二ー23 シチリアの使者
サンチョはおそらくリーダーであろう最初にエムレと名乗った男を先頭に1団を引き連れて城門へと入るとまずは鎧や武器をあずけてもらう。
揃いの武装をほどいた彼らはヨーロッパ風の者や、アラブ系のゆったりとした服を着た騎士見習いの様な少年もいれば、エムレなどは着物の様な形の上着のアジア系だったりと、多種多様だ。
エムレはアジア系の服を着ているが、どちらかと言うと西アジア系で、きりりと引き締まった体に小さな頭が乗り、日に焼けた肌に情熱的な目をたたえ、口ひげが顔の甘さを抑えワイルドに見せている。
要はイケメンだ。
彼らを大広間に案内しおわり、ベランジェールを呼びに行こうと部屋から出ると、ベランジェールが廊下を走ってきた。
「シチリアの使いの方が来られたのでしょう? ジョーン様はいらっしゃらなかったの? 」
急くように聞くベランジェールをなだめるようにしながら説明する。
「先触れのようだよ。女性は居なかったから。」
それを聞くとベランジェールはがっかりとその場にしゃがみこんだが、すぐに姫の顔になると、穏やかに微笑む。
おれの手を取りエスコートさせながら、数名の家臣と共に大広間に入っていく。
広間ではサンチョが所在無げに1団の横に立ち、案内役の家臣の様にしており、ダニエルは同じ様に側に控えながら楽しそうに、にやにやとしている。
その光景に少し首をかしげつつも、ベランジェールは一段高い壇上に設けられた椅子の前に立った。
「ようこそいらっしゃいました。 王は遠方へと出かけており不在でおりますので、私、ナバラ王が娘ベランジェールがご挨拶いたします事をお許しください。そして・・・そこに居りますのが、兄サンチョでございます。 」
ベランジェールがシチリアの1団の隣に立つ大きな男を紹介する。
それを聞いてエムレが「えぇぇ!? 」と大声を上げ、すぐに隣に立つサンチョに片膝を着き頭を深々と下げた。
それに習い1団が礼をとる。
「も、申し訳ございません。ナバラのサンチョ王子と気が付かず、無礼な態度を取りましたこと、お許しください。」
エムレが焦ったように謝るその後ろで、騎士見習いの少年が肩を揺らして笑っている。
「くっくっくっ。 」
我慢出来なくなったのか、少年は声を出して笑い始めた。
「あっはっはっは。相変わらずだね、サンチョ様は。 案内を買って出たは良いけど、大方自分の身分を明かすタイミングをのがして困っていたんだろ? あなたは人を騙すような人ではないからね。 」
少年そう言いながら、申し訳なさそうな顔のサンチョの側に寄る。
騎士見習い風情の行動に場内は剣呑な空気に包まれるが、少年は鈍感なのか、肝が座っているのかわからない雰囲気でニコニコと笑いながらサンチョの背に手を当て軽く押す。
サンチョは何やら気がついた雰囲気で周囲に手を出すなと合図をすると、されるがまま壇上へと登っていった。
少年はニッコリとサンチョに笑いかけ、段下でゆっくりとターバンを取った。
布からこぼれ落ちるようにきれいな金色の髪がふわりと肩に落ち、可愛らしい小さな口といたずらそうな緑色の瞳が楽しそうな表情を作る。
「私は騙すつもりでいたけれどね。ベランジェール。 久しぶり。 」
ベレンガリアは小さく悲鳴を上げると、止めるまもなくその少年に飛びついた。
「ジョーン様!! 」
そうベランジェールに呼ばれ、彼女をしっかりと抱きとめるとその人物は驚く場内の者達に軽くウィンクをする。
「ジョーン様ぁ?? 」
広間は騒然とし、この小さな騙し合いに誰もがドキモを抜かれた。
ナバラの者は眼の前の光景に驚き、シチリアの者はサンチョへの無礼への申し訳なさか、ジョーンの行動への申し訳なさか、きっと、両方だろう。
深く頭を下げている。
その混乱する空気を切ったのはやはりジョーンだった。
彼女はベランジェールを抱きしめたまま、ダニエルをひたと見据えると、リシャール顔負けの覇気を出している。
「やぁ。ダニエル・・・。君とこのナバラで会おうとは思いもしなかったよ。・・・彼女には、何も、していないだろうな? 」
ダニエルはヘビに睨まれたかのように動かない。
「ジョーン様。 ダニエル殿はここでは大人しくしていらっしゃるのよ。 兄上の事を助けていただいておりますわ。 」
「へぇ。サンチョ様を? ふーん? 」
ジョーンはそう言いながら、ベランジェールから少し距離を取ると、その場で立膝をついてサンチョに向かって礼を取る。
「サンチョ王子。 ご挨拶が遅れました。 シチリア王グリエルモ2世の妻、ジョーンでございます。 この度は私的な訪問故、この様な形をとらせていただきましたこと、お許しいただきたい。 今からはシチリア国の騎士ジョーンとして扱っていただきたく存じます。 」
「ジョーン様。 私も貴方様に気が付かず、また、お供の者を騙すような結果になってしまい、申し訳なく思っている。 しかし、ジョーン様も立派に騎士になられて喜ばしいことだ。」
サンチョはニコニコと笑いながら、本当に嬉しそうにしている。
「ありがとうございます。サンチョ様ならそう言って喜んでいただけると思っておりました。 」
「我々は言わば似たもの同士。 あなたの幸せは喜ばしい。」
「相変わらずお優しいですね。サンチョ様は。 」
嬉しそうに笑うジョーンは思い出したかの様にちらりとダニエルを睨みつける。
「サンチョ様に何かあったら、私が微力ながらも助太刀いたします。気軽にお申し付け頂きたい。」
「そうダニエル殿を威嚇しないであげてください。ジョーン様。」
ベランジェールがジョーンの腕を取りながらやはり嬉しそうに宥める。
「ダニエル殿には真摯に音楽に向き合われていて、舌を巻いているよ。 浮名も嘘ではないかと、思っている所なのだが・・・。」
サンチョは真剣な表情だが、少女二人はそれを残念そうに眺めている。
「兄上のその言葉は100%希望ですわね。」
「サンチョ様。残念ながら、ダニエルの浮名は私も目にしております故、真実でございますよ。」
「・・・私の話は良いではないですか。」
形勢が良くなったのを見計らったかのように、ため息混じりのダニエルの声が後ろから聞こえる。
「ジョーン様。お久しぶりでございます。 お変わりなくお元気そうで安心いたしました。 リシャール様も、貴方様がここにいらっしゃると聞いていたら、さぞかし残念がる事でしょう。 つい数週間前までここにおりましたから。」
「リシャール兄様が?? ナバラに?? 」
「そうですよ。あぁ。そうだ。ジャン。」
ダニエルに想定外に渦中に呼び込まれ、少し気後れするがリシャールの随従としてお抱えトルバドールとして胸を張りたいので精一杯格好をつける。
「お初にお目にかかります。リシャール様の随従でトルバドールをしております、ジャンと申します。ジョーン様のお話はリシャール様より何度も聞いておりまして、お会いできて本当に嬉しいです。」
ジョーンは目を丸くして驚いている。
「やあ。君がジャンなの? 話は母上から聞いているよ。リシャール兄様を改心させた人物だってね! ぜひ会ってお礼が言いたかったんだよ。 ありがとう! リシャール兄様を真っ当な道へ導いてくれて! 」
真っ当な道・・・昔のリシャールってどんなやつだったのか心配になってくるセリフだ。
ジョーンは手を握ると、大きな目を開いて感謝を伝えてくれた。
笑った顔はリシャールと少し似ている。
「・・・でも、なんで君はナバラに残ったんだい? リシャール兄様はどこに行ったの? ひょっとして喧嘩でもしたの? 」
そうだ。
彼女に、知らせなければならない事があるのだ。
おそらく彼女も面識はあったはずだろうから・・・。
予定になかったジョーンの登場です。
予定になかったので、色々調べ物が多くもう少し深堀りしたかった部分も浅くなってしまて少し心残りですが、なんとか自分に課した更新日に間に合わせられて一安心です。
ベレンガリアを゙ベランジェールに変更、ショーンをジョーンに変更(2024.04.12.)
タイトル追加(2024.07.09.)




