タイユブルに籠城したことがあるんだ。」
「え?? そうなの? 」
「ああ。その時の経験も役立ってはいるとは思うが。備蓄を城壁外にも置いてあったのではなかったか? 農地が広がり、人口が増えていたからな。それを城に持ち込む前、おそらく敵が想定するより早く戦闘態勢に入れたんだろうと・・・。しかし、焼き払うのはやり過ぎではないか? いくら農作業前とはいえ、家も備蓄も失えば領民は困る。領民あっての領地だ。」
「うん。それがリシャールの不思議な力なんだよね。 領民の人たちに、ここではない土地を用意するって、宣言たんだ。」
「・・・ほぉ・・・。」
ロベールは机に身を乗り出すようにすると、興味深そうに相槌を打った。
*1 乾杯の儀式は限りなくフィクションに近い様です。
https://fr.wikipedia.org/wiki/Trinquer
ロベールは177㎝なので、ジャンは180㎝くらいにはなりました。オオキクナッタネ