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二ー26

食事が終わると自然と 「では一曲」 という流れになるのが定石だ。

ベランジェールとの打ち合わせ通り、リュートを手に演奏する。

盛り上がる曲ではなく、しっとりとロマンチックな雰囲気になる様に選曲した。

おれの楽曲は、やさしい穏やかな雰囲気を出せるとダニエルにもお墨付きを頂いている。

いろいろな宮廷での演奏で一目置かれているダニエルだが、ここではおれに演奏を任せがちだ。

ダニエルの楽曲は宮廷向けの大舞台で圧倒的な存在感を見せつける派手な演出のものが多い。

ナバラ王国の温かい穏やかな雰囲気の宮廷に、そんな派手な演奏は似合わないし、何よりダニエル本人に今、ナバラの雰囲気に合う穏やかな詩を奏でる気がないというのが一番の理由らしい。



演奏の後半に差し掛かったあたりで、予定通りにベランジェールがジョーンに耳打ちする。

手を取り合い微笑みながらベランダとを隔てたカーテンをくぐる二人を片目で見送りながら、立て続けに今度は踊りたくなるような派手な楽曲を選び演奏する。

誰にも二人の邪魔をさせないように。



「何故ジョーン様に気持ちを使えたいの? 」


数日前のその質問に、ベランジェールが恥ずかしそうに話してくれたのだ。


「最もな質問だわ。彼女は結婚していますものね。」 


ベランジェールはニッコリと微笑むと屈託なく笑う。


「ジャン。私達はいつだって自分では道を選べないの。家に囚われているのよ。使用人の中には、恋をして、その相手と結婚する人もいるわ。でも、私達にはそんな事は許されない。 でもだからって、心まで支配する事はできないでしょう? 心だけは自由でいたいの。」


そう言うと、練習の続きと言って、おれの手を握る。

ベランジェールの目は眼の前のトルバドールを越えて、遥か海の先のかの姫を捉えているのだろう。

告白の言葉を聞いても、体をすり抜けていくような不思議な感覚だ。


「ジョーン様。お慕い申し上げております。」

「・・・」

「ちょっと! ジャン! なんか答えてよ! 」

「えええ。なんて答えるんだよ。」

「そりゃ・・・。そうね・・・。両方のパターンを用意しておくべきかしら。」

「じゃ、駄目だった時のパターンからね。」

「あ。待って!! それは、落ち込んでしまいそうだから、はいのパターンからしましょう。」

「じゃぁ、・・・はい。」

「ちーーがーーうぅぅぅ。そんなバカみたいな顔で単純な返事をなさらないわ。ジョーン様は!」

「何だよそれ! おれバカみたいな顔してないし!」

「はぁ。ジャンでは練習にならないわね。実践での練習は諦めましょう。あなたには雰囲気づくりをしっかり頼みますわね。」

「・・・何だよ。おれバカって言われ損じゃん。」

「うふふふ。ジャン。ありがとう。こうして恋愛のお話ができるだけで私、幸せだわ。あなたがいなかったら、ジョーン様に思いを打ち明けようなど、思わなかったもの。」

「そうなの?」

「ええ。リシャール様とあなたを見ていると、本当に幸せそうで。なんというか、魂の声というか、その声に導かれながら二人はお互いに認め合って、大切に愛を育んでいる様に見えますわ。そんな魂で結ばれているような、そんな二人の愛の形というものが私にもあっても、良いのではないかしらと、思える様になりましたの。」

「・・・なんか、おれ達、恥ずかしいね。」

「私の思いを秘めていては、もったいないと、思えるくらいには、お二人が想い合っているのがわかりますものね。」

「だから、恥ずかしいからもう追い打ち辞めてよ。」

「うふふ。ジャン。ありがとう。」


そう言うとベランジェールは軽くハグをしてくる。


彼女とのやり取りは、身分という枠を越えて本当に友達になれているという気がする。

彼女のこの享楽的な行動は、姫としては駄目なのかもしれない。

けれど、彼女たちは国という重圧を背をって生きている。

自分の人生を選べない。

そんな事はわかっているから、せめて今だけでも、一時だけでも、自分の心に素直でいたい。

それは、享楽的のようで、デカダンス*¹だ。


喧噪とを隔てるカーテンが風に揺れている。


ジョーン様と会ってみて、ベランジェールの想いが伝わるであろう事は、すぐにわかった。

きっと彼女たちは想いを打ち明け合い、慰め合い、その熱さを確かめるだろう。

それが刹那であろうとも。

そんな彼女たちの想いを、トルバドールは詩にするのだ。

時に楽しく、時に切なく、ダニエルのように難解に幾層にも気持ちを隠しながら。


隣で笑顔でセッションするダニエルの心も、悲しく鳴いている様に聞こえ、より一層声を上げ楽しげに演奏することに専念する。


甘く切なく、片や楽しく賑やかに。

派手に騒いで、踊り明かせ。

この刹那は誰も彼も垣根のない。

ただの音に体をまかせて自由に。


こうして進められるままにのむお酒も相まい、吹っ切ったようについた火が他の演者たちのも引火して、稀に見る大演奏となって、一夜が開けた。




目が覚めたのは宴会会場の広間だ。

体には布がかけられ、室内は小綺麗に片付けられていた。

隣にはサンチョとダニエルが額を寄せ合うように、眠っている。

幸せそうな二人を微笑ましく思いながら起き上がると、ズキズキと頭が痛んだ。

二日酔いだ。

唸り声を上げながらキョロキョロと見渡すと、少し離れた所にシチリアの騎士たちも転がっている。


昨日、演奏が楽しかっことは覚えているが、その他は全く覚えていない。

窓から入る風がカーテンが膨らませ、日差しが眩しく室内に差し込み、目頭を抑えながらため息をつく。

そう言えば、ベランジェールとジョーンはどうしたのだろうか。


再びキョロキョロとしていると、水の入った桶を持った使用人が入ってきた。


「あら。ジャン様お目覚めですね。お顔でも洗われますか? 」

「うん。ありがとう。・・・しかし、みんなピクリとも動かないね。」

「昨日は私共も楽しませていただいて、感謝しております。素敵な演奏でしたわ。」

「あはは。どういたしまして。」


お礼を言いながら差し出された小桶から水をすくい、顔を洗うと少しシャッキっとする。

乱れた髪を櫛で整え、乱れていた衣服を正すとベランジェールを探すことにした。

窓から見える太陽の位置から考えて、もう昼過ぎのようだ。

流石にベランジェールは起きているだろうし、それならおそらく執務室にいるだろう。


そう思い執務室にまっすぐに向かうと執務室の扉は開いており、中から楽しげな笑い声が聞こえていた。

開いた扉をノックして、ジャンであることを告げると、ベランジェールの嬉しそうな声と足音がした。


「ジャン!! 待っていたのよ!」


パタパタと走り寄ってきたベランジェールは花が咲いたような眩しい顔をして、腕を引いておれを部屋の中に引き入れると、扉をパタンと閉めた。


「さあさあ。コチラにいらして! ジェーン様。キューピットの登場よ。」

「ベランジェール、勘弁してあげなさい。ジャンは、二日酔いだよ。ご覧、くっくっく。 ひどい顔だ。キューピットとは言い難い。」


執務室の椅子に座るジェーンがこらえきれない様に笑っている。

ひどい顔と言われ、無精髭を思い出し、顎に手をやる。


「大丈夫よ。ジャン。そんなにひどくないわ。少しチクチク生えてる程度よ。」

「いや、それが一番恥ずかしいんだよ。どうせなら盛大に生えてほしいのに、おれすっげぇ中途半端に生えちゃうんだよね。」

「くっくっく。確かに。」


ジョーンに笑われてここに来たことを後悔していると、ベランジェールが背中をグイグイと押して部屋にある水桶の前に連れていき、ヒゲを剃ってくれた。


「ジャンは、本当に人の心を開放させてしまう何かがあるんだね。」


きれいになったわよと、おれの顔を擦るベランジェールを見ながらジェーンが言うものだから、焦ってしまう。

ダニエルに対するものとは違うが、少し視線が痛い。


「いや。すいません。おれっていうか、ベランジェールが心を開いたら0距離なせいだと。」

「ジャンは、お兄様と一緒で手がかかるっていうのかしら・・・。ついつい、かまってしまうのよね。」


ベランジェールはいたずらをする童女のような顔でペチペチっとおれの頬を軽く叩くと、背中を向けていたジョーンに笑顔を向ける。


「私達は同士、なんですのよ。」


 窓から注がれる光を受けて、ベランジェールの長い髪がキラキラと輝きながら揺れるのを、ジョーンは眩しそうにしながら呟いた。


「・・・同士・・・。」

「そうです。ピュルテジュネ家の兄妹に恋する同士、なのです。ね。ジャン!」


そう言うとベランジェールは騎士がする仕草でおれの手を取り、フワリとドレスを揺らしながらジョーンの前で一回転する。

心得たおれは、ベランジェールの腰に手を回し、2人でピタリとポーズを取る。


「・・・すっごくキマったのは、気持ち良いんだけどさ、ベランジェール。これ、本人眼の前にして言うと・・・恥ずかしくない? 」


幸せそうに自分たちの姿を眺めているジョーンの顔をまともに見れないおれは、斜め上の天井を見つめて抗議した。


「現実に戻るのやめてくださる? ジャン。」


クスクスと穏やかな笑い声が、執務室に響いていた。





なんか変な終わり方になってしまいした。

表現変更(2024.04.24.)

ので、加筆しました。

フラメンコのペアでの踊りを、パソ(paso)というらしいです。

終盤加筆、後書き追加(2024.11.17.)



*¹https://en.wikipedia.org/wiki/Decadence

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